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ヤスデとウスバカゲロウ

「ナメクジ一匹が電車を止めた」というニュースがあった。すっかり忘れていたこと思い出す。小渕沢から小海線が出ている。八ヶ岳のふもとの富士見町を巻いて茅野から諏訪、岡谷、(高頭)伊那、あの地区はいいところだった。中央道が少しずつ伸びて、小淵沢止まりの時期が長かった。サバイバルで一般的になったが「昆虫食」が日常的に行われている。気候も地理的にも厳しいところだ。

東京から行くと、「蜂の子」、「ザザムシ」、「イナゴ」時に「羽化した蚕」と色々なものを食べさせられた。今は珍味や高級食材になっている。「イワタケ」や土のついた「松茸」を始めとする山菜、山葵(ワサビ)菜、野沢菜等々ほかの地区では食べられない物があった。野沢菜など戴いて帰っても東京ではすぐ美味しくなくなる。イナゴは知らないと跳び足をよく喉につかえさせた。蚕のさなぎは美味くない。

畑からイナゴを手ぬぐいの袋に竹を差して、沢山取ってきたお婆さん(社長の母)の顔や嫁さん(副社長)を懐かしく思い出す。

小海線は勾配が急な路線だが、たまに「ヤスデ」が大発生して列車が止まった。私は目撃していないが線路も道路も大変なことになったらしい。野辺山を越えた佐久地区で「ウスバカゲロウの大発生」には遭遇したことが二度ある。こちらは一日か二日続く。雪の降り始めと似ている。坂では車が滑るので、信号の手前の平らなことろに止まる。前の車が通過したのを見て私も動き出す。夕方には照明の周りに恐ろしいほどの大群が群がっていた。なにか(幻想的だな)と感じた。

まだ、原村に別荘地ができ始めた頃だ。当時は「虫たち」も元気で時々デモをしていたんだな。今はどうなっただろうか。走ってみたいな。

by zoofox | 2019-06-25 06:04 | 思い出 | Comments(2)

先駆者

自治体の横断幕を下げたトラックが通る直前に、道路わきの資源ごみの置き場を物色して、アルミ缶を回収している人たちがいる。自転車に幾つものビニール袋を括りつけていく人もいれば、トラックで来る人もいる。いつの間にか「まちの風物」になっている。ここでは彼らの活動する時間は小学生が集団登校する時間帯だ。色とりどりの子供たちと、積み上げられた信じられないほど大きなビニール包みが同時に存在し、交通安全の父兄は訝しげに見ている。

「資源ごみ」の制度が始まったころは、町会や子供会の収入にするために新聞とともに然るべき団体が管理していたように思える。それがいつの間にかぐずぐずになって、ゴミ出し日が変わっただけで、普通のごみ化した。

いらなくなったものが、ホームレスの人やそれを生業とする人たちの「資源」として役立つなら、資源の再利用として「ご苦労様」と一声かけたいくらいだ。でも、何となく人の見る目は冷たい。(これ、何なんだろうな)とふと疑問を感じる。

もともと「人が捨てたもの」や「価値のつけられないもの」に値段をつけることに違和感があるのかな。空中を飛び交う「電波」に値段を付けて強制的に金を取る法律がある。当面関係のないことに「相互扶助」という名前を付けて金を取る。必要となったら大金をはたいても手に入れたいが、そうでない時は空気のようなものに金を払わせられることと何か似ていないかな。

今ではいらないものをゴミに出すのにお金がかかる。反対に必要のないものを強制的に買わされる。そうか相反関係だったのか。地道なものづくりが行きつくと次には「価値のないもの」に価値を付ける段階に入るんだな。その点彼らは先駆者というべきなのかな。

by zoofox | 2019-06-24 08:54 | 身の回りのこと | Comments(0)

