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カテゴリ:思い出( 31 )

砥屋さん

(どうしているのかな)と思う人たちがいる。私の家は道の角の商家だったから、年に一度「研屋さん」と「鋳掛屋さん」が寄り、手水を借り水を借り、板塀に寄りかかって一日仕事をして行った。研屋さんが来ると家中の包丁がピカピカになった。当時はどの家でも日常的に「砥石」で刃物は研いでいたが、専門家も技術は違っていたのだろう、裁ち鋏や包丁はたちまちギラギラとした光沢を放った。子供は座って飽かずに見ていた。そんな子供を追い払う事はなかった。

研屋さんは道端で仕事をしてる姿がCMになり、近所の人たちが寄ってくる。鋳掛屋さんは同じようなものだが、最初に近所を「いかけやー、いかけー」と触れ歩いてから仕事を始めたと思う。「握矢印」の鍋は薄くてすぐ穴が開いた。どの家にも水の漏れる鍋が一つや二つあった。捨てるか水やりにしか使えない鍋が再生するのだから、いい商売だった。そうだ「下駄の歯や鼻緒」の修理をする人もいたな。

子供の目にはみんな「お爺さん」に見えた。小学校高学年になってしばらくぶりに眼にした時に(小さくなったな)と感じた。当時は「道端商売」がまだ幾つもあった。雑貨屋さん、金魚屋さんも大きなリヤカーで街を歩いた。夕方には「玄米パンの焼きたて~~」と叫びながら自転車のおじさんが走っていた。

皆どうしているのだろう。学生服を着た押し売り、鐘を鳴らして一口お経をあげていくお坊さん、尺八の虚無僧さん。一年一度の富山の薬屋さん。獅子舞。まちには色々な人がいて手のかかる色々な商売があった。江戸の町から明治・大正・昭和と息づいてきた庶民の文化のような「道端商売」がすっかりなくなった。墨染の僧衣の一団が菅笠をかぶり団扇太鼓を叩いて速足で歩く姿、もう見られないのだろうな。

ただ懐かしいだけではなく、社会が許容していた「懐」があった。今はない寛容さだな。

追記
子供のころの道端商売をとりとめ無く思い出していたら、今の時代との違いの一つに「まちの音」があったことに気が付く。「ガラガラ」という玄関の引き戸の音、「打ち水の音」、主婦たちの立ち話、物売りの声と音、そして遠くから響いてくる大工さんが釘を打つ音。風の音。何の緊張もなく受け入れていた音。そして「まちの匂い」も同じようなものだった。みんな何処へ行ったのかな。

by zoofox | 2019-08-18 05:52 | 思い出 | Comments(0)

昔の台風

台風という言葉を聞くたびに思い出す。平屋の古い家と若い父と幼い私だ。兄弟姉妹や母親はこの思い出には出てこない。素人が戦後建てた「家」は、大雨には必ず雨漏りがした。マンガのようだが家中の鍋や釜を並べて漏れ出る水を受けていた。畳の下はすぐ床板で、外すと地面が見えた。台所は黒光りする床板を外すと巨大な物入であり、真ん中には「防空壕」がまだあった。子供の遊び場だが、水がたまると乾くまで大変だった。

あの時期は父親が自営業で私はまだ6才前で、家の中や近所をうろうろしていたのだろう。家の中には長いロープが何時もあった。しかし台風の予想には「縄屋」に新しいロープを買いに行った。台風準備は一つのお祭りだった気がする。雨戸を長い釘で打ち付ける。東側の雨戸の一か所だけが出入り口になる。庭の適当な場所に大きな木の槌で杭を打ち込む、屋根を超えて反対側にも杭を打つ。家が飛ばないようにロープで固定する。当時はみんな床下の開いた家だから、瓦が飛ぶのは日常茶飯事で、風が入り家が飛ぶこともあった。

