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カテゴリ:気になること( 333 )

「です」への違和感

私は気にしすぎなのだろうか。些細なことが気になる。

モデルさんや接客業の女性が自然に立った姿勢の時に、肘を貼り手を自分の前で組む形がある。(これ変だよな)とずっと気にしていた。NHKのアナウンサーも行う、モデルさんにもよく見る、一部の皇族にも見る。日本人は自然に立てば手は両側に垂れる。指先にも神経を通わせて脇につけるか、手を前に伸ばして軽く組めば違和感がない。肘を三角に張っていてはきれいな「お辞儀」ができない。最近はだんだん見かけなくなったが、きっと「お行儀教育」が間違っているんだろうな。

「です」という助動詞は時代を映してきた。名詞につくか形容詞につくか動詞につくか、昔から「業界方言」によく使われたそうだ。どちらにしても言い切って、言葉に一段落を与えるように使われる、自信をもって言われると思わず納得してしまう。これがどう気になるのかというと、はっきり説明できない。テレビでもラジオでも聞く、でも実生活では殆ど耳にしない。言葉を職業にする人には言い切ってもらいたい、この「です」に若干余韻が混ざると(変だな)と感じる。そう思っても私には再現できないから始末が悪い。(あれっ)と思った時にはもう終わっている。語尾の音なのか空白の具合なのか「です」が「でつぅ」のように聞こえる。次に言葉が続くような「保留感」を感じる。関西人の「ネクタイ」の発音に似た感じを受ける。「でつぅ」では固いニュースが締まらない。

まあ、他人様は言わないから、私だけの「妄聴」かな、年取ると感覚もおかしくなるから。この生活の中の「違和感」については、書きたいことが沢山ある。が、「何がどう」と説明しにくいことが多い。

by zoofox | 2019-04-20 06:06 | 気になること | Comments(0)

新札発表

20年ぶりにお札が更新されるというニュースがあった。ずいぶん昔に、聖徳太子が消えてから「なんか日本のお札もおもちゃっぽいな」という印象が続く。だんだん外国のお札っぽくなっていく。ユーロのお札など「ままごとのお金」、や「遊園地の入場券」にも見えなくはない。偽造防止と耐久性を求めるとこんな形になるのだろう。流通してようやく違和感が無くなるころに新しいものになる。大臣は偽造防止を一番の更新理由に挙げている。馴染みのある「横書き漢数字」による表記がとうとう消えた。理由が笑った「外国人が使いやすいように」、この人何を考えているんだろう。「お金」はその国の人が使うものだ。外国人のインバウンドを目的に自国の紙幣デザインを変更する感覚は理解できない。

あの隷書体(何という書体かな知らない)のような「壱万円(万も萬の方がいいのにな)」の表記がお札らしさを支えていたのに、「10000」ではどこの国のお札か分からなくなる。日本語の漢字は部外者には「一種の暗号」のままでいいと思うのだけれどな。外国人にとって「会話」は何とかなっても、幼いころからの積み重ねの「かな漢字交じり表現」は難しいらしい。必要になれば外国人は勉強する。中国語がいい例だ。ここまで外国におもねる必要はない。些細なお金のこと怒っているのではない。一事が万事、一番大切な「国民の生活」が政治家の頭にないらしいというの気が付くことは悲しいことだ。お札の変更で大きな内需が動くんだろうな。

キャッシュレスの社会はどうなったのかな。

by zoofox | 2019-04-11 05:42 | 気になること | Comments(0)

命名秘話

「元号フィーバー」は終わったのかな。なにか騒ぎ方に異常を感じた。明治、大正、昭和にもそれぞれ命名の根拠と意味があったらしい。こんなことでもないとなかなか報道されない。「令和」という元号も意味はともかく慣れれば違和感が無くなるのだろう。「平成」という元号も「昭和」しか知らない私にとっては、妙に間延びしたものに感じた。ともかく「時代の色」として新しい言葉が作られた。今後一つ一つの歴史がこの元号を育てるのだろう。

