独りの戯言


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カテゴリ:考えること( 20 )

できる人がやればいい

朝食後の後片付けと食器洗いをしている。私は食べ終わったものが何時までも食卓に乗っているのは嫌いだ。同居人は別に気にしない。結局私が後片付けをする。食器を洗ってステンレスの水切り籠に入れるまでだ。残った食べ物は丁寧にラップして冷蔵庫にしまう。私がしなければ同居人が後から行うだけだ。

同居人は定年になり、会社に残る誘いを振り切って、「これからが私の青春だ」と同じような仲間と、吟行に行ったり、写真機を持って秩父の三十四箇所巡りをしたり、またヨーロッパに行こうと準備をしている頃、母が現役を離れた。母が家にいるから、集金も荷物の受け取りも簡単な食事も二人で頼っていた。母の楽しみはテレビショッピングだった。サプリメントや小物を買っては、私達に怒られていた。今考えれば自分の金だから好きに遣わせれば良かった(結局は好きに遣って、未だにダイレクトメールが来る)。

私は手術から回復して、同じ仕事をしていた。定年後も同じ仕事を続けた。母を病院へ送り診察に付き合うのは私の仕事だった。後半は長い診察時間を二人で待合室で待った。
高熱を出して動けなくなり救急車で入院してからは、二人で一緒にあるいは交互に病床の横に着いた。時々他の兄弟を「一緒に住んでいないと気楽でいいね」と言っていたが、別に心底からの悪口ではない。

祖母は資産家の娘で、兄達が次々と亡くなり、最終的には婿さんを貰って家をついだ。詳しいことは言わなかったが、「米相場で損をした」と言っていた。追われるように(これは私の想像)郷里を離れこの地に住みついた。明治の終わりの話である。大正、昭和と商売は順調で、店は大きくなり父が養子になった。全部、空襲で燃えた。戦後落ち着いてから、父の兄弟や、母の郷里から、色々な人が泊まりに来た。祖母のお友達は、定期的に東京に来て、我が家を起点にデパート巡りや歌舞伎を楽しみにしていた。そんな時は母と一緒に質屋に通っておもてなしをした。

そんな祖母も母と一緒に内職をして夜なべもしていた。

「できる人がやればいいんだよ」とは、その祖母の言葉だ。今考えれば含蓄がある。「できないときはできない。その生活環境でできる(余裕のある)人がやればいい」、とは。面倒臭がってできるのにやらないことが多すぎる。

食器を洗いながらそんなことを思い出す。もっといろいろと祖母の話も聞いておけばよかったな。

※秩父巡礼は三十四箇所とのこと、訂正致しました。(2018/09/11)

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by zoofox | 2018-09-10 09:05 | 考えること | Comments(0)

暇な日には

何にも予定がない日がある。今日は予定がない。パソコンの前に座って、記事を読む。今朝新聞は関西空港の冠水被害を前面に出したが、北海道の地震は締め切りに間に合わなかったようだ。体操のコーチの話はこれですっ飛んだ。前回叩かれた政府の災害初動期の動きは、6時から取り組みをはじめたという。

画面には田圃の中で一人ずつ災害ヘリに釣られていく被災者の映像を出している。札幌の側だし、自衛隊の兵員輸送用の大型ヘリでもオスプレイでも出動させれば、古い機体を使っている自治体のヘリより安全で大量に移動可能かも知れないな、などと皮肉な目で見ている。何時も出てくる被災者のインタビューが少ない。震度6強(朝の時点では直下型のマグニチュードが省かれている)の揺れは、簡単に山の表皮を剥がす。災害に遭われた方々にはお見舞いを申し上げる。

今回の台風は俊足だったが、四国、関西に大きな被害をもたらした。(東京直撃だったらどうだったかな)と恐くなる。房総半島が首都圏を守る形で、東京湾を都心に向かう台風は少ない。確実に私のまちには30cmや1mの冠水はあったはずだ。

家康が秀吉から国替えを命令されて、江戸を造ったときには江戸城はほとんど海の縁にあった筈だ。今私達が住んでるところは。「寺島」や「向島」という名の通り、島か浅瀬か海岸だったのだろう。昨日訪問した鳥越神社は、平安時代から広大な土地を持っていたという。歴史というのも細かくみると(あれっ)と思う所が幾つもある。