台風も今の台風とは違い起承転結がはっきりしていたような記憶がある。大体台風は夜来る。家の真ん中に蝋燭の光の中にみんなで集まってラジオを聞いている。家がガタガタと揺れ、時々外を見に行く。雨や風がやんでそよそよと風が吹くときがある、誰かが「台風の目だ」と言う。本当に目だったのか違ったのか。

子供は(台風が来て嫌だな)と思ったことはない。大人はどう思っていたのか知る由もない。

by zoofox | 2019-08-09 08:08 | 思い出 | Comments(0)

浅間山

私にとって、「浅間山」と「八ヶ岳」は思い出深い。東京からL特急で新潟、信州に向かう時に最初に目に映る山だ。浅間山に煙が上がっているかいないかはそのたびに気にしていた。山の間から唯一雪をかぶった白いドームのような山頂が見え始めると。(また、来ちゃったな)と、冷たい崎陽軒のシュウマイを突きながら戦闘モードに入った。

浅間山の噴火はゆっくりと絶え間なく続いている。噴煙は「山が生きている」のを実感させる。自然の生きるスピードは遅いが着実だ。私もこうありたかったな。

by zoofox | 2019-08-08 07:25 | 思い出 | Comments(0)

美しい日本の私

何年かに一度「川端康成」のこの小評論を思い出す。当時はノーベル賞の授賞式でこんな小難しい「意見」を書いたのか良く分からなかった。今でも分からない。しかし、日本の歴史から考えると、戦後復興の劣等感からイケイケどんどんの日本が、立ち止まり大きく右旋回したポイントのように感じる。日本人の本質は「自分の事を誇らない」にあると思うがそれを破った。「神秘の国日本」の手品の種をばらすような効果があったな、と思い当たる。

気が向いたときに、京都に飛び、奈良に行き、誰でもが「古い日本」に触れることができた。人気の少ない縁側に腰かけ石の庭を見つめる自由もあった。長いこと薄暗い金堂で仏の顔を見上げている時間もあった。古い日本に取り囲まれるときの何とも言えない安ど感、静けさ、そんなものを大切にしていた。

そんな国民の財産を色々な手段で拡散し、宣伝して観光客を呼ぶ。観光客は「珍しいもの」を見に来るだけだ。「へー、日本人はこんなものを大切にしてるんだ」と落書きして疵をつける。食べ物を食べ散らして道に捨てる。自分たちの大切にしてきたものをわざわざPRするのが悪い。(私たちはこんなに歴史を大切にする民族なんですよ)と外国に知らせる必要があるのだろうか。国土は消耗品でも金儲けの道具でもない。先祖の遺産で飯が食えると思うのは間違いだ。

アピールして注目されれば、今度はそれを守ろうとする。意識せずに普通にやってきたことが、今度は一つの目標になる。

あの頃から日本が少しずつ変わり始めたと思う。自分の国を誇ることは大切だが、外国に大きく知らせる必要はない。外国のように胸に手を当てて国歌を聞く必要もない。古い寺の裏道を歩くときに、そっと頭を下げたり、(また来ましたよ)と心の中で呟くだけで意識は通じる。

by zoofox | 2019-07-24 09:56 | 思い出 | Comments(0)

蕪の煮物

病院では何食かに一度ずつ「蕪の煮物」が出た。蕪とシラスだけの単純な料理だが口に含むと(懐かしいな)という気持ちになる。母が亡くなってから食べたことがなかった。私のレシピにはないものだからだ。「料理カメラ」が壊れて写真は撮れない。蕪の皮をむき八つに切って水から茹でる。蕪はあっという間に火が通る。小さな鍋に水を入れ出汁と湯通ししたシラスを煮る。みりんと塩少々、味付けはこれしか思い浮かばない。蕪を入れて肌が透き通ってきたら、片栗粉でとろみをつける。

沢山の葉をみじん切りして塩を振り揉む。塩を流して少しの油で炒める。大根の葉は一度茹でるが、蕪はそのままだ。桜エビや干しシラス、胡麻を好みで加えるといい。私は軽く塩コショウだけ。(この野菜はこんな味がするんだ)と再発見する。

