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カテゴリ:戦争( 19 )

戦争を語り継ぐこと

大阪で仕事をしていた時、休日に丹波から本州を横断して、天の橋立により、舞鶴を回って一日車で旅行したことがある。

舞鶴は父が兵隊として訓練を受けた土地であり、叔父が中国から帰還した港である。
叔父の息子は、シベリアから中国へ、父親の抑留の跡地を回ったことから、「旅行」を仕事にするようになった。
私も、父の話に度々出てくる「舞鶴の海と干潟」を一度見ておきたかった。時間があれば記念館やそれなりの史跡はあるのだが、私の印象はだだっ広いコンクリートの港湾だった。

今日の新聞は、日頃の埋め合わせか申し開きのように、「戦争を語り継ぐこと」、の大切さを、幾つもの記事にしている。そんなことは分かっているんだし、ニュースのネタを持っているんだったら、小さな連載でもいいから、「敗戦の日特集」ではなく、戦争が実感のない物として通り行く世代に向けて、伝え続けて欲しい。何故、天皇の言葉と総理大臣の言葉に相違があるのか。何故、中国や韓国、台湾は日本の閣僚の靖国神社参拝に神経をとがらすのか。連合軍の占領とは何だったのか、今にどんな影響があるのか。新聞記事に歴史の総括までは求めない。経験者が生きているうちに、その声と意見を汲み上げて報道して欲しい。内容を繋ぎ合わせ、自分なりの日本の戦争と、今後の行き方を考えるのは読者の仕事だ。


by zoofox | 2016-08-16 09:46 | 戦争 | Comments(0)

父の話

私の父は養子である。どんな縁でかは知らないが、大店に13才の時から奉公してそのまま店を継いだ。相撲が強く、地元の柔道場にも通って三段を取った。柔道を続けて柔道場と接骨院を開業するか店を継ぐか、そんな話で養父母との間に葛藤があったらしい。戦争は広がり、父は兵隊検査で僅かに身長が足りないため、「乙種合格」になった。その後ずっと家業に励み仕事は順調だったが、昭和19年に「赤紙」がきて海軍に招集された。この赤紙はぺらぺらの薄い桃色の紙で、子供の頃に大切に仏壇の引き出しに仕舞ってあったのを、見た記憶がある。柔道の昇段の後、真剣を持った相手との「型」の記念写真と、木造の兵舎の前で同期の兵隊達と並んで撮った記念写真がある。昭和20年の始めからずっと新兵訓練が続いて、雪の中の駆け足やハンモックで寝たことなど、子供を寝かしつける前の話として、何度も聞いた。戦況は日本に不利で、本来なら招集されない年配の父も兵隊にされたらしい。

何組もの先に訓練を終えた兵隊達の出発を見送ったそうだ。あと何ヶ月か戦争が続いていれば、父はいなかったかも知れない。当然私もこの世にいない。
父は楽天的で喧嘩も強かったから、軍隊生活は余り苦にならなかったらしい。楽しそうに思い出話として話していた。でも、本当のところは分からない。

しかし、30才を超えての招集は楽ではなかっただろうな。父の実弟はニューギニアで亡くなったと聞かされている。実家の仏壇の写真で会うだけの叔父さんだ。正月と夏は、朝早く靖国神社へお参りに行った。椅子の並んだ売店で、コップ酒を飲むのが晩年の父の楽しみだった。晩年と言っても、今の私とほとんど同じ年だ。戦争を超えるということは、大変なことだったんだな。父さん懐かしいよ。

by zoofox | 2016-08-16 08:53 | 戦争 | Comments(0)

敗戦の日

オリンピック、ゴルフ、高校野球、「勝負」の一つ一つに私達は熱狂し、喜び、時には落胆する。人間はこんなに争うことが好きな「種」なのだろうか。輸出に発明に様々な開発競争、一時も休むことなく、競い合いは続いていく。金持ちを妬み貧乏人を馬鹿にする。これは人間の本性なのだろうか。

「敗戦」を「終戦」と言い替え、「占領軍・進駐軍」を「駐留軍」と言い換える。言葉は違っても事実は変わらない。私達第一戦後世代が、親から聞いたことを語り継がないと、何時の間にか戦争は美化され、悲惨な体験が甘美な感傷的な思い出に変わる。外国から「歴史認識」と言われるとカチンと来る。その外国から見た歴史と、私達の親たちが経験してきた歴史は違う。私達日本人は、過去を忘れるのが上手い。忘れていい過去と、忘れてはいけない過去がある。

