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今年の締め

「何もしないで置こう」といいながら、少しずつ正月準備をしている。習慣だからしょうがない。ここ何年も私は餅を食べるのは、正月に数個だけだ。嫌いではないが「餅」は災害食だし、カロリーが高くて消化吸収が良い。何か災害が起こったら便りになる主食だ。餅と干しうどんや蕎麦は、備蓄している。

一応「年取り(31日の夕食)」の準備はしていたが、生うどんとエビ天の差し入れがあり、「年越しうどん」になった。温い風呂にゆっくり入って、寝る準備をしている。もう特別なことはしない。

(いろんなことがあったな)と思う。でも、一年が随分短く感じた。今年を漢字や熟語では表せないが、(何だか日本人がいい加減になったな)という印象はある。背筋の通った、ピンとする話を聞いたことがない。(まあ、いいや)とか(しょうがない)という言葉や合図を至るところで受け取った。個人的には、色々なことに一々目くじらを立てて、文句を言うのはもう止めようと思っている。「交代」という言葉になるかな。突き放して言うと「君たちの好きにすればいいや」ということかな。文句から諦めに大きくシフトしてしまった。

ここに来て戴いた皆様にも、自分にも「来年はいい年になるといいね」と言わせて下さい。

by zoofox | 2018-12-31 21:07 | 自分のこと | Comments(0)

情報の中のいい加減

私は自分で確かめないと気が済まないし、他人に勧めることもない。昨日は新年を迎える前に母屋の風呂を数日かけて乾かし、物置として荷物を運び込んだ。ネズミ対策と下水管を通って入ってくる「虫対策」もした。風呂場の引っ越しだった。新しい風呂は狭いし浴槽が小さいし不満たらたらだが、機密性はいい。お湯を張りながら暖房をかけ前室の戸を開けていると、脱衣所も暖房される。

「自宅で倒れる高齢者の4人に一人はお風呂場が原因」、と良く言われる。「4人に一人の所が2人に一人」だったり、要するに「脅かし情報」だ。命が危ないと言われると、我が儘な私でも(そうかな)と思う。要りもしないのに「風呂場」を作り、「ガス・水道」を新たに開栓した。12月にガス屋さんを呼んで栓を開けて貰った。風呂は綺麗でベージュ系に纏まっている。なる程、脱衣室兼洗面所はすぐ暖房が効いて暖かい。ユニットバスだから見た目はいい。

入った途端に(失敗した)と思った。何をするにも「狭い」。タイルからプラスティックになって何となく落ち着かない。声が天井に響かない。情報に振り回された結果だろう。狭くて暖かいが、お風呂のゆたっり感がすっかりなくなってしまった。ビジネスホテルのバスだと思えば腹も立たないのだが。

だけど「ヒートショック」は本当なのかな。私の知る限り「風呂場で亡くなった高齢者」は、同僚のお父さんだけだ。ヒートショックよりも「お酒」が原因だと思う。情報で動く時は気をつけても見込み違いは避けられないだろうな。

by zoofox | 2018-12-31 05:50 | 身の回りのこと | Comments(0)

語学学習 2

映画やドラマの中の言葉は現実に話されている言葉に近いと思う。私が習っていた数十年前は、「英語を話す」という所に重点はなかった。「英語を読める、小作文ができる」までが主だった。同時に「文法」になんであんなに時間をかけたのか理解に苦しむ。心に残っているのは、「ケネディの就任演説」だったり、ヘレンケラーが「水という言葉を認識する場面」だったり、どちらかと言えば普段庶民が話す言葉ではなかった。私の記憶の中に残っている単語や表現は、この多少衒学的な格調高い単語であり言い回しだ。もちろん重箱の隅を突くような受験英語など(どこで使われているんだろう)と当時から不思議だった。