同居人が「懐かしいね」と言っていた。そういえば母とともに無くなったレシピは多い。少しずつ思い出すのも供養になるかな。
ーーーーーーーー

京都の火事で亡くなられた多くの命の冥福を祈ります。

by zoofox | 2019-07-19 07:54 | 思い出 | Comments(0)

グロリア

こんな車があったな、と思い出す。昭和40年代の中盤以降だった。初めて乗った会社の車は白い「グロリア・スーパー」のワゴン車だった。紅いベンチシートで運転手さん付き、という仕事のスタートだった。荷物が多いのと当時でも上野近辺の駐車事情は結構厳しく、一人の運転では仕事が成り立たなかっただけで、私が贅沢させてもらったわけではない。

四つ目のグロリアは、360ccの軽自動車しか知らない私には、とてつもなく広く大きく見えた。たまに一人で運転すると、会社の狭い地下駐車場に入れるのに大汗をかいた。エンジンは多分プリンスの系統の2000ccだったと思う。加速すると「ヒューン」という独特の音がした。仕事とお客さんの送り迎えにも使われていたようだった。後に乗ったスカイラインGTよりも力があり軽く動いたように感じる。

この車には何年も乗った記憶がある。その次はブルーグレーの「ブルーバードU」だった。あまり車に関心がなかった私でも、(同じ車でも随分違うな)と感じた。この独特の四つ目の車は、その後も何年も色々なところで目にした。黒い車が多かったなと覚えている。アメ車のような乗り心地だがしっかり感があった。

by zoofox | 2019-07-16 10:07 | 思い出 | Comments(0)

建てかけツリー

梅雨前線が大暴れして、九州から関東まで大変な大雨だそうだ。南周りで底の暗い厚い雲がゆっくり流れてきた。スカイツリーは頭からだんだん雲の中に突っ込んでいく。ちょっと目を離すと消えた。午後一時、日が差しツリーは展望台から上を雲の中に残していた。(これ見たことあるよな)と懐かしい。あの頃はこのまちにできる名物に皆期待してた。「建築中のツリーはもう写真に撮れない」と写真機を持つものは、一枚を、シリーズを大切に撮った。今見ると建てかけツリーはやっぱり建てかけだ。でもクレーンは面白かった。ツリーが出来ても観光客が来ても、まちは変わらなかった。もう少し地元に還元してもいいと思うけれど。(7月4日)

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by zoofox | 2019-07-12 07:01 | 思い出 | Comments(0)

ヤスデとウスバカゲロウ

「ナメクジ一匹が電車を止めた」というニュースがあった。すっかり忘れていたこと思い出す。小渕沢から小海線が出ている。八ヶ岳のふもとの富士見町を巻いて茅野から諏訪、岡谷、(高頭)伊那、あの地区はいいところだった。中央道が少しずつ伸びて、小淵沢止まりの時期が長かった。サバイバルで一般的になったが「昆虫食」が日常的に行われている。気候も地理的にも厳しいところだ。

東京から行くと、「蜂の子」、「ザザムシ」、「イナゴ」時に「羽化した蚕」と色々なものを食べさせられた。今は珍味や高級食材になっている。「イワタケ」や土のついた「松茸」を始めとする山菜、山葵(ワサビ)菜、野沢菜等々ほかの地区では食べられない物があった。野沢菜など戴いて帰っても東京ではすぐ美味しくなくなる。イナゴは知らないと跳び足をよく喉につかえさせた。蚕のさなぎは美味くない。

畑からイナゴを手ぬぐいの袋に竹を差して、沢山取ってきたお婆さん(社長の母)の顔や嫁さん(副社長)を懐かしく思い出す。

小海線は勾配が急な路線だが、たまに「ヤスデ」が大発生して列車が止まった。私は目撃していないが線路も道路も大変なことになったらしい。野辺山を越えた佐久地区で「ウスバカゲロウの大発生」には遭遇したことが二度ある。こちらは一日か二日続く。雪の降り始めと似ている。坂では車が滑るので、信号の手前の平らなことろに止まる。前の車が通過したのを見て私も動き出す。夕方には照明の周りに恐ろしいほどの大群が群がっていた。なにか(幻想的だな)と感じた。

