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「改元」って何

私が「改元」の現場にいたのは、昭和から平成に代わる時の一回だけだ。元号の改正は誰の専権事項になるのだろうか。最近の「改元ブーム」を見ていると、(何やってんの)と思ってしまう。天皇が辞めるというのも異例だし、時の政府が主導権をもって改元を進める、というのも奇異に感じる。新しく天皇が即位するときに、宮内庁から「次の元号はこれになりました」とさらっと発表すればいいだけのことだ。日本の文化は否が応でも遣隋使、遣唐使のように大陸から伝わってきた。伝来文化とそれを脚色した固有文化が入り混じっている。これをいまさら「外国由来の言葉は使わない」と政治家が言っているとしたら、「漢字は使わない」ということなのかと思う。何処かの国のように「漢字は日本の発明品だ」などという日本人はいない。

改元とともに天皇制にもいろいろな意見がある。私もある。一つは「皇室の役割」であり「政治の不介入」だ。今時、建国神話を信じている人はいるまい。それでも矛盾を知りつつ「象徴」としての存在を意味のあるものにしたいと思う。

まあ、ずっと「思考途中」で歯切れは悪いが。


追記
テレビは狂ったように「改元特集」を組んでいる。この騒ぎはまるで4月から新しい元号が始まるように感じる。私には関係ない。私はずっと「昭和」に生きている。西暦も戸惑う時があるが、昭和に換算するとすぐ見当がつく。こんな様子に同居人がポツリと呟いた。「平成っていいことなかったね」、私も同感だ。昭和64年は私の中の区切りの年でもある。平成も大きな災害があり、特に最後の最後はひどい年の連続だった。こんな騒ぎいつまで続くんだろう。ともかく先行きに光が欲しいんだな。


by zoofox | 2019-03-31 08:36 | 気になること | Comments(0)

食後に歯間ブラシ

食事は殆ど自分で作る。スーパーの総菜は時々混じるが、もうその味付けに着いていけない。最近は「チンゲン菜」と「小松菜」、「椎茸」、「エリンギ」が贔屓になっている。「ガンモドキ」や「厚揚げ」もいい。煮ても焼いても長ネギを合わせると良い味を出す。野菜が多いから奥歯に引っかかる。前は長い焼き鳥の串を削って楊枝代わりにしていた。先月からは「歯間ブラシ」だ。毎月用事がなくても歯医者に通うようになって、「予防医療」が身についてきた。歯科衛生士のお姉さんは口が上手い。おだてられているうちに習慣が出来た。今月も、「○○さん、この年でこれだけ歯が残っている人は珍しいですよ」と言われた。お姉さんに誉められるために、歯の掃除には気を遣う。

茶の間の私の席から右手を後ろに伸ばすと小さな棚がある。ノートパソコンや無線マウスと並んで、歯間ブラシが2、3本そこに置かれるようになった。食後にお茶を飲んでやおら歯間ブラシを取り出す。ご飯を食べても、煎餅をかじっても食後は気になる。歯間ブラシは容易に入る。ゴシゴシとブラシで磨いて、すぐ歯磨きをする。(何で口臭なんか気にしていたのかな)と思える。私の口の中は”すっからかん”になってしまった。10年か20年前に気が付いていれば、良かったのになとつくづく思う。会社でも歯は磨いていたが、こんなに徹底的ではなかった。ほんの少しの違いなんだけどな。他人と会わなくなってから口臭がなくなっても有り難みはない。

これ、「習慣を作る」ということかな。上手なアドバイスをしてくれる人がいれば、高血圧も糖尿前期もみんな防げたのになと思う。一生懸命生活することに気を遣っている時は、こんな余裕は生まれない。人生どうでも良くなってから気が付いても遅いな。

by zoofox | 2019-03-30 18:33 | 自分のこと | Comments(0)

