独りの戯言


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カテゴリ:テレビの話( 96 )

メッセージ・イン・ア・ボトル

正月に撮りためた映画を見ている。ケビン・コスナー主演の「メッセージ・イン・ア・ボトル」を見た。何度も見た映画だ。アメリカの映画はガサツで暴力とセックスを除くと何もない、とは思っているが時々秀作がある。ケビン・コスナーの出る映画は秀作が多い。エロとグロとこれでもかというほどの戦争映画、その対極に一人の人間の命と心を、これほど大切に思うアメリカ人がいるとは驚きだ。ケビン・コスナーはそんな役が似合う。キレキレのアメリカ人の顔ではない。水で髪が張り付いた姿は、(スティーヴ・マックィーンに少し似ているな)と見える。私はまだ彼の若いころの顔を覚えている。

私の映画鑑賞はいつも同じ結論だ。同じ映画を見ながら、一度目と二度目と三度目で違うところに目が行く。そんな楽しみ方ができる映画は”いい映画”だ。最初は(主人公を殺すなよ)と感じた。その次はポール・ニューマンの親父さんの悲しみと後悔に子を思う親の心を感じた。今回は、女性の側に立って(あの時こうしていれば)という取り返しのつかない気持ちを強く感じた。優れた鑑賞者なら一度に感ずるものを何度にも分けて感じる。私はそんな見方をする。だから何度も見ても飽きない。

女優も男優も、私生活はどうあれスクリーンで夢を見させてくれれば優れた俳優だと思う。鑑賞者は画面の中の主人公と俳優を結びつけて考える。映画の中と私生活が同じならそれは「演技」の力ではない。いい人がいい人の配役をするのは面白くない。別にケビン・コスナーがダメ男というのではない。一般論だ。

いつも同じことを感じる。あの粗野で下品で億面のないアメリカ人の中に、こんなものを作って演じて支持する人がいる。まあ、人口が多いからたくさんの人がいるということかな。一部の報道やまた聞きで物事を判断するのはやめよう。アメリカにだって中国にだって、話の通じる人は沢山いるはずだ。

by zoofox | 2019-01-22 06:05 | テレビの話 | Comments(0)

兼高かおるさん

兼高さんが90歳で亡くなられた(合掌)。一つの番組で時代を創った人だった。日曜の朝10半か11時から一時間、世界の国々を回ってレポートする「兼高かおる世界の旅」は、同様の企画がない時代に、わくわくとするような楽しさを与えてくれた。庶民が外国に旅行するなど考えられない時代、1ドルが360円に固定されている時代だっただったかな。知らない国へ行って、英語で意思疎通する姿は溌剌として見えた。その後○大卒とか○○大学に留学という人は沢山見るが、当時の兼高さんのように、自由に意思疎通をしていた人を見たことがない。おまけに美貌だし、運動神経もいい。芥川隆行アナウンサーとの掛け合いは、テレビにおける「上品言葉」の代表格だった気がする。

何しろ飛行機は珍しいし、身の回りで外国へ行ったことのある人など、いない時代だ。

だんだん懐かしい人が亡くなる。仕方ないな。

兼高さんとは関連ないが、同時に「ジョージ・ルイカー」と「ロイ・ジェームス」という外人タレントを思い出した。白人は全てお金持ちのアメリカ人に見えていた時代だ。ジョージ・ルイカーは多少片言、ロイ・ジェームスは達者な日本語だったと思う。どちらかがトルコの人だと思ったが、国籍はともかく、テレビやラジオで外国人が日本を流暢に話すという「外タレブーム」の先駆けだった。今と違って「占領軍」の姿も直接見ない地区では、外人そのものが珍しかった。

結局、自分たちが選んだのか敗戦の結果か、「日本人そのもの」が外国から途絶させられていた時代の「風穴」のような存在だったんだろうな。

by zoofox | 2019-01-11 05:34 | テレビの話 | Comments(0)

語学学習

BS放送でアナウンサーが、モンタナ州ポーツマスの住民にインタビューしていた。母親は話の途中でちょっと間を取り、「I may not have a money. 」と言った。(あれっ、こんな言い方するんだ)と新鮮に感じた。昨日当たりから画面の英語がすっと聞こえる。これは「マネー」を「邸宅」に入れ替えれば「7つの水仙」の歌詞と同じだ。同時に英語(米語)は「息」で話していることを感じた。若い人や人前に出るのになれている人の言葉は、平板で早口で聞き取りにくい。英語が母国語でない人の英語が聞きやすいのは、アナウンサーのようなしゃべり方をしないからだ。難しい単語がなければ尚更だ。

