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深夜の電話

日曜日は統一地方選挙の投票日だ。引き出しの中の携帯電話が緑色の点を点滅している。開けてみると古い知り合いから電話が入っていた。懐かしい名前だが折り返し電話はしない。用事は分かっている。

選挙自体が少なくなったが、共産党と公明党だけは党員の知り合いが期日前には電話してきていた。まず、共産党の人から電話が無くなった。電話する人と私の接点だった「組合活動」から10年以上遠ざかっている。退職したらなおさらだ。相手も退職している。公明党は職場と関係ないからまだ電話が来る。

どちらにしてもお知り合いだから、私の答えは決まっている「分かりました○○さんですね、皆さんも頑張ってください」、昔からこんな調子だ。他の選挙区から私の選挙区の投票を依頼されても大きなお世話だ。自分で考えて自分で決める。(ノルマがあるんだろうな)と漠然と思う。選挙は日常のどぶ板的な顔つなぎが勝負だ。単なる言葉だけの利益誘導では住民は動かない。この時期だけは(大変な仕事だな)と思う。しかし、体が丈夫なら誰にでも務まる仕事らしい。

# by zoofox | 2019-04-20 07:41 | 身の回りのこと | Comments(0)

「です」への違和感

私は気にしすぎなのだろうか。些細なことが気になる。

モデルさんや接客業の女性が自然に立った姿勢の時に、肘を貼り手を自分の前で組む形がある。(これ変だよな)とずっと気にしていた。NHKのアナウンサーも行う、モデルさんにもよく見る、一部の皇族にも見る。日本人は自然に立てば手は両側に垂れる。指先にも神経を通わせて脇につけるか、手を前に伸ばして軽く組めば違和感がない。肘を三角に張っていてはきれいな「お辞儀」ができない。最近はだんだん見かけなくなったが、きっと「お行儀教育」が間違っているんだろうな。

「です」という助動詞は時代を映してきた。名詞につくか形容詞につくか動詞につくか、昔から「業界方言」によく使われたそうだ。どちらにしても言い切って、言葉に一段落を与えるように使われる、自信をもって言われると思わず納得してしまう。これがどう気になるのかというと、はっきり説明できない。テレビでもラジオでも聞く、でも実生活では殆ど耳にしない。言葉を職業にする人には言い切ってもらいたい、この「です」に若干余韻が混ざると(変だな)と感じる。そう思っても私には再現できないから始末が悪い。(あれっ)と思った時にはもう終わっている。語尾の音なのか空白の具合なのか「です」が「でつぅ」のように聞こえる。次に言葉が続くような「保留感」を感じる。関西人の「ネクタイ」の発音に似た感じを受ける。「でつぅ」では固いニュースが締まらない。

まあ、他人様は言わないから、私だけの「妄聴」かな、年取ると感覚もおかしくなるから。この生活の中の「違和感」については、書きたいことが沢山ある。が、「何がどう」と説明しにくいことが多い。

# by zoofox | 2019-04-20 06:06 | 気になること | Comments(0)

課長代理

郵便局のお兄さんが「課長代理」の名刺をもって投資信託の勧誘に来た。30代でも40代でも私から見れば「お兄ちゃん」だ。私の貯金額を打ち出したレポートを持っているらしい。「○○さんは、あれがこれだけ、これがあれだけありますから満期後のご予定はどうなっています?」カチンとは来ないが、(人の財布を気軽に見るな)と思う。地区の特定局でも「4月に定額が満期になりますから・・・」と前に言われた。満期と言っても軽自動車も買えない額だ。いちいち言われなくても気にはしている。少ない財産だから忘れてはいない。でも、正直言うと最近は(お金に魅力を感じない)。

結婚もせず、老後の計画はそれなりに立てていた。病気と大きな不景気は私の「希望」を打ち砕いた。その時点で「お金は何の助けにもならない」ということに薄々気が付いている。あればあったでいい。なくてもそれなりに生きていける。私は色々な意味を混ぜると「限界生活」に突入している。一つ一つの要素を見れば、でっぱり引っ込みはある。去年からの不調は漠然と「そこにゴールがある」ということを伝えてくれる。一年後か五年後か十年後かは分からないが、確実にゴールはある。その時にお金が私の役に立つだろうか。「いい養老院・老健施設」、「いい病院」が「見てくれ」だけで、どんなに金を積もうと「この世には存在しないイメージ」だということにも気が付いている。

