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独りの戯言


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選挙の日

「選挙が遠くなったな」という感想だ。国政選挙は網の目が粗いからかもしれないが、選挙カーが通らない。「選挙」と言えば、候補者の名前を連呼する車は一種の風物詩だった。ペラペラの公報が配られただけで後は静かなものだ。ターミナル駅に関係のない人は「演説」も聞けない。体育館で行われていた「立会演説会」もない。勿論テレビ・ラジオ・新聞は伝えないから、誰が、どこの党が何を主張しているのかさっぱり分からない。

(これ、やっぱりおかしいな)と思う。選挙に関する情報が溢れていなければならない時期なのに、反対にすっぽり隠されている。投票が終わってから、あの演説会は盛り上がったとか、アジったら排除されたとか、色々なエピソードが語られる。元気のいいのはWebだけだ。こと選挙に関してはこの胡散臭い媒体の情報に頼らざるを得ない。他にないのだから致し方ない。外国のように「戸別訪問」も、もういいのではないだろうか。ビラを配って小さな「ティー・パーティ」を開く方法もある。準備期間を今の二倍、三倍にしてじっくり主張を伝えるべきだと思う。そんな泥臭い選挙をもう解禁してもいいと思える。法律が作られた時代とは、国民の意識も行動も全く違うはずだ。

不意打ち選挙はもう時代遅れだ。選ばれて議席を得てから、政策を変えるという方法もフェアではない。議員たるもの選挙で約束したことは、責任をもって最初に実行しなければいけない。議員定数はちょろちょろ変えるのに、昭和25年にできた、肝心の「公職選挙法」は手つかずだ。時代にあった方法を考えなくちゃ。それとも国民が目覚めると困る人たちもいるのだろうか。

by zoofox | 2019-07-20 05:43 | 気になること | Comments(0)

蕪の煮物

病院では何食かに一度ずつ「蕪の煮物」が出た。蕪とシラスだけの単純な料理だが口に含むと(懐かしいな)という気持ちになる。母が亡くなってから食べたことがなかった。私のレシピにはないものだからだ。「料理カメラ」が壊れて写真は撮れない。蕪の皮をむき八つに切って水から茹でる。蕪はあっという間に火が通る。小さな鍋に水を入れ出汁と湯通ししたシラスを煮る。みりんと塩少々、味付けはこれしか思い浮かばない。蕪を入れて肌が透き通ってきたら、片栗粉でとろみをつける。

沢山の葉をみじん切りして塩を振り揉む。塩を流して少しの油で炒める。大根の葉は一度茹でるが、蕪はそのままだ。桜エビや干しシラス、胡麻を好みで加えるといい。私は軽く塩コショウだけ。(この野菜はこんな味がするんだ)と再発見する。

同居人が「懐かしいね」と言っていた。そういえば母とともに無くなったレシピは多い。少しずつ思い出すのも供養になるかな。
ーーーーーーーー

京都の火事で亡くなられた多くの命の冥福を祈ります。

by zoofox | 2019-07-19 07:54 | 思い出 | Comments(0)

パブリック・コメント

「世論」という言葉をきかなくなって久しい。今では、新聞は「アンケート」、TVは「まちの人の声」が世論の代わりをしているようだ。しかし、昔ほど「統計」や「調査」の結果が安心して信じられなくなった。自分の感覚とズレると(これはおかしい)と心の警告が鳴る。まあ、私が世間からズレてきたのかもしれない。アメリカの一連の騒動以後「選挙結果」も信じられないことが多い。信じるものが無くなってしまった。

各省庁や自治体は特定の問題に対する意見を「パブリック・コメント」として寄せられる仕組みを利用し始めている。でもこの「国民(大衆)の声」はどれほどまで信用できることなのだろうか。形式と中身は少々違うが、Webニュースがその項目を開くと、下の方に「読者の声」を乗せているケースが多くなった。Webニュースは速報性が命だ。それに対する反応は極端なものほど目立つ。その意見にまた意見が付く。