まあ、東京直下型の地震は想像したくないが、この東の都の人々の心の乱れ方、金が万事の世の中、天罰が下らないといいのだが。

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by zoofox | 2018-09-06 10:43 | 考えること | Comments(0)

次の元号

天皇が存命の間に、退位後の元号を検討するというのも何かしっくりしない。次の天皇の即位までにドタバタするのが正しいやり方だ。あれほど中国に色々な非難を浴びせるのに、また中国の古典から引用するのだろうか。習近平が勘違いするよ。日本にも良い熟語が沢山ある。「正直」、「公正」、「公平」、「正道」、元号は何でもありだが、その時代をぴったり表す言葉にすればいい。元号には意味を持たせないという意見もあるようだが、この時代、国民に投票して貰ってもいいんじゃないのかな。

今日は午後また録画していたドラマを見ていた。「剣客商売」は色々な役者の組み合わせが面白い。時代劇はあまり好みではなかったが、だんだん安心して見られるようになった。
理由は簡単だ。実生活と違って、最後には「正義が必ず勝つ」から安心して見られる。

アメリカやイギリスのドラマも、テレビドラマは特に、最後は正義が勝つ。色々なひねりや抑圧があっても、正義が勝つ。結局日本も外国も、正義が勝たない現実ばかりだから、力や頭で正義が正しくて必ず勝つと、結論づけないと売れないんだろうな。どの国も同じ様なものだな。

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by zoofox | 2018-09-03 19:08 | 考えること | Comments(0)

関東大震災の日

大正12年(1923年)、私の父は11才だった。

本所の横網町公園の中に、大きな「震災慰霊堂」が造られている。関東大震災と東京大空襲で亡くなった人たちが祀られている。軍隊の「被服敞跡」と言われている。被服敞と言うからには軍隊の軍装を作ったり蓄えていたところなのだろう。

大正12年に沢山の被災者の遺体が集められ、その22年後には大空襲の遺体も集められた。子供の記憶では慰霊堂は何度か建て替えられたような気がする。広い公園だが、私はここで遊んだ記憶はない。「夏の終わり」、「線香の煙」、「鐘の音」、「読経の声」が同時に刻み込まれている。

私の家は街道沿いにあり、震災当時は新築したばかりだったそうだ。家は傾いたが家族は無傷で、家の前の道路に埼玉方面へ避難する人達の列が続いたという。父は子供だから、祖父母の時代だ。道行く人に、おにぎりの炊き出しをした、という話も聞いたことがある。

子供を寝かせるときに、父は色々な話をしてくれた。中でも「軍隊の話」と「震災の話」は何度聞いても、興味深かった。子供は色々な質問をする。父は適当に答えていたが、今考えると父も子供だった。詳しいことを覚えているはずがない。母は空襲を逃げた話だ。父が応召しているときに、子供二人と姑とお手伝いさんで、火の中を逃げ惑った。

その二つの大きな厄災の記憶が横網町公園に集まっている。祖母の話はもっと具体的だった。「親戚の○○さんは、被服敞の遺体の山から子供を見つけた」とか、これは震災か空襲か分からない。

今日は、不慮の死を遂げた多くの魂に、「忘れていませんよ」と声を掛ける日だ。これで私の「夏」はようやく終わる。

不思議なことに、父も祖母も「震災の揺れ」については、「大きかった」の他に具体的には説明しなかった。それだけ後処理が大変だったのだろうか。


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by zoofox | 2018-09-01 08:57 | 考えること | Comments(0)

道元

昨日は夜も気温が下がらなかったが、今日は日が落ちてから過ごしやすくなっている。8月は私にとって、何時も他の月とは少し違う。一つは戦争を考える月だし、もう一つは、田舎の墓参りや「墓」、「死」というようなことを深く考えるようだ。

去年も今年も墓参りに行っていない。今ひとつ体調が優れないのと、今年は20日を過ぎたら行こうと思っていたが、ボチボチと業者が入ったり、このとてつもない暑さにみんなが止める。車でゆっくり行くならいいと思うのだが。まあ、9月でも10月でも、父や母は怒るまい。