そんな爺さん相手に「欲望だらけの投資信託」を売り込むのは大変だ。課長代理は主任か係長か知らないが、「お金は欲しくない」と思っている私にはセールストークが念仏に聞こえる。「それ、株で運用するの?」と聞くと「いえ、今は不動産などが中心になっています」と答える。何処かの会社の仕組債だろうが、「株」や「不動産」は行き先不明の一番危ない運用先だ。(詳しいことは知らされていないんだろうな)と感じる。郵便局は簡易保険と定額貯金で頼りになった。金利のつかない今は「貸金庫」と大差ない。民営化されても「時の政府の大きな財布」であることには変わりない。

(何でこんなに欲が無くなっちゃたんだろう)と思う。お金をもってレボーグを買いに行こうと思った時までは確かに「欲」はあった。(私の転換期はあそこだったな)、と今頃気が付く。自分の体が信じられなければ「長距離運転」や「峠ドライブ」はとてもできない。

# by zoofox | 2019-04-19 06:01 | 身の回りのこと | Comments(0)

小学生唱歌

「唱歌」というと急に戦前に戻る気がする。学校で習ったのだから「童謡」とは少し違うと思う。ふと、(凄い歌詞があったな)と思い出した。きっと日差しが急に暖かくなったからなのかもしれない。

「朝はどこから」という歌があった。「朝はどこからくるかしら あの山越えて村越えて・・・」うろ覚えだが、結論が「それは暖かくて明るい(輝く)家庭から来る」、今はイメージだけが残っている。「〇〇〇児童合唱団」が歌う分にはさらっと聞けるが、男の先生が歌うと何となく「面はゆい」気がした。多分、歌詞に「希望」だとか「家庭」だとか歌詞らしくない言葉が含まれていたからなのだろう。戦前なのか戦後なのか作られた時期は知らないが、(何となく「めだかの学校」と違うな)と小学生は感じていた。

「シャボン玉」も後年の解説で合点がいったが、小学生が歌ってもその「もの悲しさ」は感じ取れた。「誰が風を見たでしょう」という歌は自分の顔の周りを気持ちよい風が吹き抜けるような気がした。これも大人になると歌詞としては(随分科学的だな)と思う。今考えてもこの問いには容易に答えられない。「風は確かにあるのになぜ見えないのか」子供には重い命題だった。地球の自転とか気圧配置とか何とか説明はできるだろうが、「じゃあ誰が風を見たの」と問われたら、風の影響(影)しか証拠がないことに愕然とする。

うっかりいい加減な説明で逃げて、「じゃあ『幸せ』って何」とか「私たちは何のために生まれてきたの」と畳みかけて尋ねられたら、子供の目を見て「それはね」と満足させる答えが出せるか自信がない。子供は人生の哲学的思考の入り口を垣間見て、子供なりに疑問を感じている。私に子供や孫がいたらこの手の質問は「私にも分からない、一緒に考えよう」とでも言うのかな。

# by zoofox | 2019-04-18 06:05 | 考えること | Comments(0)

禿同

昔、インターネットの常時接続がまだ高嶺の花だった頃の話。私はダイヤル回線の接続で「500ボーとか「1500ボー」という接続スピードで時間を気にしながらインターネットに接続していた。「パソコン通信」と呼ばれた時代だ。「チャット」や「ライン」という言葉は当然なかった。同じような機能を「掲示板」と呼ばれるサイバースペースが担っていた。自分の時間の許す時に掲示板に行くと誰かがいて、会話をしたり情報交換をする場所だった。この匿名が透けて見える時代の後、掲示板は大っぴらに悪口や攻撃を交わす場所になって私は離れた。

行儀のいい利用者の間に割り込んできた「アラシ」の人たちの足跡を追っていくと、有名な掲示板に辿り着く。そこで「禿同!」という書き込みが使われていた。「激しく同意」の意味だ。今の時代の「イイネ!」の原型だろう。

今の時代、人様の書いた文章に(その通りだ)と思うことも多い。ほとんどの場合は私は反応せず読むだけに終わる。あるいは控えめに「イイネ!」を送る。ネットやブログに書かれた内容に心を動かされても、積極的に反応しないようになった。そんな付き合いに馴れてきたとも言えるが、ネット上の付き合いの限界も感じているのだろう。だんだん反応表現に「熱さ」が無くなっている。

素直に(この人は私と同じことを考えている。・・・イイネ!)と反応したくても控えてしまう。

夢を売る俳優や歌手が、テレビで病気や介護を報告する。そんな話題は見たくも聞きたくもない。今のテレビはボタン一押しで変えられる。さっさとCSに逃げる。同じようなことを書いておられる人がいた。(禿同!)