それにしても「命名秘話」は何年も経ってから明かされるから「秘話」になる。蓋を開ける前から大騒ぎで「私が決めました」とは戴けない。秘話にしておけば、都合の悪いことはだんだん色あせていくのに、我慢が出来ないのかな。

まあ、文句はともかく生まれた言葉に罪はない。ふと気が付いたのだが、無条件降伏の時、戦争の色のついた「昭和」という元号を何故変更しなかったのだろう。政治の繋ぎ目の見落としだったのか、強い反対があったのか、明治以降の天皇と元号の一体化をGHQが尊重したのか。ちょっと不思議な気持ちがした。この「秘話」については誰も教えてくれない。近・現代史は分からないことが多い。

昨夜、ニュースに総理大臣をよんで「令」の字は「美しいの意味がある」と言わせていたテレビ局が、今日は「巧言令色鮮し仁」の「令」について解説していた。高校の時は漢文は選択科目だった気がする。担当のT先生は漢詩を好み、授業中にいきなり歌いだす、その姿にびっくりしたのだが今となっては懐かしい。「漢文」がまだ地位を保っていたころだ。この文化を「中国由来」と切り捨てるのはどうかと思う。現在の「中華人民共和国」は中国古代の王朝とは関係がない。共産主義では「君子の道」を説く必要もない。法律的にはどうなのか知らないが、元号は天皇になる人が決めるべきだろうなと改めて思う。

by zoofox | 2019-04-02 08:01 | 気になること | Comments(0)

「改元」って何

私が「改元」の現場にいたのは、昭和から平成に代わる時の一回だけだ。元号の改正は誰の専権事項になるのだろうか。最近の「改元ブーム」を見ていると、(何やってんの)と思ってしまう。天皇が辞めるというのも異例だし、時の政府が主導権をもって改元を進める、というのも奇異に感じる。新しく天皇が即位するときに、宮内庁から「次の元号はこれになりました」とさらっと発表すればいいだけのことだ。日本の文化は否が応でも遣隋使、遣唐使のように大陸から伝わってきた。伝来文化とそれを脚色した固有文化が入り混じっている。これをいまさら「外国由来の言葉は使わない」と政治家が言っているとしたら、「漢字は使わない」ということなのかと思う。何処かの国のように「漢字は日本の発明品だ」などという日本人はいない。

改元とともに天皇制にもいろいろな意見がある。私もある。一つは「皇室の役割」であり「政治の不介入」だ。今時、建国神話を信じている人はいるまい。それでも矛盾を知りつつ「象徴」としての存在を意味のあるものにしたいと思う。

まあ、ずっと「思考途中」で歯切れは悪いが。


追記
テレビは狂ったように「改元特集」を組んでいる。この騒ぎはまるで4月から新しい元号が始まるように感じる。私には関係ない。私はずっと「昭和」に生きている。西暦も戸惑う時があるが、昭和に換算するとすぐ見当がつく。こんな様子に同居人がポツリと呟いた。「平成っていいことなかったね」、私も同感だ。昭和64年は私の中の区切りの年でもある。平成も大きな災害があり、特に最後の最後はひどい年の連続だった。こんな騒ぎいつまで続くんだろう。ともかく先行きに光が欲しいんだな。


by zoofox | 2019-03-31 08:36 | 気になること | Comments(0)

教科書検定

32年度の教科書検定の結果が報道された。日本の学制は優秀だし規律がある(と思う)。特に小学校で何を習うかはその人の一生に影響を与える。この意味で(日本は子供を大切にしている)と感じてきた。「子供の教育」は、大人が考える以上に影響力が残る。くれぐれも慎重によく練った計画で行ってほしい。

私が小学生の頃、日本の世相はまだ戦争の余韻があった。敗戦があり、GHQの命令があった。教育も「黒塗り教科書」はなくなっていたが、教師が「何を教えたらいいのか」暗中模索していたような気がする。高校生まで日本の戦中・戦後史は何時も三学期に飛ばされて、教えられたことはない。自分で調べたり読み物から、すぐ前の時代を類推することになった。小学校の時も「日清・日露戦争」のあとは曖昧としていた。共産党が合法化されてすぐ弾圧された。世相の混乱期には「子供に与える書」は、規制されていなかった。グリム童話があり、建国神話があり、帝銀事件があり、力道山がいた。「暗中模索」と「玉石混交」が私の子供時代のキーワードらしい。

