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カテゴリ:若い日( 3 )

小さなまちの片隅で小さな仕事を

このまちが小さいのか大きいのかは分からない(最近「分からない」って言葉が多いな)。ある時から世話をして貰う側から世話をする側に代わる。

私生活でも仕事でも「役割の入れ替わり」というのは結構ある。仕事を後輩に渡すときは、なるべく細かく言わずに準備と結果の考え方を示した。この業務はどうやるか、どことどこにはどんな根回し通しておけばスムーズか、その時どんな事務作業があるのか。一度一緒に私の仕事を見せれば、手帳や頭にメモできる範囲だ。自分の仕事になったら自分の味付けにする。

私にはこの仕事を教えてくれる人はいなかった。自分で作った膨大な試行錯誤の記録と資料がある。必要な「法律」は自分で覚えるしかない。「人の顔や性格」も自分で覚えるしかない。この頃から「私の印象、思い入れは100%絶対伝わらない」と思っていたので、私が苦労した法律の本や解説書は自分で買わせた。私の書き込みや横線だらけの本では予断を与える。それでも何人かが私の仕事を分割して引き継いで、それぞれ専門職に近づいている。この頃は滅多に相談の電話も来ない。

使っていた自分の120GBのバッファローのポータブルHDは持ち帰った。代わりにマル秘と書いた8GBのUSBメモリーを4人に4本渡してきた。同時に言い渡した「名簿は絶対に社内LANに繋がったパソコンや共有サーバーの中に残してはいけない」、「人事情報は担当者以外には隠し通さないといけない」と。少し当てが外れたのは、当然私がしてきたように、私のファイルを基に自分用にカスタマイズして使ってくれると思っていたが、私の作った書式やマクロまでそのままにして使っている。同じ体裁の文章は作って欲しくなかった。特にパワーポイントなどは後から見ると恥ずかしくなる。

今の環境では常時遣いのパソコンにウイルスソフトを入れ、資料はパソコンの中の大きなHDDに放り込んである。パスワードもつけない。データの持ち運びはSDで行う。32GBと64GBのSDがお気に入りだ。カメラに32GBを入れておくと忘れる程使える。パソコンのデータもこのSDを使う。どの機械でも使えるSDは速度の少し遅い「32GB」に限られるようだ。

もう一つは長い間一つの仕事に安住すると、どんどん資料が多くなり、しごとが細かくなる。その見切りは教えたはずだ。煮詰まる前に次の方向を幾つか用意しておかないいけない。「パソコンに向かって仕事をしている(ふり)に満足してしまう」。この事務の仕事は机の上が半分、体を使う部分を半分残しておくべきだと思っていた。

小さな会社だから、もともと二人分の仕事を大きくした。社内の「政策立案」、「庶務」、「経理」、「人事」という「企画・総務」の仕事を数人でやる。一人が二つ以上のカテゴリーに属するように毎年「役割分担表」を作った。そんな資料と何故こんなものを作るかは先の理由だ。毎年同じ仕事を続けると進歩が無くなる。その方が楽だから。手元の仕事に満足してしまう。

「仕事の奥行」は自分で育てなければならない。十年前と同じ仕事をしていたら、仕事も人も腐る。若い人が「先のない仕事」と考えても工夫の余地は必ずある。

ふとまちを歩きながら(こんな小さなまちで、何十年もこんなことをしていたんだな)と感じる。家の中でも人数の減少とともに役割が替わり、爺さんが買い出しに歩いている。(この先どうなるかな)は考えたくない。



by zoofox | 2019-05-12 05:58 | 若い日 | Comments(0)

懐かしい歌

「♪ チータカタッタ チータカタッタ 笛の音が ビルの窓から飛び出して 暗い夜の空を流れていく ボクの姉さんの住んでる遠い国 ♪」、別に気温の変化でおかしくなった訳ではない。夕方から耳について離れない。こんな歌詞だっただろうか。何処かで最近聞いた訳でもない。古い品物を毎日いじっていると、何かのきっかけでスイッチが入る。

浩、この人の歌は兄の世代のヒット曲だ。「ボクは泣いちっち」とか「数え歌」もあった。放送禁止になった「♪ 故郷 捨てたじゃないけれど ♪」で始まる「ネリカンブルース」は、この人の歌ではなかっただろうか。多分私は小学校低学年だと思う。だから詳しいことは知らない。私が学校のみんなの前で歌ったのは、バーブ佐竹の「女心の歌」だったと思う。中学だったか高校だったか。フォークソングの傍ら歌謡曲も歌っていたが、声変わりしてこの低い歌が丁度合う声だった。何よりもコード進行が簡単だったのだろう。

