独りの戯言


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カテゴリ:自分のこと( 86 )

診察台の会話

昨日はしばらく通っていた歯医者さんの治療が一段落した。診察して貰って、チェックして貰い、最終工程の歯石の除去を行って貰った。「○○さんは”この年”でこれだけ揃っているのですから、大切にして下さいよ」、歯科衛生士のお嬢さんは色々話しかけてくる。歯の色の話になった。私の歯は少しアイボリーというかベージュがかっている。「この歯、映画俳優さんみたいに白くならないの」と聞く。「真っ白い歯というのは、歯を削って被せる場合があるの」、「大体日本人は骨の色だから、少し色が着いているのね」、(えっ)「年取るとやっぱりね・・・」、(やっぱり何なんだ)。外国人の俳優さんが真っ白い歯をしているのが不思議だったが、整形が当たり前の世界だと、そんなこともしているんだろうな。といい加減なところで納得する。

歯ブラシと磨き方を変えたから、指で触ると「キュッキュッ」と音がする。何度も「これだけ揃っているのだから・・・」と言われると、「今すぐ抜いてくれ」とも言いにくい。先生にじっくり診て貰ったが、「抜くか抜かないか」は私の判断になった。我慢できない程痛くなったら「抜く」という選択があるが、一度抜いたら生えてこない。宙ぶらりんで判断保留というのは私のもっとも嫌う選択だが、「抜かない方がいいですよ」と言われると、(それもそうだ)と思う。同居人に確かめると他の人の歯は時々抜いているらしい。

最後に来月の予約をして、「様子見」で行くことにした。一種の爆弾を抱える訳だが、すぐ近くの歯医者だ。痛くなれば割り込みも出来る。たまには白黒付けない選択もあるのかな。

by zoofox | 2019-01-24 06:05 | 自分のこと | Comments(0)

朝起きると

朝起きると左を下にしていることがある。私は普段は仰向きか右を下にして就寝する。(おかしいな)とは思っていた。寝返りは記憶しているものとしていないものがある。これは記憶していないものだ。無意識の行動は自分でも説明できない。思い当たることはある。初めて全身麻酔で手術されるとき、担当の若いA医師は、「○○さんは右の鼻の方が真っすぐですから、今度手術されるときはそう言った方がいいですよ」と半ば冗談に言っていた。何もないときは鼻の穴が真っすぐだろうが曲がっていようが、そんなことは意識しない。ゴムのカテーテルが入りやすいか入り難いかは私の知ったことではない。「今度の手術なんか勘弁してくださいよ」といったのは記憶している。慌ただしい手術の前に、医師が私をリラックスさせようとしたのかもしれない。その後鼻の穴の話はすっかり忘れていた。

部屋の空気が冷たくなると、子供の時から布団にもぐって寝ていた。呼気で温かくなるが目などにはいい影響はないらしい。大人になってからは「鼻毛が凍るような」時でも、顔は表に出していた。ここにきて新しい部屋で初めての冬を迎えた。取り壊す以前の部屋よりは確実に暖かいが何となく慣れない。暖房は消して寝る。シックハウスではないようだが、少し風邪気味だと冷たい空気に鼻が詰まることがある。(これだ)と思い当たった。先に右の鼻が詰まる。左を下にすると詰まりは解消される。

医師が間違えるはずはないのだが、「私の右」と「向かって右」が違ったような気がする。

by zoofox | 2019-01-23 05:52 | 自分のこと | Comments(0)

可哀想は惚れたってこと

昨日は一日中4台のノートパソコンと格闘していました。ハードディスクをSSDに入れ替えて、アクチべーションをしてソフトも入れる・・・そのほかにドライバの設定と、パソコンの内部引っ越しは面倒な仕事です。(そう言えばしょっちゆうこんなことをしていたな)と思い出すが、回りの風景はついてこない。(何かに夢中になるのは、日常の何かを忘れるためだったのか)と思い当たる。ノートパソコンの性能や動きは覚えているが、どこで買ったか、何に使ったかは漠然としている。