まだ、原村に別荘地ができ始めた頃だ。当時は「虫たち」も元気で時々デモをしていたんだな。今はどうなっただろうか。走ってみたいな。

by zoofox | 2019-06-25 06:04 | 思い出 | Comments(2)

水掻き

両手を軽く握って指の爪をこすり合わせている人がいた。ニヤッと笑いながら「○○さ~ん、こうしていると免疫力がアップするんですよ」、H君だ。私より十歳近く年下の仲間だった。スポーツが好きで「○○さん、運動しなくちゃだめですよ」と言うのが口癖だった。五十歳を過ぎて頭が薄くなりかけの頃、ガンに罹ってあっという間に亡くなってしまった。良い人は早く逝く。

ボーっとしている時、右手の親指と人差し指で左手の指の間をまさぐっていることがある。この感覚、これは何だっけな。昔、犬か猫か鶏か身近にいるものの指の間をまさぐって(あっ、水掻きがある)と驚いたことがある。小学校の頃ビニールの手袋で指の間に水掻きがあるおもちゃがあった。学校にプールがなかったころだ。臨海学校に行く時かもっと別の機会か、一度使って(役に立たないな)と思ったことがある。

説明のつかないことが面白い。私がSF小説に触れたのは小学校の図書室だった。子供向けの全集があった。題名は覚えている「両生人間第一号」という本だった。そういえば、ケビン・コスナーの「ウォーター・ワールド」という映画があった、設定は違うが結果は似ている。両生人間は海の側の研究所で、実験のために作られた存在だった。水に入るとエラが開き、手の指の間に水掻きがある。エピソードはもう忘れたが「両生類」や「肺呼吸・エラ呼吸」などという言葉をそこで覚えた。

変なことばかり覚えているな。

by zoofox | 2019-06-21 06:06 | 思い出 | Comments(0)

懐かしい顔

TVのコマーシャルの切れ目にカバーとして出てくる場面に人がいる。1秒あるかないかの時間だ。目と鼻が大きく丈夫そうな歯をしている。勿論TVは外国人だが、見るたびに(Kさんに似ているな)と思っている。同時にKさんどうしたかな、と妙に懐かしくなる。

茨城訛りの千葉県人だが、一緒にゴルフを始めた。二人とも年を食った初心者だった。役職も同じだが私と同年か一歳年下だったと思う。私が付き合いで何時までもハンデが縮まらないのに、彼は熱心に練習場に通い、めきめき腕を上げた。飲んでもゴルフの話ばかりだった。数年たつと随分差が開いた。私は(まあ、あれだけ熱心にやれば上手くなるな)と思っていた。何時も真っ黒に日焼けして健康の塊に見えた。ゴルフを軸にして泊りがけの旅行や飲み会に何時も一緒だった。

噂を聞いたのは私が病気になってゴルフから遠ざかった頃だ。(Kさんどうした?)と尋ねてもなかなかはっきりしたことを言う人が少ない。結局聞き出したのは、「うつ病に罹って休職している」という話だった。この病気だとうっかりお見舞いという訳にもいかない。いつの間にか誰も彼の話をしなくなった。数年後に職場復帰していると聞いたきり、私も定年になり疎遠になっていた。

どこかで会って言葉を交わしているはずだが、あまり覚えていない。一緒にゴルフをした人たちは年上が多いから、バラケて欠けていった。TV画面の中で大口を開けて笑っている一瞬の姿は、彼に本当に似ている。私も自分の不調は(もしかしたら、この病気ではないか)と疑っている。まあ特有の症状はないのだが。

by zoofox | 2019-05-18 06:00 | 思い出 | Comments(0)