「こどな」の世界

別にこんな言葉がある訳ではない。「こども」と「おとな」をくっつけた言葉だ。私は長い間、何人もの子供を見てきた。発達過程には差があるが、10歳を超えたあたりで少しずつ子供と大人が入れ替わる。その変態の経過がいろいろなことを考えさせてくれた。子供と大人が交じり合い複雑な性格を表すことがある。子供が本来持っていない「競争意識」はこの頃生まれるらしい。兄弟姉妹がいれば自ずと生まれる意識だが、友達相手の場合は少し違う。「何処まで友達を突き放せるか」の意識と私は考えている。競争意識は自己と他人を区別する心が生まれないと出てこない。

小学校6年生の運動会で、さっさと第三コーナーまで走った子供が、立ち止まり後ろを見ている。(どうしたんだ)と見ていると、結局遅れた友達を待っていた。理由が分かれば納得だが、大人の意識だけでは「競争の途中で立ち止まる」というのは異常事態だ。その優しさを褒めるべきか、競争の意味を教えるべきか迷った。結局、大人の都合で競争意識を無理強いしないで良かった、と今は思っている。

大人だと思えば子供だし、子供だと思っていると大人だったり、この時期の子供たちには「ゆったりと見守る」ことが大切だと思える。人の心は十人十色だし、「こどなの意識」も項目ごとに入り混じっている。自分の心をそっと覗いてみる。まだまだ私の心には「子供」が生きている気がする。大人が出来上がった自分の価値観で、柔軟な子供の心を縛ってはいけないと思う。

by zoofox | 2019-03-30 08:11 | 考えること | Comments(0)

赤尾の豆単

今一番使う辞書は「電子辞書」だ。手帳と同じくらいの大きさでいつも机の上に出ている。日本語も英語も各国語も一冊で間に合うが何となくディスプレイで見る文字は味気ない。特に英語は沢山の種類や使わない用例はいらない。私の理解範囲で、単語と派生語と発音記号が書いてあればいい、と思っていた。

本屋さんで手に取った。「赤い豆単」まだあったんだ。「3800語」、大学入試にはこんなに必要なのかと驚いた。内容が簡潔で、私が「不確か英単語」とスペルを確認するには丁度いい。テレビを見ている時に気になる単語が耳に触る。そんな時には重宝する。茶の間の必需品になるかな。
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by zoofox | 2019-03-30 05:56 | 身の回りのこと | Comments(0)

お花見

本屋さんへ行ったついでに、川岸を一回りしてきた。河津桜が終わってソメイヨシノがほぼ満開だが、何とも寒い日だった。お日様が出ないで冬のような風が吹いている。
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亀戸方面から土手に上がると、まるで「河津桜」のような濃い桜色の若木が一列咲いていた。河津桜はすっかり葉桜だ。(新しい種類も植えたんだ)、来年の楽しみが一つ増えた。
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by zoofox | 2019-03-29 16:14 | 身の回りのこと | Comments(0)

事故未満

昨日は日差しは暖かいがまだ風の冷たい中、春日通りの左車線を文京方面に向かって走っていた。例によって原付バイクだ。御徒町の交差点が見える頃、並走していた右側の軽トラックがいきなり幅寄せしてきた。幅寄せと言うよりその先で左折するための準備行動だ。私は大声で怒鳴った。運転手には聞こえているはずだ。交差点では左右が入違った。(追いかけて行って文句を言うか)とカッカしていたが、すぐに冷静になった。

一瞬のことだが、結局軽トラックの運転手は「この先を左に曲がらなくちゃ」と思った時に、ウインカーを出さず真横の確認もしなかったということだ。当然、同じようなスピードで走っている私の車線に入り込んでくる。彼から私は見えていないのだ。小さなオートバイに乗っていると、このステルス性の危険は常にある。駐車してドアを開けられたり、車線を奪われたり。高速道路ではあるまいし、都心の二車線道路をフラフラと車線変更する車がある。このタイプの車には近づかないようにしている。昨日の軽トラックは私から見て盲点だった。多分大工さんらしく荷をしっかり積んだ軽トラックである。毎日仕事慣れている働く車がこんな初歩的なミスをするとは思っていなかった。

まあ、まだ反射神経は生きているということかな。

by zoofox | 2019-03-29 05:57 | 身の回りのこと | Comments(0)