中学校から随分長い間英語の勉強をしたが、辞書を片手にテキストが少々読めただけで、社会に出たら必要性も感じなかった。「英会話」というのは英語とは別物と思っていた。習ったものが何も残っていない。ここ数年外国ドラマは2カ国語放送で見る。役者の生の声が聞こえる方が面白い。中には一言も聞き取れない人がいる。今はかなり解る。字幕を見ていれば単語の類推も出来る。聞くだけでできる「スピードラーニング」というのはこれの繰り返しだろう。今は「所々」英語が見えるかなという状態だ。

私は小学校から英語教育をするなどということには反対だ。普段使わない言葉を学ばせるとは何の魂胆があるのだろう。日本人はまず日本語を正確に身につけることが第一だ。英会話が必要なら、「英語環境」に数ヶ月放り込めば簡単に覚えるだろう。ポピュラーの曲で、間に英単語をはめる作詞は好きではない。意味が伝わらない。一つや二つ単語を入れても「歌手が英語を話せる」とは誰も思っていない。

外国人向けの「日本語学校」というのも大きなお世話だろう。帰国子女や日本語のない環境に居た日本人向けなら理解できる。企業で働かせるための日本語の履修は企業が本来責任をもつべきことだと思う。

私は主義も主張も抜いて、ドラマを楽しむために耳で聞いている。それ以上の理由はない。話すのはまた別のジャンルになる。

by zoofox | 2018-12-26 06:07 | テレビの話 | Comments(0)

トランプの起原

アメリカのテレビ番組で、第一次大戦、第二次大戦当時のフィルムに色を着けてデジタル処理をして見せる、”歴史番組”がある。今回は第二次大戦前夜のヨーロッパから始まった。若い背の高いドゴールはまだ脇役だ。彼の提言したベルギーでの戦車による戦端は、フランス国内で受け入れられなかったようだ。一方アメリカ国内では、「ヨーロッパの戦争に介入すべきではない」という意見の人々がいて、「孤立主義」と言われた。孤立主義の合い言葉は「アメリカ・ファースト」だ。政治の周辺にいる人も同調している。「リンド・バーク」、「ヘンリー・フォード」、「ケネディの親父さん」などが大衆にアメリカ・ファーストを説いている。同時にアメリカ国内での「反ユダヤ主義」、「ナチズム」も映像で見せてくれる。

アメリカのモンロー主義で知られる「孤立主義」は、歴史が古い。当初は非同盟主義とセットで唱えられたが、この枠組みを壊したきっかけは真珠湾攻撃だ。太平洋に地盤を築いていたアメリカとしては、日本との戦争は「どうしてもしたかった戦争」に見える。この時期から「孤立主義と」、「侵略主義」が同居している不思議な国だ。アメリカの魂は変わらない。第二次大戦後、共産主義との軋轢から幾つも同盟を結んでいる。トランプはこの時代の「眠っていた子」を起こしただけで、何も新しい考えではないようだ。

”世界の警察”をやめ、少しずつヨーロッパとも距離を取る。それでも世界に影響力を持ちたい。他国のために金は使いたくない。この自分勝手がアメリカの昔からの本性だ。”形振り構わぬ自分勝手”がトランプの言葉で新しそうな着物を着ただけだ。彼の政策は日米関係を非常に解りやすくした。「日米貿易摩擦」、「日米安保条約」はこの「アメリカ・ファースト」の日本に於ける現れだと見える。安保条約は日本が夢見ているような対等な「双務契約」ではない。

ここまで考えて、トランプのキャラクターに隠れている現代アメリカの”孤立主義”を少し理解できた。少しも新しい考えではない”大衆受けする”米国古来の考えだ。自国を縛る協定は破棄・脱退する。これもよく解る。ブッシュもトランプもビジネスマンだ。冷徹なビジネスマンでいる間は各国に迷惑をかけるだけなのだが、ブッシュのように「軍事力の使い方」に目が行ったら怖いな。

by zoofox | 2018-12-22 05:14 | テレビの話 | Comments(0)