言い訳

ブログではおしゃべりな私だが、実生活ではある時から言い訳をしなくなった。(あれ、いつ頃だろう)と自分を探ってみる。三十歳の頃、車で東京へ帰る道すがら、約束を忘れていたことを思い出した。Uターンして甲府の郊外まで約一時間、運転中に鼻血が出てきた。チリ紙を鼻の穴に詰めて訪問した。何のことはないサービスエリアから電話一本入れれば済むことだった。この地区は新しく、まだ「お見合い」の時期だった。この頃の私の選択肢は一つしかない。身体を使って誠意を見せることだ。それを少し勘違いしていたようだ。店主は「何したん」と聞いた。(忘れていました済みません)と正直に言えばそれだけだったのに、何か言い訳したらしい。どんな運びだったのか、私は自分の都合の悪いことはあまり覚えていない。夕食をご馳走になって店を出たのは午後9時過ぎだった。あの時、気心のまだ知れていない店主に気に入られようと、色々なことをしゃべったはずだ。その帰りに中央道を走りながら、(こんなことはもう嫌だ)と考え続けていた。肝心な「こんなこと」ははっきりしない。何かいい条件を提示したのだろう。多分この頃から、会社でも仕事先でもいい加減な言い訳をしなくなった。

「嘘」と「言い訳」は似ているが違う。他人と話す時に多少の誇張はあっても、嘘も言い訳も意識して止めると気が楽になった。返答に困れば「それは分かりません」、「その内容は言えません」とはっきり言えるようになった。何処かで「自分を大きく見せなくてもいいんだ」と気が付いたらしい。私はだんだん仲間内で「口が堅い」と思われるようになった。別に口が堅いのではない。思考を整理して「ここで言えないことは、どこでも言わない」、「ここで言えることは、どこでも言う」と決めただけだ。上司の悪口が話題になる時に(当人を前にして私が言えること)だけを私の意見とした。

私たちの商売は商品の前に「自分を売り込むこと」だった。自分を売り込むのに余計な修飾はいらない。地道な反復だけが財産だった。「約束を守る」というのも基本だった。しかし、約束が守れなかった時に、いい加減な言い訳をしないことが大切だった。

こんな事もあったんだっけ。そこに若い自分が居る。


※追記「言い訳をしない」と書いてしまった。その後少し考えている。「言い訳」の反対表現は何だろう。当然「言い訳をしない」が反対語になるのだが、それでは話が終わってしまう。もう一つは言葉にしなくても、裏に「言い訳をしないことが善だ」という響きを感じる。そうなると私の意図とは少し違ってくる。政治家が自分の言ったことを守らなくても、状況証拠で悪事を追及されても、言い訳もせず今の言葉で「スルー」し続ける(だんまりを決め込む)ことも同じだと思われては困る。言い訳をしないということは案外「狡いこと」ではないのかと気が付いてはっとする。私が「そんな意味じゃありません」と言ったら即、言い訳になる。そうなると反対語は「率直な説明」とでも言えるのかな。類義語に「誤解を恐れない」というのもありそうだな。やれやれ日本語は難しいな。自分の経験をもとに言葉に触れても、捕まえきれずに独り歩きする。「言葉」を職業の道具にする方々は心して使ってほしいな。

by zoofox | 2019-06-24 06:02 | 自分のこと | Comments(0)

おさぼり

昨日の明け方からずっと不調だった。細かいことは書けないが、汗をかいて今乾燥機で布団を乾燥している。一日損をした気がする。不調の原因がはっきりすれば、それなりの対処があるが、何だかわからず結果だけが症状として表れると慌てる。
by zoofox | 2019-06-23 05:55 | 自分のこと | Comments(2)

いい顔

ドキュメンタリー番組などで、「いい顔だな」と思う人に時々出会う。美男子・美人という基準ではない。特に風雨にさらされた戸外作業の漁師さんや農業の方に多い。痩せた爺さんが海辺で或いは小さな漁船の上で、遠くを眺める横顔に(いいな)と思うことがある。山里に一人残っているお婆さんが畑の作業中に声をかけられて、ふっと上げた顔が妙に印象に残る。顔に刻まれた人生が透けて見えるような顔と表情だ。見ているだけでとてつもない安心感を覚える。