手元で作業をしている時は、頭の中は変なことに引っかかる。レッツノートのハードディスクを引っ張り出して、SSDを入れ戻すのに試行錯誤していた、(もう壊してもいい)と思ってしまった。サイズが微妙に違うのだ。頭の中では「可哀想たあ惚れたってことよ」というフレーズがリフレインしている。人でも物でも、この世に生を受けた以上その能力を発揮できずに終わるのは可哀想だ、と思います。稀勢の里のことでも考えていたのかな。

この言葉、小じゃれた言葉です。昔から馴染みがある。青島幸夫や永六輔が言いそうな言葉だな、でも違う。何かの場面でかなり若い時に、聞いたか見たかした言葉だ。昔から知っている言葉なのに思い出せないともどかしい。ふいに袴に角帽の青年の姿が浮かぶ・・・そうだ三四郎だ。同時に「何とか is pity」だったかなとそこまでは思い出した。

色々経験を積んで言葉に自分自身の意味が加わってくると、若い時に読んだ言葉が別の言葉に見える。有島武郎の「愛は惜しみなく奪う」も目にした時は本当の意味が分からなかったが、今なら分かる気がする。

さあ、パソコンももういいかな。私的な感想では、「コア2にSSDで今でも十分通用する」と納得しております。人間だって機械だって「古けりゃ時代遅れ」と思うのは間違いだ。使い方次第で蘇ることもある。

by zoofox | 2019-01-19 06:01 | 自分のこと | Comments(0)

自分が嫌いになる日

何か調子が出ないな、と思うことがある。抽象的というか個人的というか、「個人の感覚」に類する部分で、一番表しにくい部分でもある。腹が痛い、寒気がする、足が痛いというような他人に説明しやすい物事と違って容易に共感を生まない種類の感覚だ。(なんでかな)という原因については二つばかり思い当たる。精神的なものと物理的なものだ。こんなことに関わり合って、少ない残りの人生をグダグダと過ごすのは厭なんだが、何故かそうなる。

私には「好きな私」と「嫌いな私」がある。別に精神が分割されている訳ではない。自分からみていると、(今どちらの私なのか)というのは判別しづらい。後になって(あの時はこうだったな)と気がつく。

昨年暮れから一月の初めにかけて、なんとなく「弱い私がいたな」と気がつく。今でもその余韻があるが、詳しいことはさすがに書けない。理由が言えない弁明というのは難しいな。今の私からすると(あんまり自分を嫌うなよ)と声をかけてやりたい。自分を嫌いすぎると自暴自棄になる。回りが見えなくなる。思考が奥へ奥へと進む傾向がある。若いころなら「集中力」という言葉で簡単に説明がついたが、今は特に集中をしなければならないことも理由もない。適当な言葉がないから「思考」というが、筋道が立っている思考とは違う。自分のことを考えすぎるということかな。

自己愛、自己憐憫・・・そんなもんじゃないな。そんな大層なことじゃない。こんな「非生産的なこと」を考え続けるのが、「私の嫌いな私」の特徴だ。だんだん自分でも面倒になってきた。簡単に言えば副次的なものを含めて「死が怖い」時期に入った。自分の死を考える泥沼は避けて通れない。辛抱してじっと衝動が去るのを待つしかない。考え続ければすぐに消える。


今日は何度目かの歯医者に行って来た。奥歯はレントゲンを撮って「温存療法」だそうだ。「○○さんは歯が丈夫だったんでしょう。急いで抜くことはありません」と言われた。痛みが激しくなければ、様子見が続く。私はせっかちだから「インプラントは出来るの」と最初に尋ねたが、医者はあまり肯定的ではなかった。ここは待合室に時間通りに、きちんとした身なりの高齢者が多い。何となく安心できる歯医者というのがあるんだな。

by zoofox | 2019-01-15 15:47 | 自分のこと | Comments(0)