自分たちの歴史は自分たちでしっかりと見つめ、色眼鏡や色鉛筆で修正してはいけない。戦争に突き進んだのか、戦争に追い込まれたのか、日本人が先の戦争とその後を検証して、しっかりとした「歴史認識」を、国民の総意として持てば、いたずらな挑発や、都合の良い扇動に惑わされることはなくなる。政治は都合のい部分をつまみ食いして、過大に喧伝する。

今日は敗戦の日だ。日本が降伏した日だ。正式な調印は後になるが、内外に「無条件降伏します」、と天皇が宣言した日だ。この時まではトップが降伏すると言えば、国民は従った。今の戦争は開戦の終戦も何時の間にか行われる。二度と私達の子や孫やその子供が、戦争を起こしたり、巻き込まれないために、私達は残り少ない命を何に使うか、今日はじっくり考えてみる日にしたい。

by zoofox | 2016-08-15 08:27 | 戦争 | Comments(0)

ベルギー

ロンドン、パリの次はブリュッセルである。ISがテロの犯行声明を出したという。トルコ政府は「警告をして置いたのに」と、引き渡された犯人の扱いについて声明を出している。個人的には、「ヨーロッパでのテロ」というとミュンヘン五輪のテロを思い出す。欧州ではテロに敏感である。

この時期、地下鉄のサリン事件が起きたとき、世界中が「日本で起きたテロ」として報道した。浅間山荘事件もそうだが、この地下鉄サリン事件も「普通の犯罪」だと思っていた。当時の私の認識はそんなものだった。今は違う。浅間山荘の立てこもりも、地下鉄サリン事件も立派なテロである。ある思想や人を第一の優先として、その思想や人の言うことに反対する人を「殺してもいい」、と考える団体があれば、暴力的な活動をしていようといまいと、テロに当たるだろう。難しいのは実質的な犯罪を犯す前に、どう防ぐかだ。

爆弾を身体に捲いたイスラム教徒だけが、テロの主人公ではない。思想や暴力や宣伝で意見の違う人達を無差別に圧殺し攻撃する。あるいは一定方向に誘導しようとする。それも一種のテロだろう。そんなことを考え出すと、「日本はテロに無縁な国だ」などとはとても考えられない。今日本では伊勢志摩サミットを対象に、テロ対策の訓練をしているが、本当のテロの下地は、自由な意見を言えない国には何時でも存在する。

反対にベルギーが何故テロのターゲットになったか、今ひとつはっきりしない。ヨーロッパの共同体の手薄なところが狙われた、と考えるべきなのだろうか。人助けのつもりで難民を受け入れるとその中にテロを行う人がいた、ということなのだろうか。何がテロで何がテロでないのか、素朴な疑問である。

by zoofox | 2016-03-24 21:42 | 戦争 | Comments(0)

台湾と香港と中国

中国に関しては、私は東洋史の専攻ではないから高校生並みの知識だ。それも大分衰えている。歴代の王朝は今でも暗記している。漢字が変換されるか解らないので、例えば、「イン・シュウ・シュン・シン・カン・シン・ズイ・トウ・ソウ・ゲン・ミン・シン・チュウ・チュウ」、こんなふうに覚えた。シュンは春秋戦国時代、カンは前後合わせての漢、最後は中華民国と中華人民共和国だ。50年経っても覚えている。始まりと終わりの年号も昔は覚えていた。そんな意味で中国は最近までは好きな国だった。どうも紅衛兵運動の頃からおかしくなってしまった。

総統選挙のあった台湾を考えるとき、何時も対比として香港を考えている。英国が約束通り香港を返還したとき、中途半端なことをしている。中国の出島が香港だったのだろう。いわゆる「自由貿易港」のように扱ったのだと思う。英国への香港割譲は、純粋の中国(清)への侵略だった。香港には西欧の自由な文化が根付いている。台湾はもともと台湾人の国で、南沙諸島と同様、中国は目もくれなかった僻地である。日本の合併、教育制度やインフラの普及で中国本土とは違った国を造った。そこに蒋介石の侵略である。彼が中国を名乗らなかったら、二つの中国問題は起きなかっただろう。「台湾国」として独立を守ればよかった。

今回の中国の声明もちゃんちゃらおかしい所がある。「台湾が独立を指向しなければ仲良くやれる」、中華人民共和国が国連に加盟するまで、台湾が中国だったのだ。最初から独立国である。台湾が中国領だったことは歴史上一度もない。こういう数を頼んだ横暴は今後益々ひどくなると思う。先に書いたように中国人の子孫がだんだん希薄になると、台湾には違う動きが必ず出てくる。その時台湾を守るのは日本しかない。