父親の実家に遊びに行くと、父とどこか雰囲気の通った親戚の顔が集まった。母親の実家に帰ると、やはりどこか懐かしい顔に沢山であった。日に焼けて深い皺の刻まれた顔、顔、顔。特に働きつくした年寄りの顔は何とも言えずいい。他人の視線に馴れた笑顔とは大違いだ。「こんな顔写さないで」と遮る口元には前歯が欠けている。あとはカメラを意識しない淡々とした作業。(そうだ以前はこんな人が沢山いた)、そんなことに気が付く。

イタリア山間部で農業と羊を飼っているおじさん、中国の山奥で昼間残って戸口で外を見ているお爺さん。古い生活を守っているマサイ族の青年。至る所目を凝らすと「いい顔」はある。

余計な説明は必要ない。一目見た時に(ああ、いいな)と感じるだけだ。親戚の年寄りの写真も沢山撮ったが、レンズを意識しない普段の顔が一番いい。とっくの昔に亡くなった人を後から(いい顔していたな)と感じることもある。

自分はどうかとは考えない。都会で楽な仕事をしてきた人間は、何もない搾りかすのような顔をしている。

by zoofox | 2019-06-22 06:02 | 気になること | Comments(0)

「イズム」が欲しい

今になって考えると、若い時は頭の構造が少し違うようだ。ある言葉に今とは違う意味を自分勝手に当て嵌めている。そして、その上に話を展開するから、他人は解りづらい。高校生の頃だろうか友人への手紙に「僕はイズムが欲しい」と書いた記憶がある。当時は、思想信条とか主義主張の基になる考えを私は「イズム」と名付けていたらしい。この年頃になるといっぱしに社会に対する批判が芽生えてくる。新興宗教に夢中になる奴もいた。共産党の党員になる者もいた。もう少し先の学生運動の時代の予感を感じていたのかもしれない。

私は勉強そっちのけで、クラシックギター、フォークギターに夢中だった。舟木一夫や西郷輝彦からカントリーとフォークに興味が移っていった頃だ。クラスの集まりでは、バーブ佐竹の「女心の歌」がおはこだった。私が歌うと何故この歌がうけるのか、何故リクエストされるのか当時は分からなかった。多分親父譲りの低音だったからだと思う。今はもう低音も高音も枯れてしまった。

ともかくそんな外から見れば「遊んでいる」時代に、フラフラとする自分に対して忸怩たる思いがあったのだろう。「オレは、イズムが欲しいんだよな」と語っていた記憶もある。それは形を変えてつい最近までずっと私の人生に付きまとっていた劣等感の一つだ。学生運動にも、労働運動にも、新興カルト宗教にものめりこめなかった。私が夢中になったのは皮肉なことに「仕事」だった。ある時期「仕事が趣味」という時代があった。その中で今の自分を支える「信条」は出来上がっていったらしい。他人事のように自分を振り返るとそう思う。

何処かに「神」はいると思う。この世という舞台にどんな形にせよ登場したもの全て、人も、動物も昆虫も鳥も魚も草も木も、命のあるなしに関わらず、生まれてきた意味があると思う。その意味を果たせないで舞台を去るのはとてつもなく淋しい。宗教は「意味なく去るのも神の計画だ」というかもしれないが、私の神は「気配」だけでいい。人は弱い弱いから頼る頼るから自分が見えなくなる、見えなくなるから気を遣う自分を律する。そんな連環を認めたうえで、誰でもが「ああいい人生だったな」、「意味があったな」と言える形で舞台を交代していって貰いたい。私の信条はそんな演技者の邪魔をしないことかな。

自分は演技者としてどうか、まだ結論は出ていない。


by zoofox | 2019-06-21 10:11 | 自分のこと | Comments(0)

水掻き

両手を軽く握って指の爪をこすり合わせている人がいた。ニヤッと笑いながら「○○さ~ん、こうしていると免疫力がアップするんですよ」、H君だ。私より十歳近く年下の仲間だった。スポーツが好きで「○○さん、運動しなくちゃだめですよ」と言うのが口癖だった。五十歳を過ぎて頭が薄くなりかけの頃、ガンに罹ってあっという間に亡くなってしまった。良い人は早く逝く。