ハンク・スノー

私は「ハンク・スノー」の音楽が好きだ。同様に「ブラザース・フォー」も好きだ。
好きだと言っても「体感的に」好きなだけで、アメリカが好きなわけではない。カントリー・ミュージックは非常に簡単で、単純なだけに心に残る。カントリー&ウエスタン、西部劇、インデアンの虐殺、差別などは私の中では同じジャンルだ。ついでに何故か「アーミッシュ」の人たちの姿も思い浮かぶ。彼らや歴史について何を知っているのかと問われれば困る。私はアウト・プットとしてのカントリー&エウスタンしか知らない。

西部開拓史というのはアメリカが他国から触って欲しくない歴史ではないのかな、と思う。アメリカの恥部だ。このような歌を歌い、ハーモニカとバンジョーが出てくる。夕方の牧場、仲間内の息抜き。しかし、そこにはよそ者を排除する「差別の冷たい目」も感じる。まあ、日本でいえば昔の宴会ソング、♪一つ出たホイの~ヤサホイのホイ♪と同じようなものじゃないのかな。

日本でも妙に日本語の上手な外人が増え、私たちの土着の文化にも土足で入ってくる。単に聞くのが好きだ、というのは害がないが、ウエスタンスタイルをしてテンガロンハットを被り、下手な英語で歌われたら「そりゃあ違うよ」と白い目を向けるかもしれない。カントリー&ウエスタンは好きだが日本人の入れない垣根をいつも感じる。

by zoofox | 2019-01-15 06:01 | 自分のこと | Comments(0)

人を叱る

昔から年よりの叱り方の特徴として、「一つ叱り始めると次から次へと話が膨らむ」というのがある。人間の記憶はパケットであるようだ、食事をしていれば食事に関することが思い浮かぶ、ある人を叱ると次から次へと普段溜めていた「叱る種」が出てきて収拾が付かなくなる。人というものは、あることで至らずに叱られれば一応は納得する。納得しようとする時に直接関係ない、ひと月前、一年前の関連事項を一緒くたに文句を言われれば、反感だけが育つ。

私は「叱る種」を解放するのが怖くて、人を叱ったことが殆どない。注意はさりげなく行う。改善されなければもう一度行う。それでも改善できなければ(こいつはそういう奴だ)と分類して信用ランクが一段下がる。穏やかで、失敗をしてもストレートに怒らない私のやり方は、叱られる方にとっては気味悪かったかもしれない。失敗したことに怒っても犬じゃあるまいし、自分で自分の失敗は記憶して「次は失敗しない」と普通の人なら考える。そういう反省が芽生えているところを追い打ちしてもいいことはない。

精々「しょうがないなあ、どうするんだよ」と苦笑いしながら、ぼやくのが私の叱責だ。いいこと、よくやったことは即座に誉める。私が声を荒げ机を叩くのは上司に向かってだけだった。(損なことをしたな)とは思わない。そこまで見境がない訳ではない。ここで怒っておかなければ、何度でもこいつらは間違いを続けると感じた時は、即座に態度で表す。要は相手の責任の大きさを無意識に自分の中で忖度していたのだろう。

私自身は叱り下手の叱られ下手だ。会社では上司でも部下でも、能力の差など殆どない。若い方が何時も新しい感性と能力を秘めていると思っている。年をとると思考が固くなる。自分より能力があるかもしれない人を、迂闊には叱れない。自分の自信が砂上の楼閣だというのは自分が一番承知している。自分を棚に上げて他人を責めることは私には出来ない。