私は図書室で「原爆」を知り「東京大空襲」を知った。刺激の強い「ニュース写真」が本となって展示してあった。訳が分からないままにインプットし、年月を経てから(ああそうか)と思い当たらる。小学校4年生が「産業革命」の本を読んでも分からない。しかし、その挿絵が今でも記憶に残っている。将来物事を判断する記憶の断片を如何に沢山与えるか、方針のない教育はあながち失敗でもない様だ。

アフリカや東南アジアで、子供が「英語」で会話する。私たちには分かりやすくていいのだが、心中で慄然とする部分がある。「自分たちの言葉はどうしたんだ」、結局グローバル言語のために国や歴史が消滅している。同じ時代に生きていれば、この国は何という国で、何時革命がおこり、大国の援助を受けた。と歴史的に理解できるが、その国に住む子供たちは現状から始まる。「学校で英語を習った」というところが出発点になる。子供たちは私たちとは違うタイムラインで生きている。少し前の日本のように、親子三代で暮らしていれば経験していないタイムラインもだんだん一致してくる。その関係が断ち切られつつある今、外国の精神たる「言語」をダブル、トリプルで学ばせるのは反対だ。まず、自分たちのことが先だろう。外国文化を学ぶのはそれからでいいと思う。

そう言いながらも「子供は誰でも天才だ」と思う。多分、今の二倍三倍の情報量を与えても、難なく自分のものにしてしまうだろう。18歳までに知るべき知恵を詰め込んで、その後は自由に好きなことをさせる。私に子供がいたらそうするだろう。

by zoofox | 2019-03-27 08:23 | 気になること | Comments(0)

高校野球

毎日新聞と朝日新聞の後ろ盾で、この春も「選抜高校野球」が始まった。私は野球も好きだし時間があれば高校野球も見ている。年々、(なんか変だな)と感じることが多い。こんなに大騒ぎする催し物なのだろうか、と醒めて考えてしまう。相撲と同じで自分の近所の知っている学校や同県、同市だったら応援にも力が入るだろうが、必ずしもそうではない。春と夏の大会が終われば、プロ野球のドラフト会議まで騒ぎは続く。これ一種の「就職試験」のデモンストレーションに見える。一握りのヒーローが生まれ、強い球団に入って沢山の年棒を得て、大リーグに行ったりコーチや監督になったりする。大学やプロから声がかからず単に「野球の上手い人」というだけで、一般社会に紛れてしまう人が大多数だろう。私はこの陰で行われる苛烈な競争に目が行く。子供が肩や体を壊すほどのめりこんで結果が出ない。そんな時に何を考えるのだろうか。

全国からうまい生徒を集めて恥じない学校がある。これ高校のやることじゃないと思う。学業があって、一方にスポーツがある。この輪が歪だと普通の人間は育たないんだろうな。スポーツで人を踊らせたなら、踊れなかった生徒や学生のために、安心して働ける場まで用意するべきだろうな。野球が教育だというならそこまで面倒を見るべきだと思う。

プロスポーツは結果が出なければお払い箱だ。それはそれで認める。高校野球のプロスポーツ化は連盟が体を張って子供たちを守るべきじゃないかな。それを浮かれちゃって、嫌だな。高校球児がインタビューに異口同音で、「プロに行きたい」、「大リーグを目指す」という。それはそれでいいのだが、もっと地に足をつけて「学校の先生になる」とか「金融関係のサラリーマンを目指す」とか「親の後を継いで工場経営をする」とか、練習を通じて培ったものを社会に還元するような発言はないものかな。指導者は子供たちの視野を狭めてはいないだろうか。

by zoofox | 2019-03-25 06:02 | 気になること | Comments(0)