ボーっとしている時、右手の親指と人差し指で左手の指の間をまさぐっていることがある。この感覚、これは何だっけな。昔、犬か猫か鶏か身近にいるものの指の間をまさぐって(あっ、水掻きがある)と驚いたことがある。小学校の頃ビニールの手袋で指の間に水掻きがあるおもちゃがあった。学校にプールがなかったころだ。臨海学校に行く時かもっと別の機会か、一度使って(役に立たないな)と思ったことがある。

説明のつかないことが面白い。私がSF小説に触れたのは小学校の図書室だった。子供向けの全集があった。題名は覚えている「両生人間第一号」という本だった。そういえば、ケビン・コスナーの「ウォーター・ワールド」という映画があった、設定は違うが結果は似ている。両生人間は海の側の研究所で、実験のために作られた存在だった。水に入るとエラが開き、手の指の間に水掻きがある。エピソードはもう忘れたが「両生類」や「肺呼吸・エラ呼吸」などという言葉をそこで覚えた。

変なことばかり覚えているな。

by zoofox | 2019-06-21 06:06 | 思い出 | Comments(0)

歯が捻挫

胡麻煎餅を齧ったためか、歯間ブラシを使いすぎたためか、それとも昨夜の暖かさに布団をはだけたためなのか、夕方から歯が痛くなった。どうにも我慢できなくなるまで何となく我慢してしまうのだが、明日は歯医者は休みだし、今月の予約は来週だ。(痛み止めでも貰っておこうか)と午後5時過ぎに歯医者に行った。予約なしは少し待たされる。受付のお姉さんに事情を話して順番を待った。

(今日の今日では抜歯はあるまい)と思っていた。医師は「どうしました」と聞く。すぐレントゲンを撮る。どうも私が思っていたほど深刻でもないらしい。薬を付けてあとは来週の診察日ということになった。帰り際に「まあ、歯が捻挫したようなものですよ」と言った。(うまいことを言うな)と感じた。予想しない言葉の組み合わせは、少しユーモラスに感じる。

by zoofox | 2019-06-20 06:00 | 自分のこと | Comments(2)

実行されない国連の勧告

今月の5日に、国連のデービット・ケイ特別報告者が、「日本では現在もメディアの独立性に懸念が残る」という報告書をまとめ、6月24日の国連人権理事会に提出するという記事があった。16年に訪日し17年に報告書をまとめて日本政府に11項目の勧告を行ったが、履行されていないという。今度は続報として再度の勧告になるらしい。

私は問題提起をして議論を始める立場ではないので、興味のある方は「国連の勧告」で検索されれば、詳しい勧告内容の記事も経緯も出ている。日本はこのほかにも「人権問題」、「子供の人勧」等々幾つかの勧告を受けている。国連の株主である日本が痛いところを指摘・勧告されて罰則規定がないとはいえ、何の対応もしないというのは何故だ。日本らしくない。

何でこんなことを今頃かというと、確かに報道された記憶はあるのに、その後新聞もテレビも一斉に沈黙してしまった気がする。自分たちの死活問題に自分たちで口を閉ざしている。おかしいな。

私はませた小学生だった。今でも、ガリ版刷りの「聞けわだつみの声」を読んだときに感じた自分の気持ちを大切にしている。大人の影響を受ける前に自分で感じたことだ。(そんなに嫌な戦争なら、何で皆で反対しなかったのか、何で死にたくないのに特攻を志願したのか)、子供は単純にそう思う。大人の知恵では戦時中の「カルト集団としての雰囲気のある」日本で、父や母の世代が一人で反対することはできないだろうなと妙に物分かり良くなる。