中国はその歴史の中で、あの広い一国が統一されてまとまったことは、ほとんどない。何時も次の王朝の芽がどこかに潜んでいた。歴史的に見るとまだまだ共産党の王朝支配は続く。しかし、内部から崩れ始めているのは確かだ。この国の偉大さは「思想の自由」にあった。これを不完全なシステムで押さえ込むのは難しい。しかし、興味ある国だ。秦とか元、唐、明、清のように世界の大国になる下地は十分にある。

by zoofox | 2016-01-17 22:25 | 戦争 | Comments(0)

外省人と本省人

台湾の総統選挙が開票に入った。中国に近づくか、台湾としての独立を指向するのか、この国も難しい選択を迫られている。今までとおりなら、米国と中国の力の均衡の中で、北朝鮮とは違った独特の歴史を選択してきた。今回は決着は先送りされるだろうが、中国の一部になるのか、独立国として存在し続けるのか、違う選択なのか、この「島」にとっては意味を持った選挙になる。台湾は日本の降伏後、中国本土の勢力争いで、国民党の蒋介石が共産党の毛沢東に追われて逃げ込んだ。私たちの知らない歴史の中で、中国から入り込んだ外省人が台湾に住んでいた本省人を数十万人虐殺して、政治経済の中心を握ったと言われている。同じ時期に中国共産党はチベットを侵略し、虐殺を行い、ダライラマは逃げた。

問題が変わってきたのは、時間の経過である。今、中国から台湾に入り込んだ人達と子孫は全人口の約10%と言われている。台湾は独立の歴史を作り続けてきた。経済的に膨らんだ中国が簡単に軍事的に占領できる環境にはない。国民党の主席は、今、敗北宣言をしている。民進党に総統が変わっても、大きな政治的な変化は少ないと考えられる。中国がより違う方法で近づいてくるだろう。

日本は一番近い友人として節度を持った関係を保つべきだろう。また、台湾の選択への干渉はするべきでない。

by zoofox | 2016-01-16 20:57 | 戦争 | Comments(0)

やっとシベリア抑留

シベリア抑留が少しずつ語られ始めている。残り時間は少ない。ドイツ軍240万人、日本軍、軍属60万人の捕虜が、過酷なシベリアの台地で、ソ連のインフラ整備に使役された。日本人の死亡者は約5万人と言われている。他国の戦争捕虜をこんなに過酷に扱った国はソ連の他にない。
私の叔父は、シベリアで5年、中国で5年抑留されて、昭和30年に帰国した。私は小学校入学前だと思う、帰還船の来る時期には、毎日ラジオの前で延々と続く帰還者の名前の放送を聞いていた。最後の帰還船で叔父は帰国し、親戚に迎えられて故郷に帰り、しばらくして上京し、東京の私の家に同居していた。母のすぐ下の弟である。小柄で痩せていて、とても軍人には見えなかった。何時も縦書きの薄い用箋に何かを書いていた。やっと、叔父の心が少し分かる。10年ぶりの帰還を果たしてみると日本は大きく変わっていた。両親はなく、シベリアの抑留とその後の中国での「洗脳」を解くには、時間が必要だったのだろう。父と母は伝を頼って奔走し、やっと大きな病院の「小遣い」の職と住む場所を得た。私は何回も遊びに行ったが、あれは何処だったのか地理的にはそう遠くない所だが、詳しいことは覚えていない。

失われた10年を取り返すのは大変な作業だったと思う。その後結婚し、転居し、やっと落ち着いた生活になった。昭和の終わり頃、一冊の本を持って来た。生き残った戦友達と文章を持ち寄り本を作ったのだ。本は、一人一人が自分の体験を書き綴って、それをまとめたものである。色々な人の体験談を総合すると、どんな生活だったかが見えてくる。叔父はあまりシベリアのことは書きたくないようだった。「証言」というのはこんなものだろう。他を見たり、全体を考える余裕などない。生き残るのが第一だ。ともかく叔父は生きて帰ってきた。

落ち着いた時間が過ぎ、叔父は倒れ入院した。私は母の運転手として、何度も見舞いに行っている。亡くなった後、母は何か心に空洞ができたように見えた。父はもう他界していたが、父の下の弟はニューギニアで戦死したと言われている。無事に戻った母の弟を父はどんな気持で見ていたのだろう。当事者はあまり語らない。でも、その姿を見ているだけで分かることがある。戦争の被害は広く薄く何時までも残る。

戦争反対。

by zoofox | 2015-08-13 09:18 | 戦争 | Comments(0)