棚上げ

忖度とは反対の意味だろうか「自分のことは棚に上げる」という考え方がある。気を使って、「自分の事が疎かになる」、とは使わない。他人を責めても「自分はどうかと考えないこと」だ。これ、いいことなのか悪いことなのか俄かには判断できない。民主主義とは一つの見方で「忖度主義」だとは言えないだろうか。「少数意見の尊重」とか「平等な関係」は双方でかなり忖度を働かさないと成り立たない。反対に専制主義も家来がみな忖度に縛られないと成立しない。何だ同じじゃないかと考えてしまうが、一番違うのは「自発」と「強制」だろう。国会で使われる「忖度」と民主主義の忖度の違いは、「他人を思いやる気持ち」が芯にあるかないかだろう。他人を思いやる心ではなく、自分を思いやる心(保身)が元にある忖度は、本来の意味ではないかもしれない。

小さな子供が親に対してや長い間に空気のようになった夫婦間では、遠慮なく「自分のことは棚に上げて」主張したり文句を言ったりする。しかし、世間の真ん中ではいつも他人(の気持ち)を気にして生活せざるを得ない。自分の不備は「棚上げ」しながら、他者を責める責め続けるというのは、かなり子供っぽい行為だな。社会に対する「適応障害」の一種かも知れない。う~ん、「忖度」という言葉を悪いことのように責めないで欲しいな。「棚上げ」よりは余程いいと思うのだが。

by zoofox | 2019-03-13 08:31 | 気になること | Comments(0)

承認欲求

大山鳴動ネズミ一匹とか。鳴り物入りでも成果が出ないときはある、フロックでもうまくいけば評価される。他人を利用するとか非難して自分を大きく見せるという言動が露骨でなければ、それなりに状況は進んでいく。トランプと金正恩、今回は二人とも何か体調が悪そうに見えた。決裂が戦争に向かわなければ良しとするのかな。

最近気になる言葉がある。

「承認欲求」と「自己顕示欲」とはどう違うのかな。風呂場でラジオを聞いていてふと思った。(きちんと社会学をやって置けば良かった)と思うのはこんな時だ。私が会社の研修で「マズローの心理学」の引用の話を聞いたりしていた時には、この言葉はまだ単独で有名ではなかった筈だ。ラジオでしゃべっている人も明確には把握してないようだ。(おい、「承認欲求」って何なんだ)と突っ込みを入れたくなる。

言葉面だけで見ると、「承認」と言うのはひどく受け身に感じる。西洋の考え方だ。悪魔でも吸血鬼でも「どうぞお入りください」という承認がないと部屋の中に入れない。私もこの言葉を頻繁に見るようになったのは、windowsやそのソフトのダウンロード関係からだと思う。裏には「承認があるから入りますが、その先は自己責任ですよ」という「ずるい」印象がある。「あなたの個人情報を他に回すことがありますよ」と警告を与えながら、YESと言わないと次に進めない。その入り口に「承認」があった。

「承認欲求」という言葉は「承認」と「欲求」が水と油で、人間が本質的に持つ「欲求」と、社会生活の気兼ねの表れである「承認」を求めることが「押しつけがましく」見えて、ぴたりと重ならない(あくまで私の印象だが)。それに対して「自己顕示欲」というのは一言で独立した言葉だ。承認欲求は幾つもある欲求の一つで、その中に段階があるらしい。言葉で書くと「ねえ、認めて認めて」というのと「さあ、これでどうだ参ったか」というような差を感じる。

私の育ってきた時代には、他人はどうあれ圧倒的な力で自分を主張しないと押しつぶされた。最近は他人に気兼ねをしながら、「認めてくださいよ」と言っているように感じる。(何とひ弱な)と思ってしまう。自分の価値判断を他人に求めるというのは賛成できない。自分が自分を信じないで、他人に影響を与えられるはずがない。自分の持つ問題の解決を何時の場合にも他に求める、という風潮も解せないな。「自己実現」というのも好きな言葉だったが、「自己顕示」とは意味が違う。