名前

私は地元っ子なので小学校中学校の同級生が何人も地元にいる。(ああ、いるな)とか(老けたな)と見かけると感じるが、声を掛け合って「最近はどうなんだ」などということはしない。(あいつは何という名前だったっけ)と考えてみると、当時の名前は結構珍しい姓があり、影の薄かった友達が立派な名前だったりする。

人でもペットでも物でも名前を付けられると、名前が独り歩きする。そんな意味で子供の名前など、いくら考えても考えすぎにはならない。私の家では、私より上の世代は「占い師さん」、「姓名判断」、「親戚の物知り」などが名前を付けている。私は疎開先の親戚の先生だった。小学校6年生になってから「○○です」と言ったら、とても喜んでくれた。私以降は家中で話し合って決めた。難しい名前やあて字というのはどうかな、子供は親の持ち物じゃないから、名前が付くと一生背負っていくことになる。難しい漢字やとても読めないあて字は、子供が苦労する。私の名前の一字目は簡単だが旧字と新字がある。習字で名前を書くとき形が取れず苦労した記憶がある。

私は歴史好きだから、日本人の「姓」と「名」には案外いろいろな意味が含まれていることに気が付く。「悪」という字の入った姓を持つ人がいた。子供はからかいのもとにしたが、とんでもないことだった。由緒正しい正統な日本の名前だ。知らないと日本の長い伝統に参加できない。そんな名前が最近は少ない。

by zoofox | 2019-03-28 05:47 | 子供時代 | Comments(0)

教科書検定

32年度の教科書検定の結果が報道された。日本の学制は優秀だし規律がある(と思う)。特に小学校で何を習うかはその人の一生に影響を与える。この意味で(日本は子供を大切にしている)と感じてきた。「子供の教育」は、大人が考える以上に影響力が残る。くれぐれも慎重によく練った計画で行ってほしい。

私が小学生の頃、日本の世相はまだ戦争の余韻があった。敗戦があり、GHQの命令があった。教育も「黒塗り教科書」はなくなっていたが、教師が「何を教えたらいいのか」暗中模索していたような気がする。高校生まで日本の戦中・戦後史は何時も三学期に飛ばされて、教えられたことはない。自分で調べたり読み物から、すぐ前の時代を類推することになった。小学校の時も「日清・日露戦争」のあとは曖昧としていた。共産党が合法化されてすぐ弾圧された。世相の混乱期には「子供に与える書」は、規制されていなかった。グリム童話があり、建国神話があり、帝銀事件があり、力道山がいた。「暗中模索」と「玉石混交」が私の子供時代のキーワードらしい。

私は図書室で「原爆」を知り「東京大空襲」を知った。刺激の強い「ニュース写真」が本となって展示してあった。訳が分からないままにインプットし、年月を経てから(ああそうか)と思い当たらる。小学校4年生が「産業革命」の本を読んでも分からない。しかし、その挿絵が今でも記憶に残っている。将来物事を判断する記憶の断片を如何に沢山与えるか、方針のない教育はあながち失敗でもない様だ。

アフリカや東南アジアで、子供が「英語」で会話する。私たちには分かりやすくていいのだが、心中で慄然とする部分がある。「自分たちの言葉はどうしたんだ」、結局グローバル言語のために国や歴史が消滅している。同じ時代に生きていれば、この国は何という国で、何時革命がおこり、大国の援助を受けた。と歴史的に理解できるが、その国に住む子供たちは現状から始まる。「学校で英語を習った」というところが出発点になる。子供たちは私たちとは違うタイムラインで生きている。少し前の日本のように、親子三代で暮らしていれば経験していないタイムラインもだんだん一致してくる。その関係が断ち切られつつある今、外国の精神たる「言語」をダブル、トリプルで学ばせるのは反対だ。まず、自分たちのことが先だろう。外国文化を学ぶのはそれからでいいと思う。

そう言いながらも「子供は誰でも天才だ」と思う。多分、今の二倍三倍の情報量を与えても、難なく自分のものにしてしまうだろう。18歳までに知るべき知恵を詰め込んで、その後は自由に好きなことをさせる。私に子供がいたらそうするだろう。

by zoofox | 2019-03-27 08:23 | 気になること | Comments(0)