知らないうちは、例えば「こんなにたくさんの日本人が、この件に関心を持っているんだ」と単純に受け止めていた。しかし見慣れると(これも情報操作の一部だな)と気が付く。意見の数と書き込んだ人の数が多分一致しない。同じ内容と罵詈雑言が多すぎる。パブリック・コメントに似た形式をとりながら、ネット掲示板とどこが違うのだろう。書きっぱなし、悪口の言い放題は全く同じだ。こんなことを「ネットの反応」としてまた別の記事の材料に使う。日本でも外国でも同じ手法に見える。「世論」の集め方をネットに頼ったところでもう信用性を捨てている。

信じる方が悪い。ということは「パブリック・コメント」自体もあまり信用できないと考えるべきなのかな。「手軽に手に入る情報はそれだけ精度が低い」と目にするときは一応の心構えをしていないと、泥沼に引き込まれる。インターネットの世界はそんな場所なんだろうな。

報道をする場合や施策の方向付けに、国民の意見が必要な場合はそれなりに手間と暇をかけて、意見を集めるべきだと思う。



by zoofox | 2019-07-18 09:01 | 気になること | Comments(2)

幼児化

最近、頭の中で考えたことがすぐ口に出る意見が多い気がする、率直、素直という表現もあるがどこかの回線が短絡している。自分にもそんな傾向は時折ある。「石橋を叩いて渡る」、「石橋を叩いても渡らない」そんな言葉があったが、石橋かどうか確かめもせずに感情の趣くままに橋を渡って、失敗してから謝罪、というパターンは見飽きた。

何をしたらどうなるのか、この自分の行為がどんな結果を生むかという「思慮」や「想像力」がはらりと欠落している。国内、海外を問わず「感情が勝っての幼児化」が見える。本当に訴えたいことや理想をここで表現していいか悪いか、自分に正直すぎるからそんなことになる。「思惑」や「脳内思考」がそのまま出て、沢山の人の違う意見を聞くとか、自分の意見が最善ではないかも知れないと考えてみる、という当たり前の方法や判断を簡略化している気がする。

特に政治の世界では「嫌がらせ」や「子供のような悪口や行動」が蔓延している。昔、交渉相手のトップに、何時も半眼でゆっくり煙草をくゆらして話を聞いている人がいた。その場ではストレートな回答は出ない。何年もして一緒に出張する機会があった。お酒を飲みながら「何か悩みはあるんですか」という私の問いに「俺は優柔不断で結論がすぐ出ないんだよ」と笑っていた。当時はキレキレの私は(何だこいつ)という印象を持った。しかし、何年もしてから分かった。沢山の人の思いと生活を預かる地位では即断は禁物だ。「ゆっくり考えてゆっくり」と結論を出せばいいことと、「即断即決」のバランスの問題だ。私の知っている優秀な経営者に共通するのは、「緻密と大胆」がいいバランスで備わっていることだ。

しかし、実社会でこんなことを求められる人は少ないだろうな。だから余計にそんな立場の人は良く考えて結論を出して欲しい。



by zoofox | 2019-07-17 05:41 | 気になること | Comments(0)

グロリア

こんな車があったな、と思い出す。昭和40年代の中盤以降だった。初めて乗った会社の車は白い「グロリア・スーパー」のワゴン車だった。紅いベンチシートで運転手さん付き、という仕事のスタートだった。荷物が多いのと当時でも上野近辺の駐車事情は結構厳しく、一人の運転では仕事が成り立たなかっただけで、私が贅沢させてもらったわけではない。

四つ目のグロリアは、360ccの軽自動車しか知らない私には、とてつもなく広く大きく見えた。たまに一人で運転すると、会社の狭い地下駐車場に入れるのに大汗をかいた。エンジンは多分プリンスの系統の2000ccだったと思う。加速すると「ヒューン」という独特の音がした。仕事とお客さんの送り迎えにも使われていたようだった。後に乗ったスカイラインGTよりも力があり軽く動いたように感じる。

この車には何年も乗った記憶がある。その次はブルーグレーの「ブルーバードU」だった。あまり車に関心がなかった私でも、(同じ車でも随分違うな)と感じた。この独特の四つ目の車は、その後も何年も色々なところで目にした。黒い車が多かったなと覚えている。アメ車のような乗り心地だがしっかり感があった。

by zoofox | 2019-07-16 10:07 | 思い出 | Comments(0)