今でもこうした言葉に出会うと、吟味もせずに理解した様な気になる。心理学用語を使うときはそのバックの成り立ちを理解していないと恥をかくかな。という訳で不思議に思っただけで、私が特に理解している言葉ではない。学術用語が社会で使われるとちょっと違和感を「肌に感じる」ことがある。昨今の社会情勢では「見て見て、私を認めて・・・」という悲痛な叫びがあちらでもこちらでも聞こえる。承認は要求するもんじゃないと思うんだがな。



by zoofox | 2019-03-01 05:37 | 気になること | Comments(0)

見境のない国

別にいつも悪口を言っている国のことではない。日本のことだ。犬や猫が怒っていても、目の前で玩具や猫じゃらしを振られると、以前のことは忘れて新しいおもちゃに飛びついて嬉々としている。日本人が犬や猫だと言っているのではない。余りに心に「溜め」がないように思える。「見境」とは判断力のことだ。「判断力」を働かせるには確固たる「自分(の意見)」がないと空回りする。

朝食を摂りながらテレビの「金王朝の大名行列」が延々と何日も続くのを見ている。北朝鮮のプロパガンダにこんなにうまうまと乗ってしまう国もないだろう。きっと北朝鮮では何十名、何百名の「担当者」が日本のテレビ放送をチェックしている。「日本は大分我が国に関心があるようだ」とか「このテレビ局は気に食わないことを言う」とか、私たち以上に科学的に分析を進めているような気がする。

日本を「敵」と言う外国の元首の行動を、毎日毎日報道するということは、私には「正気ではない」と思える。沖縄の住民投票の結果をもっと掘り下げて、ぼやぼやしている国民に知らせることがあるだろう。北方領土の返還交渉はどうなったのか、モリカケ問題と統計偽装は繋がっている、「復興」を忘れた「オリンピック加熱」に水をかける者はいないのか。

悪口や当てこすりや非難めいたことは、自分が嫌になるから抑えているが、時々我慢できない。もっと自分の足元を固めようよ。

by zoofox | 2019-02-27 08:14 | 気になること | Comments(0)

ミミヅク

東京西部で何日かピンとツノのある「ミミヅク」が大活躍した。カラスが仕掛けても堂々としている。(さすが、食物連鎖の頂点に立つ動物は違う)と妙にその端正な映像に感心していた。(フクロウとどう違うのかな)と毎日の映像報告を楽しみにしていた。あっけなく死骸が道路で見つかり、フィーバーは終わった。

野生動物の動きや考え方がかいま見える映像は大好きだ。(こいつ何を考えているのかな)とつい見入ってしまう。カメラは安易な手助けはしない。何日餌が取れなくても、子供が襲われても冷徹に見ているだけだ。野生動物にはこの姿勢が大切だと思う。手を貸したり、餌付けをしたりしたら結局「野生」をスポイルしてしまう。人間が手を出せないところには手を出すべきではない。

フクロウであろうがミミヅクであろうが、猛禽類は鳥類の食物連鎖の頂点にいる。飼われていても野生でも「彼」には関係ない。自分の置かれたところで最善のパフォーマンスを求める。その結果、車を威嚇して負けてしまったのなら、それも彼の生き方だ。彼の短い命を「潔い」なと感じる。

人間はどうだ。人間は全生物の食物連鎖の頂点にいる。個体としては人間よりも強い生物は沢山いる。でも人間が「今は」一番だ。その人間の中でも「食物連鎖」がある。共食いだ。人間は他人を食わないと生きていけない。「食う」というより、「利用し、踏みつけに」しないと、人間社会は生きにくい。こんなことを考えると「あてこすり」の材料が沢山ある。余計なことは言うまい。「グローバル」の基本の考えは、「生命の地球代表」として地球上のすべての生命に責任を負うことだと思う。前の世代から受け継いだ地球をきちんと整備して次の世代に渡す。そのことが心の中にあれば、地球を汚す条約から離脱したり、環境を壊したり、自国の覇権を求めたり、まして核兵器で周囲を脅迫する、などという行為は生まれてこない。

ミミヅクの凛とした姿は忘れていた理想を少し思い出させてくれた。

by zoofox | 2019-02-26 08:38 | 気になること | Comments(0)