ロングブレス

俳優さんが何時の間にか「先生」になって、「ロング・ブレス」の道具を売っていた。ロング・ブレスは私も意識せずに行っている。「鼻で吸って、ゆっくり口から吐く」は、自己催眠の最初の手段だ。心を静め身体をリラックスさせる手段だ。大きく息を吸って肺の中の空気を出せるところまで出すと、口から笛のような音か漏れる。息を吐ききった時が腹筋が一番固くなる。何だか空手だな、私が習ったのは「日本拳法」だった。息を吸って貯めて力を入れるのではなく、吐いて力を入れる。これは相反するようだが意識すれば慣れる。

ある方法で自分の身体を形が変わるまで追い込んで健康を得る。これは簡単に見えるが大変なことだ。その意味で私は何一つ習ったことが身についていない。この俳優さんも余計な肉が落ちてすっきりほっそりしている。自分で結果を得たから他人に勧める、商売っ気なしにひっそりと立っていると(なるほど)と思う。

何か自分にぴったりのことや考えに行き当たって、自分なりに10年、20年と続けることはそれ自体で何か変わってくるだろうな。他人が成功したことを形だけ真似をすればできる、と考えるのは危ない。自分自身の工夫と継続が大切だ。その意味で「即戦力」という言葉は嫌いだ。戦力になる前には必ずどこかで「鍛錬」している。

朝起きて測る血圧が妙に高かった。早速ロングブレスを数分やってみる。あっという間に上が下がった。深呼吸とどこが違うと言われると困るんだけどな。

by zoofox | 2018-12-12 09:07 | テレビの話 | Comments(0)

プロレス中継

テレビっ子だから、1日に何時間かテレビは見るが、点けっぱなしでBGMがわりにするほど好きでもない。最近の地上波は見るに耐えない。ニュースでさえCM漬けだ。ちょっと入り口を見せて、CMに切り替わる。それを10分おきぐらいでやられると、温厚な私でもそうそう見てはいられない。金を取っているのにNHKのBSは四角い「お知らせ」を画面に入れる。いちいち解除すると、こちらの個人情報が流れるようで、そのままにしているから結局見ない。

CMと通販に占領されたテレビは、「もう見ない」と決心すればいいだけなのだが、世の中に開いた私の一つの情報源だからそうも行かない。それと比べるとCS放送は少しおっとりしている。CMはまとめて入るし、ドラマや映画が終わると15分程のCMタイムになる。録画してブルーレイに焼くときは手間が掛かるが、気になるところを削除することもできる。

最近のマイブームは「プロレス中継」だ。テレビは野球とプロレスだけ見せてくれればいい、と子供の頃は思っていた。CSのGAORAという局で、定期的にプロレス中継が見られる。他にもあるが有料だから見ない。力道山→馬場→猪木、という「日本プロレス」があって、猪木を中心とした「新日本プロレス」があった。途中から「東京プロレス」という団体も生まれた。プロレス団体の離合集散は、政党のそれに似ている。分裂と合流を繰り返している間に、どこが本家か分家か分からなくなる。

プロレスについては書きたいことが沢山あるが、今は冬の時期だ。GAORAでは「全日本」の中継だ。歴史はさておいて、今の番組を楽しむようにしている。プロレスは純粋な興業だから、真剣勝負ばかりしていると、お客さんが入らなくなる。馬場の「16文キック」や猪木の「コブラツイスト」が必殺の決め技でもそればかりだと飽きてくる。技を少しずつ出していくのは力道山からの興業テクニックだった。今は「決め技」が沢山あって、幾ら決まってもどんどん起きてくるから、(そんなに効いていない)のが垣間見えてしまう。長州だって「リキラリアット」一発でホールを奪っていたのに、今のラリアットは単なる「繋ぎの技」になってしまった。以前流行ったマイクパフォーマンスは、今はアメリカのプロレスで流行っている。多すぎると興ざめだ。

それが分かっていても、面白い。演出の合間に、本当に技が決まって「痛い」顔をする時がある。いくら殴り合っても流血はほとんどない。身体の動きと柔軟さと耐久力は練習の量を想像させてくれる。世代交代がはっきり目に見えるのがいい。今度、後楽園に行ってみよう。



by zoofox | 2018-12-03 06:06 | テレビの話 | Comments(0)

時代と触れあう

午後、昼食を終えてあてもなくテレビのチャンネルを変えていた。一瞬、白黒の画面がでて次に移った。「フランキー堺主演、『私は貝になりたい』(1958年)」と見て取れた。こんな時に私は容易に時代を飛び越える。
1958年には私の家にはテレビはなかった。ないものは見たいとも思わない。当時、道路に面した一部屋を電気屋さんの兄弟に貸していた。そこにはテレビも洗濯機も大きな電蓄もあった。子供は欲がないから、時代の先端の電気製品など別に欲しいとは思わなかった。毎週夕方の「スーパーマン」が見られれば満足だった。