大人になって社会人になった頃、バーやスナックで、「お前に」をよくリクエストされた。カラオケがLPの時代だ。自分ではフォークソング、仲間とは「軽音楽」(私達のバンドのテーマ曲は「鈴掛の道」だった)、お酒の席では歌謡曲と歌い分けていた気がする。今でもフランク永井の「公園の手品師」とか「妻を恋うる歌」はマイナーな曲だからよく歌う。「誰の歌?」と聞かれると「ヘヘヘ」とごまかす。

歌は毎日歌っていないと下手になるし、声が出にくくなる。高齢者のカラオケというのは、案外健康に寄与しているかも知れないな。


※名前と歌詞の一部の間違いを訂正(下線部分)しました。(2018/04/06)

by zoofox | 2018-04-05 21:58 | 若い日 | Comments(0)

面接の頃

最近とは随分違うな、と思うことが沢山ある。私は4年生の秋に学校が推薦してくれた、名古屋の先の繊維メーカーに就職を決めていた。別に何も考えもせず。就職担当者の「これからは中小企業の時代だよ。大企業の下積みより中小企業の幹部の方がいいって」、という言葉に、(そんなもんかな)と深く考えもせず新幹線で面接に行った。大きな工場があり、従業員も沢山いた。とても中小企業には見えなかった。どんな成績でも学生には就職先が沢山あった。3月2日から、二週間あまりの研修があった。最後の日は河原でバーベキューを行い、それぞれの赴任先に別れていった。

自宅に帰り東京営業所に挨拶に行くと入社式まで何もない。長いこと飼っていた犬が車にはねられて、私の腕の中で死んだ。庭の端に穴を掘って墓を作った。祖母と妹は鐘を鳴らしながら、縁側からそれを見ていた。それから一週間今度は祖母が具合が悪くなり入院した。狭い病室での24時間看護で、父と母はまず体調を崩した。ベットの下に私が泊まり込み、朝食が済むと父親と交代した。こんな状態ではとても入社式どころではなかった。私は短く事情を書いて、入社辞退の手紙を送った。でも、もうすぐ4月近い、就職はしたい。当時は上場企業でも新聞に求人広告を出していた。機械メーカーに、履歴書と成績証明書、卒業証明書を送って、一次試験を受けた、さすがに二人採用に100人以上の応募があり、人数の多い大会議室の筆記試験は(こりゃ駄目だな)と思っていた。

二次試験の面接通知が来たのは、祖母が危篤の頃だった。何か予感がしたのだが、祖母が亡くなり、告別式の日の10時が面接時間だった。告別式は11時から自宅で始まる。一応、近いところだし、その後、学校の後輩に迷惑がかかってもいけないので、喪服に近い濃い紺の背広で、断りに出向いた。時計を気にしながら、ポケットには黒い喪章を入れていた。自分では挨拶だけし、タクシーに乗れば斎場には間に合うと、時間の計算をしていた。説明があり、面接は大体15分おきで、私は二人目だった(後から聞いたら一次試験の成績順で、これにはびっくり)。待合室のソファーで前に座った男は、ニコニコと愛想よく話しかけてきた。この男とは同期となり未だに付き合っている。何となく私の様子が変だったのか、「どうかしたの」と聞いてきた。私は、「お断りに来たんですよ」と事情を話した。誰かに話したかったのだろう。

面接で挨拶がすみ、私は「実は・・・」と切り出した。後から知ったのだが専務以下、私の高校の先輩の総務部長も同席していたらしい。「面接までして戴き誠に申し訳ないが、今日は告別式なのでお断りのご挨拶に来ました」、と言うと、面接者の一団がざわついた。一言二言の質問があり、「そういうことなら今日は早く行った方がいい」、という専務の一言で、私は会社の玄関前からタクシーに乗った。

斎場では釜に火が入り、親切な職員が裏側から見せてくれた(これは見るもんじゃない)。通夜・葬式の頃私は何をしていたか、この面接以外余り記憶がない。
香典返しの手配も終わり、家中が静かになった頃、「合格通知」がきた。「国内営業東京営業所に配属する」と書いてある。当時営業所は面接したビルの中にあった。私は断りに行ったのだから当然次の仕事を探すべく、学校の就職課と相談をしようとしていた。

今はきっとこんな悠長な話はないんだろうな、と思う。非情な企業にも情があった時代だ。ふと思い出すことが幾つもある。

by zoofox | 2016-10-05 19:16 | 若い日 | Comments(2)