夢見

ブログで夢の話をするようになったらお終いだな、という感覚はある。世の中、自分の中で膨れ上がった夢を現実の事として、話し行動する人の多いこと。

今朝4時半、サイレンのけたたましい音と熱気と騒がしさに目が覚めた。覚め際に表通りに走って(どこまで火が来ているか)を確かめに行った。路地一本先の自動車屋の所まで建物がオレンジ色に染まっていた。自宅から大切なものを持ち出す気力もなかった。(とうとう来たか、もうこれは駄目だな)と感じた。(オレの人生もここまでか)と妙に清々しい。・・・夢はここまでだ。そっと目を開けると雨が降り出した気配がする。よく考えると私の見た家並はもう今はないものだ。11階建てのマンションが南からの火の壁になっている。皮肉なことに今は貰い火による火事からは完全に守られている。

(何でこんな夢を見たのか)と考えてみた。考えても答えが出ないことが夢の特徴だ。夢の中で感じた動悸も顔が焼けるような熱さも、どこにもない。変だなという感じしか残らない。小便をして体重と血圧を測る。いつも通りだ。皮肉なことに血圧は「健康」の範囲を示している。

何日か前に「迎え火」を炊いた。玄関に苧殻(おがら)と新聞紙で小さな焚火を作る。その煙を目当てに田舎の墓から先祖たちが家の仏壇に帰ってくる。子供の時から祖母にそう教わった。苧殻の火を蝋燭に移す。鐘を叩きながらその蝋燭を仏壇に移す。これでみんなが仏壇に戻ってきた。私の家は気軽に墓参りに行けないから、昔からこの方法だ。7月にも8月にも「お盆」を行ってきた記憶がある。当地のお盆と田舎のお盆は新と旧の違いがある。

こんなに寒いお盆も珍しい。昨年は命の危険を考えるほどに暑かった。今年は何としたことか。地球温暖化とかエルニーニョ現象と言われてもピンとこない。何か人間がしてはいけないことを繰り返しているから、天津方から警告があると考えた方が分かりやすい。変な朝だ。

by zoofox | 2019-07-16 05:56 | 自分のこと | Comments(0)

前に進む

短期の「入院生活」は、色々なことを教えてくれた。毎日ベットでメモしながら(これはブログに書こう)と思っていた。でも、実際に少し行ったら考え違いだったことが分かる。もっと細かいことを思い出すだけだ。ずるずると出来事の背景まで考えたら気が遠くなる。だから止めた。所詮、自分の事は自分の事だ。他人様が介入してくるのは余程の重大事態になってからだ。だから自分の事をこれ以上さらけ出すのは止めにする。他人様に自分の泣き言を押し付けても解決にはならない。と思う。

c0366973_08572121.jpg
ー隙間のあるアジサイー

by zoofox | 2019-07-15 09:00 | 自分のこと | Comments(0)

無為徒食

ちょっと入院していました。入院中に随分沢山のメモを作りました。それは殆ど私的なもので発表できる内容ではありませんが、その中からポツリと「悪爺」の行動を拾ってみます。

家にいる時は、(少しは役に立った方がいのかな)などと考えはする。病院は困る「無為徒食」が第一の肝要「安静」に通ずる。朝、入った三人部屋のことだ。隣の動けない爺さんの「呟き」が耳についてどうしても我慢が出来ずに、看護士と入院受付の手を煩わせて「個室」に移った。何日居るか分からないのに差額ベット代は大きな損失だ。妙に声の通る爺さんで、奥さんに対する甘え声と言うか、止めどのなく続く呟きに一瞬も我慢できなくなった。昼過ぎに白髪の奥さんが来るまでは、静かでいい患者だった。奥さんが来て口喧嘩して、それから延々と「睦言」が続く。婦長に抗議した。安静のために入院しているのに、安静にならない。三時間ほどベットを出てロビーにいたが、部屋に戻ると状況は同じだ。奥さんを訳の分からぬ声音で口説き続けている。奥さんは身動きできない旦那に、ある意味復讐しているような優しさに見えた。きっと午後8時の面会終了までいる。帰りに軽い食事でもして、明日又昼過ぎに来るのだろう。それが毎日続く。