今ドラマや映画で使われる「誓う」という概念は、聖書とは無縁な私には(変なの)と聞こえる。英米人はやたらに「誓う(swear)」、「約束する(promise)」という言葉を使う。きっと「Love」と同じで、口に出して言葉を交わさないと担保がないと考えているのだろう。取引という意味の「deal」も頻繁に交わされる。この言葉を言って握手をすると一つの約束が成立したことになる。外国に対して陰険な方法論を得意とする国にしては、国民同士の約束は簡単なものだ。だから、必ず「確かめる=念を押す」習慣が出来たのだろう。口語の「絶対に」という言い方も、「sure」、「absolute」やその変化形が頻繁に出る。小学生や中学生ではあるまいし、私は会話の中でこんな失礼な言い方はしない。

中学や高校のテキストではこんな単語の使い方は習っていない。もちろんそのほかにも短い簡単で見慣れない単語に出会うとそこで思考が止まる。当時の「基本単語」には含まれない物だ。また「熟語」というから身構える、「take」、「put」、「come , go」の使い方を覚えるだけで理解や表現の幅は広がる。「on ,off ,into ,out, up, down, away・・・」などと組み合わせるだけで、違った意味になる・・・手旗信号的に感じる。そんなもんだなと感じるしかない。

「I'm coming 」という「come」の使い方や、同意する時の「Yes No」の使い方は依然として違和感を感じる。結局、「自分(の立場)がどこにいるかを常にはっきりさせておく」という面倒くさい対他人との関係を連想させる。

結局、こと語学においては、習う人の水準は教える人を超えられない。ということかな。

by zoofox | 2018-12-30 13:50 | 自分のこと | Comments(0)

交戦規定

私は「軍事や戦争」に詳しい訳ではない。文字や言葉の使い方に間違いがったらお許し願いたい。

韓国の船が日本の海上自衛隊機にレーダー照射を浴びせたことで、ニュースは忙しい。これは厳密に考えるか、「韓国だから・・・」と考えるかで結論は違ってくる。どこの国でも「戦争を始めること」は厳しく戒めて決まりを作っている。原則は「自衛」と「報復」だ。”攻撃されたから反撃する”これ以外に戦端を開く合理的な理由はない。「先制攻撃」は一連の戦いの中ではあるだろうが、戦争を開始する理由としては犯罪に等しい。日本の真珠湾攻撃は、意図的に日本の「宣戦布告」を避けて回った米国の形跡が歴史的にはっきりしてきた。

交戦規程のメインは、「攻撃されたら即反撃する」だろう。張り詰めた周辺の環境の中では、兵士の一発の銃弾が容易に戦端を開く、後から「あれは間違いだった」と弁明しても、失われた命は戻ってこない。日本人は外国の日本周辺での活動に案外寛容だ。外国も「日本は撃ってこない」と安心して挑発できる。領海に入り込む挑発とレーダー照射は厳密に区別される。レーダーを照射して、ミサイルをロックオンしたら、「さあ、狙いを付けたぞ手を上げろ」ということだ。

厳しい交戦規定の中で、アメリカの爆撃機や戦闘機は、「敵のミサイルでロックオンされたから攻撃した」という言い訳をすると反撃(攻撃)の立派な理由になる。今回でも、米軍のミサイルを積んだ戦闘機が相手だったら、レーダー照射をしてミサイルロックオンした段階で、機械的に反撃されただろう。日本は戦争をしない国だ。(このくらいなら、反撃してこないだろう)という気の緩みが韓国に見える。両方で、「戦争なんか起こりっこない」と少し無精なことをしたり、相手をなめていると今後が心配だ。

日本の神経質さと韓国の無神経がすれ違っている。双方に「友軍」、「味方」という意識は薄い。戦争の現場に「嘘」は付きものだ。裁判でもあるまいし、証拠を揃えてもおいそれと「私が悪うございました」とは言わないお国柄だ。そんなことを充分知らずに、感情が先走っているような気がする。リーダーに「絶対に戦争をしない」という決意がないと、文民統制は出来ない。日本人が容易に扇動に乗るというのも恐い。頭を冷やせと言いたい。もっとスマートに「外交としての反撃や注意」は出来るだろうに。

by zoofox | 2018-12-30 09:07 | ニュース | Comments(0)