デービット・ケイ氏は言論の自由が侵されていると、日本に調査に来て結論を得た。外国人の意見は、日本人らしい見得や忖度を入れないから、単に他の諸国と比べて「これはおかしいよ」と言っている。だから概ね正しいと思える。論語の「過ちては改むるに憚ること勿れ」は長い間、日本の紳士教育の基本にある言葉だ。こんなことも忘れている(いや、知らないのかな)。今政治を行う人々は大多数が私より年下になった。その点では十分な幼少年期教育が行われていないように感じる。日本の舵取りたちが外国から指摘されたことを吟味もせずに「無視」してしまう、というのは私には考えられない。

形は変わってもまた「わだつみの声」が生まれるような世の中では困る。メディアが身を賭しても、戦前に戻ろうとする意識を監視して非難の声を上げるべきだ。別に私は韓国や中国に肩入れする気持ちはない。彼らも国内でメディアに対し日本と同じくらいひどことをしているだろう。求心力が弱くなると、手っ取り早くメディアの批判を封じて手駒に使おうとする。何を言われても「私たちは正しい」という信念があれば姑息なことをせずに、腰を据えた話し合いを常日頃から行い、相手の言葉をじっくり聞いて説得することもできるはずだ。共産主義ではないのだからメディアを恫喝して情報を隠してはいけないだろう。

楽しみにしていた「党首討論会」少し見た。この催しを企画したのは誰だ。「討論会」などと恥ずかしくもなくよく言えると思う。マスコミからは「野党は2000万円問題しか追求しない」と批判が出ている。野党同士も話し合って追及点を分担しなければ「呪いの言葉」の壁は破れない。2000万円問題は象徴的だがそれだけでは奥が浅くなる。時間が短すぎる、国の大方針が何も見えない。そんなものなのかな。

by zoofox | 2019-06-19 23:25 | 考えること | Comments(0)

撓(たわ)められた心

個人の経験を一般論に広げるのは無理がある。それを知っているくせに「俺の若い時は・・・」と言いたがる。私はそれも良し、と考える。最初から万人の心の動きにぴったり合うような「定理」が頭に浮かべば、その人は天才だ。作家や学者に近い。唯我独尊だけでは困るが、自分の「基本」は押さえておきたい。ブログは日記だから主語は「私は」だ、時々それは省くことがある。

事件があり、事故があり、不正があり、思惑の絡み合った不可解なことがある。全部の人の営みに共感していたらそれは「嘘」になる。全部が解るといったらそれも嘘になる。人間の理解の幅は意外に狭い。自分の経験の幅を如何に広げるか、若い時から苦労している。人間は生きていくうえで仕方がないから「他」を理解しようと考える。同時に自分を顕示しようと思えば「交流」が生まれる。打算のない交流はほとんどが本能に基づくものだ。「動物への愛情」、「子供への愛情」、「恋愛」、そして「大きなるものへ」・・・結局、「打算と保身」が大人として世の中を波風立てずに歩く秘訣かも知れない。

人間には育っていく過程で「反抗期」がある。心理学者ではないからどんな意味を持つのかは知らないが、反抗期があった人と殆どなかった人とは、他人に対する愛情の交換表現が違うかなと思える。回り回って最終的に反抗したものに戻る。反抗しなかったら戻るものがない。自分の人格形成期はまあ、人並だ。反抗期があり、社会に出て行ききれない中途半端な時期があった。この「反抗期」や「モラトリアム」のもどかしさを、感じたか感じなかったかで、その後の「社会や他人に対する優しさ」が変わってくるような気がする。

科学的には言えないから自分の経験が下敷きになる。この時期に「撓められた心」は社会に出てから迷いが一つ少ない。毎日の事件で人を殺したり傷つけたり騙したりする人の心は、自分で撓めてそれを解放した経験がないように思える。若い時代に通過した「出口の見つからない不安の塊のような日々」が、今の私の「経験的楽観主義」を支えているかもしれない。


この手のことは考えても答えが出ない。自分を埒外において答えを出そうとする。私が社会や他人に対して優しいか否かは自分では分からないことだ。

by zoofox | 2019-06-19 06:10 | 考えること | Comments(0)