年齢に不足はないが、認知症の介護病室に入れることはないだろう。よく見るとナースステーションに、一日中座っている車椅子の爺さん婆さんが三人いる。「はい、こんにちは」と挨拶するとちゃんと受け答えをする。

個室に移ると、ビジネスホテルより少し小さい空間が私に用意された。空調は効きすぎる。ここには本物の「無為徒食」がある。今回は「徒食」が問題だな。問題があるから入院して調べることになった。私が半年も症状を訴えていたのに、動きだしたのは今になってからだ。病気に見えない病気はある。病気と健康の境目もある。自然に無為徒食できる人は、きっとそれだけでかなり健康な人だ。結果としての無為徒食が目的に変わると急に重たくなる。「自由」と似ているな。自由になった途端に自由の不自由さを知るんだ。



by zoofox | 2019-07-14 09:00 | 自分のこと | Comments(4)

拘り

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私は物事に拘る。拘りながら案外移り気で、”恋愛対象”は次から次へと変わる。カメラが壊れた。ペンタックス(リコー)のMX-1という武骨なコンデジを暫らく使っていた。コンデジだから一眼レフとは少し違うが、気軽に連れ出すには重宝していた。このカメラが、写ることは写るが、撮影後に飛び出したレンズが元に戻らなくなった。ジージーと音がしているがそのうち諦める。そうなるとカバンの中に放り込んでおくにも、持ち歩きにも何となく億劫になる。

昨日桃を戴いた。一切れ二切れ口に含むと少し早いが(美味しいな)と素直に感じた。まだ微熱があるらしい。果物の瑞々しさが嬉しい。

(撮れるかな)と思ってパソコンの上に一つ取り出した。LED照明は蛍光灯とも違う。何か機械的な感じがする。桃の肌の産毛の感じが出ない。桃が何か別のものに見える。このカメラもここまでは仕事をする。あと数日でもっと美味しく戴けるだろう。それまでは仏壇で辛抱してもらおう。


by zoofox | 2019-07-13 06:09 | 自分のこと | Comments(0)

選挙公報

私が興味がなかったのか、別に記録している訳でないから断定はできないが、最近何か選挙が面白くない。面白くないというより盛り上がりがない。参議院選挙だからなのかもしれない。少しずつ選挙の仕組みが目に見えないように変わってきた気がする。昔は良かったと言うつもりはないが、「参議院全国区」というのは非常に分かりやすい選挙方法だった。全国で誰(個人)が一番票を取るか。宮田輝さんは凄かったな。一人二人が沢山得票すると、ボーダーラインが下がる。予期しない人が当選するワクワク感に深夜まで開票に引き付けられた。政党が候補者を選ぶ、顔の見えない「比例区」は制度的に要らないと思う。衆議院は「地域代表」、参議院は「全国の代表」と性格を変えれば、両院の立場がはっきりする。地域エゴや団体エゴに縛られない「良識の府」が再び戻ってくるかもしれない。今は誰かに都合のいい縄張り争いにしか見えない。

そんな訳で久しぶりに選挙公報を見たような気がする。ラジオ・テレビの政見放送と選挙公報しかなかった頃は一生懸命に見たり読んだりしたものだ。「泡沫候補」の演説もそれなりに面白かった。当時、選挙期間中マスコミは選挙に触れなかったような気がする。

私の目の届くところにも選挙の看板があった筈だが、何時からか無くなった。国民が本来の主権者になるのはこの時しかないのだから、そそくさとタイミングを見ながら姑息なことはしないで、正々堂々と選挙はして欲しい。何とかの一つ覚えのように日曜日に行うこともないだろうに、とも思う。

どちらが勝っても負けても、すっきりした後味が欲しい。選挙で勝ったから公約にないことをいきなりやるなんて、反則技に見えるだろうな。

by zoofox | 2019-07-13 06:05 | 身の回りのこと | Comments(0)