ピンピンころり

朝起きる時間が少しずつ早くなっている。昨夜は11時に寝て、2時半頃に一度目を開け、次に目を開けたら4時20分だった。4時半までベッドの中にいたが辛抱しきれず起き出した。「一応5時間半は睡眠を確保した」と自分に言い聞かせるためだ。自分では知らなかったが「睡眠の質」が変化しているようだ。以前感じていた「レム睡眠」のうとうとが少なくなった。(あまり夢を見なくなったな)と感じているのはそのためかも知れない。医者が「熟睡すると腎臓も休むんですよ」と言っていたが、本当かも知れない。

この朝の半覚醒の何十分かの間に、ブログの内容を考えることが多い。人生の終わりをほとんどの人が、看護されたり介護されたりして過ごす。(今までは全部こちら側からの見方だったな)と感じる。「看護や介護されている人はどう考えるか」、私にはこの視点がなかった。同時に私は(看護はともかく介護はされたくない)とも考える自分に驚く。母は90代の後半、自分と子供達が父親の看護に向けた情熱が、自分のために残っているか否かが気がかりだったかもしれない。姑の年齢を越え我が家としては未知の領域に入り込んでいく時、そりゃあ心配だっただろうな。

結果は数年間を自宅で、その後約一年間の入院、毎日看させて戴いた。「愛情」などという言葉は面はゆくて使えない。始めは当然、「驚きと義務感」だった。毎日病院に通うのが日課になる頃、義務感は少し変わる。(今日はどんな顔をしているかな、何があるかな)という期待感に似ている。時期的にも時間の自由になる人間が側に二人いたのは母に幸いしていた。人徳というのはこんな(運)も含んでいるのかも知れない。

世の中が「人情紙のごとし」と「何でも金ずく」に大きくシフトしている。こんな時代に病気になり被介護になったら私は(もういいな)と思う。「終活」や「断舎利」という言葉をよく聞くが、年寄りにとって一番現実的にしたくないことだ。身の回りの整理整頓と終活は違うと思う。「借金は残さない。物は好きに始末してくれ」。私の場合はこれだけだ。「身の回りを綺麗にして施設に入って逝ってしまう」というのは、イメージとしては綺麗で理想的だ。現実はそうはいかない。「人様に迷惑をかけたくない」、「ピンピンころり」がいい。それもイメージだ。多かれ少なかれ迷惑はかける。淋しさも残す、ピンピンころりとはいかないだろう。

肉親を含め否が応でも、「他人に迷惑をかける」という現実に気が付けば、自ずと今生きている時に出来ることをする。案外簡単な結論だった。結局「出来ることしかできない」ということかな。神ではない身、自分の終わり方も自分では決められない。




by zoofox | 2018-12-29 05:47 | 考えること | Comments(0)

製造物責任(法)

今日は、(PL法か)と一人で呟いてにやにやしていた。居間のコタツの上には姪の赤ちゃんの写真が何十枚もある。毎日同居人は小さな写真に挨拶している。可愛いというか面白いというか、彼の表情が少しずつ整っていくのが解る。月に何度か姪は赤ん坊を連れて実家に帰ってくる。私達もその度に呼ばれる。姪は難しい名前を付けたが、何時の間にか彼のことを「あーかーちゃん」と呼んでいる。今時の娘で子供が育てられるかみんなで少なからず心配していた。嫌がっていたウンチの始末も、何事もないように行っている。(良くしたもんだな)と私は思う。母性というのはずっと隠れていて、機会がないとなかなか表に出ない。赤ん坊の可愛さは一種の麻薬のようなものだ。折角生まれたこんな子供を殺す親が居るとは、私には想像できない。

自然の「製造物責任」は親にも祖父母にもあるらしい。おこぼれが私達の所まで回って来る。私は自分の呼び名は(名前を呼ばせる)と決めている。「オジイチャン」ではおかしいし、「オオジイチャン」でも困る。私に親や祖父に近い自覚もある訳がない。子供は呼び名に困るだろうな、とは思うが多様性の生き方の時代だから仕方ない。