私の寺は「曹洞宗」だ。大きな本堂に尻の下に置く枕が置いてあって、座禅をする人もいるらしい。最近は永平寺参りも檀家の高齢化で行っていないようだ。昔は定期的に一泊で「泊まり修行」をするツアーがあった。

中村勘太郎(当時)と内田有紀が出ていた道元の半世紀を映画にした「禅」をみた。内容は脚本がいいところを擦っている。禅宗は「仏様にすがる」という宗教ではない。高齢で亡くなった宮﨑住職の言葉を思い出す。「形を守って座禅をしておれば、自ずと中身ができてくる」、「自然は誰に教えられなくても、時期が来れば花を咲かし実を作る」、そんな内容だったと思う。ご自分の死についても、百才を超えて、「自然に生きればいいんじゃよ」と笑っていた。

禅宗というのはどちらかといえば、小乗系の仏教なのかな。戒律が生み出す「形」を大切にする。ルーティーンな形を無限回繰り返して、素質のある者は悟りを開く、というやっかいな教えだ。剣道や柔道、武芸スポーツ全般に通じる考えだ。練習を繰り返すと無意識のうちに技が出る、身体が動く。

当時は、日本語と中国語はもっと近かったのかな。最澄、空海にしろ道元にしろ短期間で中国語で意思疎通をしていたようだ。もちろん凄い勉強量だったに違いないとは思うが。

そんなことをちょろっと思い出す。

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by zoofox | 2018-08-27 23:04 | 考えること | Comments(0)

もう少し不便でもいいのかな

原爆投下の日が近づく。夏の甲子園も始まる。(熱中症問題は子供達には影響ないのか)、と不安も残る。

中国が「プラスティック廃材」の受け入れを拒否して、プラスティックのゴミが再び大きな問題になりつつある。日本はフランスとイギリスと六箇所村に40数トンのプルトニウムを持っている。プルトニウムは原発のゴミだが、その先は何10万年も「安置」するしかないのだろうか。私にしてみれば、原発ができて事故が起こり、「もんじゅ」でプルトニウムの再利用を目指して失敗し、まだ同じような、高速増殖炉を検討しているという。このサイクルはつい最近のことのように思える。ペットボトルが広まったのもそんなに昔のことではない。この短期間(3、40年の間)に新製品が開発され、あっという間に駄目を押される。

冷蔵庫も電気釜もクーラーも電子レンジもテレビも、世の中にそんな便利道具がなかった頃を知っている「生き証人」はだんだん少なくなる(いや、人口としては多いんだな)。欧州ではガソリンエンジン自体を追放して電気モーターの車しか生き残れない目標を立てている。

中国の大気汚染、311の事故あたりから、世界の動きは急速になっている。
日本だって人口が徐々に減っていくのだから、それなりのエネルギー使用の方法を考えれば、もっと楽に悠々と暮らせるんじゃないのかな。アメリカが軍需産業の力が強くなりすぎて、戦争が止められないように、日本の企業も新製品を作ってどんどん売らないと先細りになる。それを政府が後押しする。そんな連鎖を断ち切って、「不便でもいい」、「世界一でなくてもいい」と私達が気が付けばいいだけの話だ。

「後進国」という言葉を「発展途上国」と言い改めて久しいが、日本もイギリスやフランスのようにいずれは「老大国」と呼ばれる日が来る。時代の勢いには逆らえない。そんなゆっくりとした国の歩みを考えてもいい頃だ。韓国や中国が日本のアイディアを盗んでも、自分で開発する力がなければ線香花火で終わる。その日のために、『この技術だけは盗ませない』という、日本の宝を充実させるべきだ。国民の所得は増えなくても、満足感のある生活は工夫次第で送れる。

東京にこんなに人を集めなければ、地価も上がらないし、鳥かごのようなマンションを林立させることもない。小さな庭に向かって縁側で虫の声を聞くこともできる。街に、こんなに熱が籠もることもないだろう。私達が知らないだけで、地方ではこんなゆっくりとした生活をしている人達もいるに違いない。「馬鹿だね、東京の何処がいいのかね」ときっと笑っているだろう。

ものを新しく作るときは、その始末まで考えないといけない、と言うことだな。便利さは代償を求める。


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by zoofox | 2018-08-04 10:28 | 考えること | Comments(0)