心の傷

「映像の中の戦争」で書いたように、この時期は実写、映画ともいろいろな戦争に関した番組が多い。それと同時に古い映画も放送されている。昨日(8/10)は、「奇跡の人」(これについてはまた何時か書きたい)と、「夜と霧」で有名なホロコーストの実写映像を見た。「アンネの日記」も少し前に放送されている。クリント・イーストウッド監督の「父親達の星条旗」も何度も放送された。「戦場にかける橋」、「トラトラトラ」もあった。この種の映画は、一年中放送はされているのだが、編成上この時期には多くなる。

ヨーロッパ戦線の映像は「映画・記録」として心を乱さずに見るが、日本が出てくる映画は苦手だ。日本で作られた「特攻隊」や「戦記物」の映画も以前とは見方が違ってきた。日本が勝とうが負けようが、「日本が戦争をしている」という設定が嫌なのだ。

「夜と霧」は、私は小学生高学年か中学生の時読んだ。小学生の頃見た、「原爆と東京大空襲の記録写真集」と、この本が、私の戦争に対する気持ちの原点になっている。「夜と霧」の中で、殺されたユダヤ人が残した膨大な眼鏡の山、靴の山、死体から金歯を取っている写真、やせ衰えた死体の数々、兵隊の前を全裸で走らされる女性達の写真。人間の油で作られた石けん。皮で作られた電気スタンドの傘、今でもその映像が心に染みついている。「戦争」、「残酷」、「悲惨」、などという言葉を知る前に、実物の画像を見たショックは強烈だった。

原爆の後の殺風景な街の姿、治療を受ける人の写真、黒焦げで一部焼け残っている生々しい腕、蒸発して壁に染みこんだ影。東京では黒こげになってホースを持ったまま倒れている消防手、隅田川を埋め尽くす死体、街のそこここに、無造作に転がっている死体、その山。余計な情報の入っていない子供は、余計なことを考えず、ストレートに心に刻む。大袈裟に言えば10代の始めに自分なりの「生死感」を持ってしまった。(自分もこんな形で死ぬ)、そう考えることはまだ恐怖ではなかった。戦争の余韻のある時代では、当たり前のことだった。加えて空襲を逃げ回った母も、「B29はこんなに大きかった」とか「焼夷弾は花火のように綺麗だった」、とさらりと子供に話していた。

止まっている写真と、動いている映像は受ける印象が違う。どこから出てきたのか、昨日見たホロコーストの映像は動いていた。動いているからにはドイツ軍が撮ったものだろう。目の粗い白黒映像だが、ガス室に送り込まれる前に、男も女も全裸にされ、並ばされる。子供を抱いている人もいる。無修正のそんな映像に感じるのは痛ましさだけである。彼等はすぐに命を絶たれたのだ。

私はナチスドイツが行ったことを擁護する立場にはない。しかし、ローマ帝国でも秦でも元でもオスマントルコでも中国でもチベットでも台湾でもベトナムでもアフリカでもアラブでも、加害者と被害者が入れ替わりながら、人間の歴史の中では似たようなことが繰り替えされている。人間のDNAの中には、「殺すか殺されるか」という刺激に応じて発動してくる、一種の原罪の種が隠れているように思える。ひとつの民族が他の民族を、根絶やしにする(したい)と考えるのは本能かも知れない。しかし、人間は人間であるために、必死でそれを押さえ込んでいる。人間がもう一歩進化するためには、人種や民族や宗教の違いを飲み込んで、「人類」としての同胞意識を持てるまで、同じことは続くのかも知れない。

もう二度と日本人として、加害の側に立つことはしたくない。



by zoofox | 2015-08-11 09:37 | 戦争 | Comments(0)

フルメタルジャケット

スタンリー・キューブリックの「フルメタルジャケット」を見ていた。ベトナム戦争に送り込まれた新兵の行動を淡々と描いている。もう10回以上見ている。どう見てもベトナムの市街には見えないコンクリート製の街の中での市街戦である。敵の姿がほとんど出ない、弾だけが飛んでくる戦争である。多分今の戦争はこんな具合だろう。兵隊達の姿が日本の若者に重なる。旧日本軍のようなじめじめした雰囲気はない。監督はこの映画で何を言いたかったのだろうと何時も考える。ひとつは生と死の境が戦場ではほとんど重なるように近い、新兵はよく死ぬ。反戦映画でもないし、戦争を賛美する映画でもない。題名は、戦争で使う弾丸は殺すためではなく、戦闘不能にするために、貫通しやすい真鍮で覆われている。これから来ているのかなと思う。傑作だか駄作だか分からない。
by zoofox | 2015-08-06 12:39 | 戦争 | Comments(0)