ずっと「いい人」だと思われていても、ある一定の年齢になればスカッと怒鳴られる方が薬になることに気がつくだろう。私は私の生活の中に怒鳴ったり怒ったりすることがなかったから、自分が扱われたように他人を扱っただけだ。「叱咤激励」という言葉がある。ある時期に上司から「ちゃんと叱れ」と言われて無理にハッパをかけたことがあるが、私には似合わないとすぐ止めてしまった。大声を出さなくても話せば分かる。話さなくても顔を見れば分かる。そんな集団になると暮らし方が楽になる。

by zoofox | 2019-01-10 04:18 | 自分のこと | Comments(0)

無駄な努力

「テレビジジイ」としては正月はかき入れ時だ。あの番組この映画と録画に余念がない。録画して、番組を切り詰めブーレイディスクに焼く。(テレビ番組をあとでゆっくり見る)ためだ。さすがに今年は(この習慣は無駄だな)と気が付き始めた。DVDの時から映像録画の媒体は、焼き終えて何百枚かある。そんなものを広げてみたのか・・・・焼いて満足して、その後見ない物が多い。

この感覚「老後のために」と似ているな。老後のために慎ましく貯金して、何時か役に立つと思っている。今その時が始まっているのに自覚がない。同居人と少し意見が違うのはこの辺りだなとも気が付く。私は今の家で充分満足している。工事を依頼する時の面倒が、考えただけで面倒なのだ。今更綺麗な家に住みたいとは思わない。慣れ親しんだ今までの環境を変えずに少し更新すればいいと思っている。

焼いたディスクは、題名と日付を書いてある。ただし「索引」がないから、現物で当たるより仕方ない。おまけに今のテレビ番組は「再放送」を何回も行う。映画でも2、3回見れば大体頭に入る。それ以上は必要ないものだった。これが「私の本質」に近い。「本が捨てられない。パソコンが捨てられない。着る物が捨てられない。趣味の収集物・・・・」、みんな同じ所から発している。

人生の余分な物を捨てて綺麗にしたら、きっと私の心が風邪を引くだろうな。

by zoofox | 2019-01-04 06:34 | 自分のこと | Comments(2)

一月二日

食事の後、今朝は暮れにし残した「きんぴらゴボウ」を作っていた。「何もしないよ」と宣言されて、面倒になっていたが、食材は残る。やっぱり正月は正月だ。太い泥ゴボウを太めに切る。後で大変だな、とは思いながら太い方が美味しい。人参、蓮、それぞれ水に通して用意して置いた。妹の所に姪が子供を連れてくるというので、好物の「唐揚げ」を作る。これは出前だ。二度揚げが終わったとに、(きんぴらもだ)と気が付いた。ゴボウを油で炒めている時の時間にいろいろ考えた。

アメリカ文化に引かれる癖にアメリカ人が嫌いだ。(これは戦後教育の後遺症だな)と思うが、ゴボウの味見をする時に、「80才まで○○本の歯を残しましょう」という標語を思い出した。連想で、「アメリカ人は歯が綺麗だ」と言われるのが「嘘」だ、と思いだした。「岩波新書」か「中公新書」で、高校生の頃だろうか、東大の先生が書いた「骨を読む」という本を読んだことがある。

朝鮮戦争で連合軍は一度日本海に追い落とされる。その後反撃するのだが、敗走する時に戦死した兵士を仮埋葬して撤退した。戦況が好転した時期に、遺体を掘り起こして日本で戦死者の遺体をきちんと整理してアメリカに送った。その時の作業を手伝った先生の話だ。幾つか興味深い逸話があるがその中で、「アメリカの若者は総入れ歯が多い」という記述があった。当時のアメリカの生活事情が推測される。「若者の総入れ歯」というのも凄いが、「兵隊」という視点で見ると(それもあるのかな)と思った。

歯磨きや歯を気にする習慣は生活の余裕がないと出来ないだろう。日本の人も歯が悪かった。衛生思想云々より、社会的な習慣だろう。私もこの年まで、ほとんどの歯が残っているというのは吉としなければならないのかな。