日本を壊した者

「安全で平和で人々は穏やかで慎み深く、しかし活気を持って暮らしている国」。私は小学生から高校生ぐらいまで、そんなふうに日本を誇りを持って見ていた。確かに「伸び代」が沢山ある国だったと思う。今考えると、団塊の世代がまだ一人前ではなく、敗戦を知っている戦中世代が中心になって、一生懸命この国を引っ張っていた。

私達が大人になり、現在の65才から75才ぐらいの人が、日本の中心になってから少しずつこの国は変わり始めた。(これはあくまで私の印象だ)。日本の習俗が急速に「経済中心」に傾き始めた。嗜好が欧米化する。東京オリンピックを契機に日本が世界に乗り出していく頃、まだ日本には独特の「心」があったと思う。自分の生活より、国や社会や地域を大切に思う「心」だ。(このままでは日本はまた元に戻る、もう戦争はしたくない)、という気持が結集したのが、安保闘争だと思う。東大安田講堂の攻防を象徴に、次第に私達世代が社会の中心に近づいていった。

私達の親達の世代にあって、私達に足りないもの。自分たちが洗脳されて戦い、負け、もう一度日本を再興したという、揺るぎない自信と反省。平和憲法へ期待。その一番大切な物が私達には受け継がれなかった。他人より自分の生活、社会より自分たちのこと。個人主義のいいところではあるが、個人主義が「自分主義」に変わってしまった。隣人を思いやる心や、自然を敬い大切に受け継ぐ心は、あっけなく「競争社会」の波に飲み込まれてしまった。

「私達が日本人の魂の継続性を断ち切ってしまった」、この後悔は、友人達が家庭を築き子供を育て、進学や就職に右往左往している様子を見ていて、感じた。ここで戦後教育の至らなさが、じわじわと日本人を変えてしまった。

私は戦前を知らないから、知っているのは、昭和20年代から40年代までの高度経済成長の中で、戦前の良さを生かしながら、新しい日本を作ろうと頑張っていた人達の姿だ。一生懸命働いていた大人達の姿だ。

結局、「日本の良さ」を壊して、今のような体たらくを見せる国にしてしまったのは、私達と私達を信念なしに教育してきた人達がいけない。と思ってしまう。

都市伝説のように、GHQやCIAがそこまで意図していたとは考えにくい。

8月になると少しずつ「戦争」について考える。戦争のために亡くなった2百数十万の人々が生きていれば、日本はどうなったかを想像してみる。徹底的に間違っていた枠組みを壊さなかったから、変な日本になったのかな。

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by zoofox | 2018-08-03 22:05 | 考えること | Comments(0)

分相応

「分相応」、「身の丈を知る」、年齢が高くなってくると、若い時の過ごし方の差が出てくる。色々な人の話を聞いていると、子供や孫に多大な精力を注いでいることが分かる。分相応の「分」は、ずっと「身分」の分だと思っていた。封建時代の身分は時には、「生殺与奪」の権限の差にまで及ぶ。私が育ってきた時は「身分」など意識したことはなかった。今透けて見えるのは「階級社会化」による「分別」だ。どれだけその人の世界が広いかと、併せてどれだけ金と資産を持っているか、これが現在の価値の根本だ。

分相応というのは、否応なしにその区分に放り込まれて、「自分の資産『能力、経済力、生命力、好奇心、周囲に対する影響力』」を、きちんと使い切れよ、という箴言のような気がする。最後は自分に戻ってくる満足感だと思う。偉大な父や祖父から受け継いだ、資産や情報ルートや自分の健康を、その立場立場できちんと使いきっているか、そのバランスが外れると結局自分が見えなくなるし、それが「分不相応」なのかもしれない。

木造アパートに住んで、ベンツを乗り回す、「一点豪華主義」という言葉が流行ったときがある。冷笑的に扱われたが、自分が満足していれば、それでもいいんじゃないだろうか。

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by zoofox | 2018-07-31 19:47 | 考えること | Comments(0)