このドラマは多分再放送を見たのだろう。「私は貝になりたい」という題名が小学生には理解できなかった。さすがにもう軍服や国防服の人はいなかったが、まちにも人にも戦争の影響は充分残っていた時代だ。映画館のある商店街は妙な活気に溢れていた。

ラジオだけがあり、箪笥の上の5球スーパーは団欒用、二台目のラジオは何故か私専用だった。毎晩布団の中でラジオを聞いていた。布団の中では「北京放送」、「極東放送」、「ラジオオーストラリア」や「バチカン放送」、「BBC放送」など世界各地の日本語放送をエアチェックするのが楽しみだった。ハガキを出すと忘れた頃にエアメールが届く。中国は今程過激な国でもとんでもない国でもなく、「戦争をした帝国主義が悪い。日本の人民には罪はない」と繰り返していた気がする。子供心に(心の広い国だな)とは感じたが、共産主義自体を知らなかった。

職業軍人だった私の叔父は、シベリアに抑留されその後中国に回された。日本に帰ってきたのは昭和30年だった。しばらく私の家にいたが、後から祖母が「当時は特高警察が見回りに来た」とぼそりと言ったことがある。商売をしていた祖母は、地区の特高警察には嫌な思い出があったらしい。外国の放送を聞いていると「特高が来るよ」と叱られたこともある。もちろん特高はもうなかったが、公安はあった。「共産主義が過激なもの」、という意識は戦後の余熱が残っている時期にはまだ醸成されていなかった。私の記憶では安保以降だと思う。

「私は貝になりたい」はこの叔父の姿と当時の時代を思い出させる。戦争犯罪というものは「誰が罪を負うか」がはっきりしないまま、戦争に引っ張り出された一般庶民が断罪された。叔父だって抑留期間は「懲役10年」と考えられなくもない。生きて帰っただけでめっけものだ。

僅か数秒の写真がこんなことを思い出させた。私が戦争を嫌いなのは、普段は屈託のない祖母の引きつったような顔と、大きな工場の焼け跡で遊んだ記憶が基になっている。空爆されると全てが燃えてしまう。戦争も戦争の準備をすることも反対だ。

by zoofox | 2018-12-01 13:41 | テレビの話 | Comments(0)

ディスカバリー・チャンネル

「囲碁・将棋チャンネル」の帰りに、アメリカの娯楽チャンネルが4つあるので時々寄る。「アニマル・プラネット」、「ディスカバリー・チャンネル」、「ナショジオ」、「ヒストリー・チャンネル」、中には”ちょっと・・・”と思う所(軍備や自衛隊に偏っている所)もありますが、CMの多さと再放送の多さに我慢できれば、結構面白いと思う。

ディスカバリー・チャンネルでは「名車再生」、と「無人島・秘境生活」が特に面白い。この番組は「イギリス製」らしい。「無人島生活」、「秘境生活」については、かなり前に書いたし、ここのところまた再放送している。私はDVDに焼いて持っているはずだが、それを探すより再放送を見た方が早い。「無人島生活」全4話をもう一度見ると、まず「60日間の孤独生活」の厳しさにまた驚く。落ち着いて見ると、自己紹介の中で「元軍人」とはっきり言っている。軍隊の訓練の辛さと比べている言い方もある。

前に見たときからは、もう2年ぐらい経つだろうか、中で「キャスト・アウェイ(トム・ハンクス)」のラグビーボールの相棒を引き合いに出しているから、エドの頭の中にはトム・ハンクスの無人島生活も浮かんでいたのだろう。間を置いて何度も見ていると、前に見たときには気付かなかった所に気が付く。前は意地悪に「やらせ」部分を探して見ていた。今回はそんな部分も含めて面白く見せて貰った。

やっぱり、大変な知恵と体力だと思う。過去には、「なすび」、「よゐこ」今は「ナスD」とサバイバル系の日本人もいるが、「エドと対抗できるのはナスDしかいないかな」というのが、今の感想だ。「人(私)のできないことをする人」には素直に脱帽するしかない。

各々のチャンネルの好きな番組については、おいおい書いてみます。



※最初に書いた「エドの無人島生活(まとめ)」はこちらです。
https://genkailife.exblog.jp/24325757/
どなたかが読んで下さいました。

by zoofox | 2018-11-16 06:28 | テレビの話 | Comments(0)