さてと、今年は何があるかな。先月の中盤から本当に夢を見なくなった。朝、掛け布団がベッドから落ちそうになっているが、暴れた記憶はない。「初夢」も見られない。

by zoofox | 2019-01-02 09:46 | 自分のこと | Comments(0)

今年の締め

「何もしないで置こう」といいながら、少しずつ正月準備をしている。習慣だからしょうがない。ここ何年も私は餅を食べるのは、正月に数個だけだ。嫌いではないが「餅」は災害食だし、カロリーが高くて消化吸収が良い。何か災害が起こったら便りになる主食だ。餅と干しうどんや蕎麦は、備蓄している。

一応「年取り(31日の夕食)」の準備はしていたが、生うどんとエビ天の差し入れがあり、「年越しうどん」になった。温い風呂にゆっくり入って、寝る準備をしている。もう特別なことはしない。

(いろんなことがあったな)と思う。でも、一年が随分短く感じた。今年を漢字や熟語では表せないが、(何だか日本人がいい加減になったな)という印象はある。背筋の通った、ピンとする話を聞いたことがない。(まあ、いいや)とか(しょうがない)という言葉や合図を至るところで受け取った。個人的には、色々なことに一々目くじらを立てて、文句を言うのはもう止めようと思っている。「交代」という言葉になるかな。突き放して言うと「君たちの好きにすればいいや」ということかな。文句から諦めに大きくシフトしてしまった。

ここに来て戴いた皆様にも、自分にも「来年はいい年になるといいね」と言わせて下さい。

by zoofox | 2018-12-31 21:07 | 自分のこと | Comments(0)

語学学習 2

映画やドラマの中の言葉は現実に話されている言葉に近いと思う。私が習っていた数十年前は、「英語を話す」という所に重点はなかった。「英語を読める、小作文ができる」までが主だった。同時に「文法」になんであんなに時間をかけたのか理解に苦しむ。心に残っているのは、「ケネディの就任演説」だったり、ヘレンケラーが「水という言葉を認識する場面」だったり、どちらかと言えば普段庶民が話す言葉ではなかった。私の記憶の中に残っている単語や表現は、この多少衒学的な格調高い単語であり言い回しだ。もちろん重箱の隅を突くような受験英語など(どこで使われているんだろう)と当時から不思議だった。

今ドラマや映画で使われる「誓う」という概念は、聖書とは無縁な私には(変なの)と聞こえる。英米人はやたらに「誓う(swear)」、「約束する(promise)」という言葉を使う。きっと「Love」と同じで、口に出して言葉を交わさないと担保がないと考えているのだろう。取引という意味の「deal」も頻繁に交わされる。この言葉を言って握手をすると一つの約束が成立したことになる。外国に対して陰険な方法論を得意とする国にしては、国民同士の約束は簡単なものだ。だから、必ず「確かめる=念を押す」習慣が出来たのだろう。口語の「絶対に」という言い方も、「sure」、「absolute」やその変化形が頻繁に出る。小学生や中学生ではあるまいし、私は会話の中でこんな失礼な言い方はしない。

中学や高校のテキストではこんな単語の使い方は習っていない。もちろんそのほかにも短い簡単で見慣れない単語に出会うとそこで思考が止まる。当時の「基本単語」には含まれない物だ。また「熟語」というから身構える、「take」、「put」、「come , go」の使い方を覚えるだけで理解や表現の幅は広がる。「on ,off ,into ,out, up, down, away・・・」などと組み合わせるだけで、違った意味になる・・・手旗信号的に感じる。そんなもんだなと感じるしかない。

「I'm coming 」という「come」の使い方や、同意する時の「Yes No」の使い方は依然として違和感を感じる。結局、「自分(の立場)がどこにいるかを常にはっきりさせておく」という面倒くさい対他人との関係を連想させる。

結局、こと語学においては、習う人の水準は教える人を超えられない。ということかな。

by zoofox | 2018-12-30 13:50 | 自分のこと | Comments(0)