忘れること

「苦を知れば楽を知り、楽を知れば苦を忘れる」、こんな諺あったかな。20日も続いた朝からの暑さが、今朝は涼しく感じる。ただ寝苦しい夜だった。昨日は、今夏はじめて自宅でセミの声を聞いた。一昨日、昨日は本当に暑かった。気象庁ならともかく、昨年の私の手帖には「暑い!」という記述はあっても、「涼しい、気持ちいい」という記述はない。今年の手帖は、血圧と体重の合間に、暑いと書いてある。身近に温度計があれば、面白い記録になっただろうに。

「喉もと過ぎれば熱さを忘れる」とは、正にその通りだと思う。日本人の特性か人間の特性か、「過ぎたことにくよくよするな」、という台風民族の特徴が現れていると思う。計画と結果だ。ホリエモンが「想定のうち」という言葉を流行らせたが、日本人はいことも悪いことも、あっという間に過去にしてしまう。忘れることはいいことだと思うが、それを盾にして国民を欺すのはいけない。人それぞれに「絶対に忘れない記憶」は持っている。

そう、働き方改革の話だ。何も「改革」などという言葉を使い、法律・制度で縛る必要は無いのではないかと、初め感じた違和感が続いている。実際には政府が経団連の言い分を聞いて、無理な法律など作らない方が良かった気がする。私が定年になり、退職金のでない二度目の定年になった時、希望すればまだ何年かは働けたと思う。仕事もあったし、経験もある、普通の仕事は少し安い賃金でもできた。トコロテンで団塊世代が定年になった時に、実際の仕事は「人手不足」が続いていたと思う。胸を張って、「私の努力で失業率が落ちた」などというのは赤っ恥だ。働く人が一度に減れば職が余る。全ての失業者を当てても穴は埋まらない。だから、契約雇用、アルバイト、主婦のパートに仕事が流れ、賃金は低くなる。

このままでは、日本には「熟練労働者やベテラン」が育たない。汗をかいてする仕事の大切さを知って、それに理論を付け加えなければ真の「キャリア」は生まれない。役人のように、就職の時点で人生の振り分けが終わっている職業は、先がないし、つぶしも利かない。

ま、今日も雲が切れれば暑いんだろうな。

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by zoofox | 2018-07-25 09:30 | 考えること | Comments(0)

末法思想

そう言えば、中学か高校で習ったな。釈迦が亡くなってから二千年目に正しい仏教は衰退して、その後に新しい仏教が生まれてくる・・・そんな内容だったかな。そんな思想を元に新しい仏教革命が起こって、今の仏教の流れになっているとか。今世紀の中頃が三千年目になる。古い思想だから「末法の中から何が生まれるか」までは、きちんと預言していない。元来は中国の思想で日本は貴族社会の不満をバックにした受け売りに見える。

「釈迦」は自分で思想を書いていない。弟子達が聞いた「言葉」の覚書が教典になり、中国語に翻訳され、日本語に翻訳されている。馴染み深い「般若心経」は、釈迦と弟子の会話のようだ。「色即是空」は難しく考えることはない。「認識は無だ。無から全てが生まれる」まるで、ビックバンの世界観だ。

仏教は日本では特異な発展を遂げた。ほとんどの人が仏教徒で、しかも仏教を知ろうとはしない。核家族が進行して、祖先の霊に手を合わせる習慣もだんだん衰退している。私達は偶然この世に出現した訳ではなく、父がいて母がいて祖父と祖母がいて・・・祖先の血を延々と引き継いでいる。その土台に神道がある。普通の家には仏壇と神棚がある。

かつては、この柔軟性が日本人を外国人と分け隔てる、仲間意識や集団生活社会の暗黙の規範だった。今はどうだ、末法の世から千年近く経って、現世利益や葬式のための宗教化している。自分の信じる仏以外を信じるものは異端だ、というならその教派が異端だ。

何か書きたいことからだんだんずれてくる。要するに「カジノ法案には反対だ」。こんな法律を次々と作る政治を許している日本の社会は、足下が見えなくなり右往左往している末法時代と同じだ、とでもまとめたかったのだろう。しかし、末法思想も貴族の思想だ。一般庶民はただ情報の不足に右往左往している。戦争を戦った世代は、こんな日本にしたいとは思っていなかっただろうな。

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by zoofox | 2018-07-21 17:11 | 考えること | Comments(0)