秋の夜長はテレビ

テレビオジサンは、本を読まないだけ(老眼鏡で読むのは誠に億劫だ)、その時間テレビを見ている。8月9月は、シーズン番組の入れ替えが多い。本国ではどんなスケジュールで、22回連続とか23回連続のドラマを放送しているのか知らないが、こちらでは結構新旧を織り交ぜて放送してくれる。

「ブラックリスト」のファイナルシーズンがとっくに終わったが、終わり方がすっきりしなかった。「スーパーナチュラル」の第11シーズンが終わった。主役の二人も随分大きくなったが、話の内容が、「幽遊白書」とか「鬼の手を持った先生」(題名は忘れた)など、姪っ子と一緒に見ていたアニメのように、だんだん次元を超えてとんでもないことになっている。さて次はどんな方向に行くんだろう。「ホームランド」もファイナルシーズンが終わったが、この番組は何か説明できないけれど「特別」な感じがした。

「S.W.A.T.」が一話完結で面白い。「スコーピオン」はマンネリだな。「ブラインド・スポット」は第1シーズンを見ていないが、第2シーズンは面白い。何といっても入れ墨だらけの主役の女性がいい。「フォーリングスカイ」と「リゾーリ&アイルズ」の新しいシーズンが始まった。「フォーリングスカイ」はどこを着地点にするんだろうか、「ウォーキングデッド」のように訳が分からなくなりつつある。「リゾーリ&アイルズ」は、警察劇というよりも女性二人の会話が面白い。一種のホームドラマかな。

今年は、相変わらずのERものが、オンエアした。「レジデント」、「ナイトシフト」、「シカゴメット」、それぞれに味付けが違う。「ER」を超えるものができるだろうか。そう言えばERは数々の主役俳優を生んだ。その一人が「フォーリングスカイ」をやっている。スパイもの「バーン・ノーテス」みたいなしゃれた番組が少ないな。

私にも好き嫌いがある。長寿番組には途中から入りにくい。さて、「プリズン・ブレイク」の新シーズンがもうすぐ始まる。これは楽しみだ。

本を読まない、お酒も飲まないと別の楽しみができる。

by zoofox | 2018-10-07 23:25 | テレビの話 | Comments(0)

17才のデスノート

私はテレビオジサンだから、暇があればテレビを見る。地上波の番組はほとんど見ない。別に気取っているのではなくて、「面白くない」から見ない。面白いというのは、お笑い芸人が出て笑いを誘うという意味ではない。「見て良かったな」と言う番組が極端に少ない。

各局とも以前はいろいろと工夫を凝らしていたニュース番組が、一番面白くない。どのチャンネルでもまるで「同じソース」から切り取ったような番組作りだ。ラジオには多少残っているが、真摯に人を引き込んでいく「話芸」がテレビからは消えてしまった。「コメンテーター」が生まれてから、素人の意見は必要だと思うが、どこの局でも同じ人を見かける。底の浅い話は聞きたくない。各局で育てた人材と取材能力が極端に不足している。・・・結局、「自分の意見が言いにくいんだな」と思っている。たまに出っ張ると、官邸から文句が入る。悪いジレンマだ。

少し風邪気味で、気力のない時にこの映画を観た。イギリスの映画だと思う。唐突に始まり、唐突に終わる。白血病の17才の少女は学校を休んでいる。どこで決心したのか「もう抗癌剤はいらない」と胸の点滴を取る。「頑張れ、頑張れ」という闘病記とは違う。「死」を受け入れ、死ぬまでにしたいことをベットの頭の壁に書く。友人と恋人と離婚した父と母そして弟。多分長い闘病生活の最後の部分を切り取った「時間」を見せている。

この手の映画はテーマとしては珍しくない。私には「自分の死の選び方」が珍しかった。細かいことは忘れたが、ニューヨーク在住の日本人記者の女性が、周囲の友人に助けられながら最新の治療を求めて生きた、本のことを思い出した。「自由な死」と「積極的な死」とでも言おうか。もちろん病気の種類にもよるのだろうが。

何時も私達は、「死と隣り合わせで生きている」ことを忘れがちだ。それに少しでも気が付いたら、不正なことや他人を傷つけたり、周囲に迷惑をかけることはできなくなるだろう。
重いテーマと違い爽やかな印象を得た映画だった。

by zoofox | 2018-10-06 13:55 | テレビの話 | Comments(0)