語彙

「語彙」って言葉を知ったのは何時だろう。「語彙が豊富だ」、「語彙が少ない」と言われても急には増やせない。人間は「言葉」でものを考える。言葉に特定のイメージを乗せて考える。その一つ一つの言葉が「語彙」だろう。自分の持つイメージを的確に他人に伝えるには、語彙が多いほど正確に伝わる。そんなことなのかなあ。言葉にはいくつもの意味がある場合がある。その組み合わせを適当に行わないと、私の考えが他人に伝わらなくなる。伝わっても意味が違ってしまう。

日本語は言葉の数が多い。俄か勉強している英語は割と少ない。少ないから組み合わせで意味を作る。日本語は言葉の意味で覚え、英語は用途のイメージ(慣用)で覚える。豊富な言葉数を自由に操るには「勉強」が必要になる。他人様の文章を見ていると、「この人は表現が上手い」と感じる方がいる。言葉の並べ方と同時に語彙が的確に意味を伝える。書いている方のイメージがストレートに伝わってくる。(どうすればこんな文章が書けるのかな)としばし考える。考えても結論は出ない。糖尿病のHbA1cという指標が「何をどれだけ食べたか」という記録になるように、現れた文章はその人の一生の勉強の記録が反映されている。勉強と言っても「どれだけ本を読んだか」、「それをどれだけ自分の心に響かせたか」、そんなことの蓄積が語彙となり文章になる。文章は意味や主張のほかに、書き手の人生を表す指標にもなっている。だから急に詰め込んでも語彙は増えない。却って俄か勉強の部分は「浮いた表現」になってしまう。

政治家が良く使う「根幹」という言葉が好きで昔はよく使っていた。カビの生えたような古い言葉だ。英語では「fundamental」、「basis」などの語がある。言葉を比べたのは「根幹」のすっきりさに比べて「fundamental」や「base」を同じ意味に使うには、ある程度の絞り込みと修飾をしてやらなければならない。「木の根と幹」なんと分かりやすい表現だろう。古めかしい厳めしいと思っていた「根幹」が非常に素直な直接的表現に見える。

しかし、なんのかのと言っても言葉は使わないと減っていく。私は「言葉はイメージのショートカット」だと思っている。だから、認知されていないカタカナ言葉を、仲間内の気分でもてあそぶのには反対だ。特に政治家は、言葉と理念の商売だから、的確にイメージを伝える努力をしてほしい。その前に「常識」を磨いてほしいな。

by zoofox | 2019-03-27 06:08 | 考えること | Comments(0)

鰯の酢漬け

同居人が「はいよ」と言って鰯を10匹ほど買ってきた。(久しぶりだな)と思った。我が家では鰯は「酢漬け」と決まっている。新鮮な魚でないと酢漬けには出来ない。当然頭も身も付いている。山国生まれの母親が「鮭の皮」と「鰯の酢漬け」だけは好きだった。年取って食欲のない時に出してやると喜んで食べた。

難しいことはない。頭を落として、身を手で開き、塩をして、酢に漬けるだけだ。難しくはないが面倒だ。当然私の仕事になる。魚をさばくのは片手間では出来ない。集中してやらないと、汚したり硬い骨が残ったりする。冷たい水で鰯を洗っていると血圧が上がるのが分かる。柔らかい背骨を親指と人差し指で外す。シンクは急に生臭くなる。脇と襟の骨を抜いて、最後は背びれを切り取る。(何年もやっていないな)と感触がよみがえる。酢は寿司酢と生酢を混ぜる。タッパに入れて冷蔵庫にしまう。

鰯は美味しい魚だ。鰺よりも扱いやすい。お酒を飲まなくなったら、酒の肴を作らなくなった。これは日本酒のぬる燗が合う。所々に忘れてきた料理がある。定期的に「カボチャ」が食べたくなる。若い時は(何だか芋みたいだな)とあまり好きではなかったが、そんな味が妙に懐かしい。料理は一つ覚えると一つ忘れる。レパートリーは増やしておかないといけないな。

by zoofox | 2019-03-26 06:02 | 身の回りのこと | Comments(0)