私の製造物責任者はもういない。自分で責任を負うべき製造物もない。気楽だが寂しい。疑似親子の姪は未だに私のことを親と伯父の中間ぐらいに思っているらしい。たまに仏壇に報告する、「ひ孫が大きくなりましたよ」と。

by zoofox | 2018-12-28 06:02 | 身の回りのこと | Comments(0)

髭の文化

アメリカやイギリスの映画やドラマの中で、「髭」を生やしている人の多いことに驚く。日本では画面の中にはまだ少ないが、スポーツの世界では髭は珍しくない。髭は生やす場所に応じて日本語にも英語にも三種類の言葉がある。「髭(口ひげ)、鬚(あごひげ)、髯(ほおひげ)」だが、ここでは「ひげ全般」という意味で「髭」という字を使わせて貰う。

ベトナム戦争の時まで、戦争の合間の束の間の休息には、シャボンを泡立てて髭を剃る場面が欠かせなかった。髭を剃るのに気分転換の要素があったように思える。私は(まだ、ドロップアウトしていない)と自分に言い聞かせる意味で毎日髭を剃る。最初は「無精髭」だった。(最近髭を剃らない人が多いな)という印象が一つの風俗に変わってきた。アラブの人々が画面に沢山出るようになって、髭は当たり前の姿になった。真っ黒いこんもりとした黒髭はアラブ人の象徴に見える。時には手入れされた髭は(いいな)と見えるが、大部分は私にとっては、暑苦しいし見苦しい。

アメリカのドラマでは戦場や現業職はともかく、普通に背広を着てデスクワークをする人まで、無精髭を生やしている。日本人と違って彼等の髭はすぐ生えるし、猫毛だ。無精髭は何となくだらしなく見える、ファッションと割り切れない。

今は「現象」が気になっているだけだが、もう少し材料を集めて考えてみよう。「髭の文化」の後ろには、匿名性を後押しする「仮面の文化」が隠れているように思える。先のアラブ人は髭だけが目立って、個人の見分けがし難くなる。その上に覆面を被られたら、誰が誰だか解らない。

自分が世界の趨勢に遅れているのか頑固なのかよく解らない。でも気になることは気になる。だからといってそれを排除しようとは思わない。彼は彼、私は私だから大切にする物が違って当然だ。私に「画一化」の思想はない。


※私は髭が似合わない。無精髭は「病み上がり」に見える。そんなひがみかな。

by zoofox | 2018-12-27 05:48 | 考えること | Comments(0)

しんしんと恐いこと

注意して見ているがマスコミには一切登場しない。今月、市民グループが作成した、17都県の放射性セシウムを採取しての「汚染マップが」発売された。四千人の人々が参加して作製したものだという。参加者に私家本として配ろうと思っていたがオーダーが多く増刷を重ねているとのこと。

東日本大震災の原子炉崩壊による汚染は、人間のスパンでは「癒される」ということがない。東京以外に住む場所を持てない者にとって、「逃げればいい」という選択は取れなかった。当初は色々な議論が活発だったが、だんだんと報道の前面には出なくなった。”報道されない”ということが”大きな出来事ではない”と、けして同じではない。昨今では「重大なことこそ報道されない」というのが常識化しつつある。

国の組織が行う「放射性物質のモニタリング調査」は継続して行われているが、私達の目に触れるのは、「表の羅列」だ。不親切この上ない。地名があり数量があるなら地図に翻訳するのは難しいことではないが、そこまでのサービスはけしてしない。

市民の調査は学術的ではないかも知れないが、「事実」に近い。「ホット・スポット」という言葉もあまり聞かなくなった。風や地形による放射性降下物質の貯まり方は距離とは比例しない部分がある。

私が定期的にチェックしているのは、私自身がこのホット・スポットに生活しているからだ。放射能による被害が先か年齢によるものが先か考えれば、一度浴びてしまったのだからどこへ逃げても同じだという諦念が先になる。これを考えると、冬の夜にゆっくりと雪が積もっていくように、心が冷えていく気がする。

by zoofox | 2018-12-26 06:12 | 考えること | Comments(3)

語学学習

BS放送でアナウンサーが、モンタナ州ポーツマスの住民にインタビューしていた。母親は話の途中でちょっと間を取り、「I may not have a money. 」と言った。(あれっ、こんな言い方するんだ)と新鮮に感じた。昨日当たりから画面の英語がすっと聞こえる。これは「マネー」を「邸宅」に入れ替えれば「7つの水仙」の歌詞と同じだ。同時に英語(米語)は「息」で話していることを感じた。若い人や人前に出るのになれている人の言葉は、平板で早口で聞き取りにくい。英語が母国語でない人の英語が聞きやすいのは、アナウンサーのようなしゃべり方をしないからだ。難しい単語がなければ尚更だ。

中学校から随分長い間英語の勉強をしたが、辞書を片手にテキストが少々読めただけで、社会に出たら必要性も感じなかった。「英会話」というのは英語とは別物と思っていた。習ったものが何も残っていない。ここ数年外国ドラマは2カ国語放送で見る。役者の生の声が聞こえる方が面白い。中には一言も聞き取れない人がいる。今はかなり解る。字幕を見ていれば単語の類推も出来る。聞くだけでできる「スピードラーニング」というのはこれの繰り返しだろう。今は「所々」英語が見えるかなという状態だ。

私は小学校から英語教育をするなどということには反対だ。普段使わない言葉を学ばせるとは何の魂胆があるのだろう。日本人はまず日本語を正確に身につけることが第一だ。英会話が必要なら、「英語環境」に数ヶ月放り込めば簡単に覚えるだろう。ポピュラーの曲で、間に英単語をはめる作詞は好きではない。意味が伝わらない。一つや二つ単語を入れても「歌手が英語を話せる」とは誰も思っていない。

外国人向けの「日本語学校」というのも大きなお世話だろう。帰国子女や日本語のない環境に居た日本人向けなら理解できる。企業で働かせるための日本語の履修は企業が本来責任をもつべきことだと思う。

私は主義も主張も抜いて、ドラマを楽しむために耳で聞いている。それ以上の理由はない。話すのはまた別のジャンルになる。

by zoofox | 2018-12-26 06:07 | テレビの話 | Comments(0)

・・・のようなもの

朝、同居人が「○○(私の名前、呼びつけ)、ご飯にする、お焼き食べる」と主食の確認をする。「お焼き」というのは長野県の名物だ。松本から長野まで、約70Kmの道を週に何度か通っていた。犀川(記憶違いだった失礼)沿いの細い国道を長野に向かうと、長野市の市堺あたりの山の中に「食堂」があった。同じ道を何年も走ると、食事をするところ、トイレを借りるところ、休憩するところが幾つか出来る。私は無精だから、1度決めるとずっと同じ所に通う。時間はばらばらだから、11時に食事をしたり、3時頃になることもあった。

時間は2時頃だと思う、車を停めて入ると、広い食堂はがらんとしていた。ストーブの側で手伝いの奥さんと近所のお年寄りがお茶を飲んでいた。「は~い、いらっしゃい、お焼き食べるかね」と言われて、私は出されたのもは拒まないから、戴いた。見た目で(これは、肉まんかあんまんだな)と決め込んでいた時に、口の中に”なす”の味が広がった。戴いた物は食べる。ついでに幾つかお土産に貰った。”お焼き”との初めての出会いは、そんなものだった。

しばらく経って東京でもたまに出会うことがある。スーパーで売っていることもある。何もなければ食べるが、まんじゅうの中に野菜という私の感覚上のミスマッチは解消できない。「・・・のようなもの」はそのほかにも沢山ある。

by zoofox | 2018-12-25 08:10 | 身の回りのこと | Comments(0)