# by zoofox | 2019-04-17 06:01 | 考えること | Comments(0)

足音

犬や猫は「遠くから主人の足音を聞き分ける」とか「主人の帰りを待って玄関に出ている」とか言われる。動物の聴覚とか第六感として不思議がられる。(最近足音を聞かないな)と気が付く。子供の頃、私の家の横は駅から会社に通う通勤路だった。家の中から、特徴のある足音は聞き分けていた。(あの人が通るから7時45分だな)という具合に。当時の革靴は踵に「鋲」が打ってあり、踏みしめたり引きずったりすると音や癖で個人の識別ができた。兄や姉が会社から帰るとかなり前から音が聞こえた。「○○ちゃんが帰ってきたよ」というと、祖母や母がびっくりしていた。

何のことはない隙間だらけの木造住宅では、戸外の音は筒抜けに聞こえる。そのほかに「気配」も感じていたのだろう。庭に放し飼いの飼い犬は、私が縁側に出ると目の前で尻尾を振って待っていた。散歩のために自転車を動かすと喜んで傍を離れなかった。(人間が動物に近かったのかな)とも思う。窓は素通しで、半紙を目隠しに貼った。家の中にいながら外側が十分見えていた時代だった。

新しい家ができ気密性の高いサッシが入り、人は孤立(プライバシー)を求めるようになる。過渡期には下半分がすりガラスで上は素通しというガラスが玄関に使われた。私の家は家の中から東西が見通せた。台所に小さな窓があって。駅に向かい学校に向かう一本道が見通せた。きっとそこから母は私たちの背中を見送っていたのだろう。

舗装が行き渡り家は壁で囲まれ、だんだん足音は気にしなくなった。「他人に煩わされたくない、他人と関りを持ちたくない」という風潮に日本人が変わったと言うべきだろうか。たまには「コツコツ」という足音も聞いてみたい。私も革靴を止めて何十年にもなる。「背広にスニーカー」が違和感が無くなった。時代は変わるんだな。

# by zoofox | 2019-04-16 09:19 | 考えること | Comments(0)

暫定球

ラジオで聞いてWEBで確認した。テレビは食事をしながら見ていた。まだ、タイガー・ウッズのことだ。雨天予想のため早く始めて早く終わったらしい。タイガーの赤いシャツは久しぶりで見た。

40歳を超えた頃だ。「止まっている玉を打つんだから、野球より易しいよ」と、人数合わせの甘言に乗せられてゴルフを始めた。「頭脳はパソコン、運動はゴルフ」で老後まで行こう、と何となく始めた。若いころはともかく腕力は強かったから兄の練習のお供をして練習場で打った時に、容易にネットに届いた。ただ、「回転が強くて曲がる」ことには気が付かなかった。体の力が無くなってだんだん力が抜けると、真っすぐに飛ぶようになった。「力いっぱい振ると曲がる」ことに気が付いたのはしばらくしてからだ。

そんな時に「暫定球」という言葉を聞いた。OBならともかくボールが行方不明になることがある。キャディさんがいなかったり混んでいたりすると、ボールが見つかるまでとりあえずもう一球打って、そのボールでゲームを続ける。ボールは大体見つかるが見つからないこともある。ゲームを途切らせないためのルールだ。私は随分ボールを無くした。

大きな手術の後、河川敷コースに何度か行った。何となく面倒で縁が切れてしまった。ゴルフはスポーツではなく「他人との付き合い」の一手段だと思う。スポーツと取る人、合間のビールが上手いと感じる人、付き合いのために好きでもないのに付き合う人。色々な動機がある。荷物を移動したときに最後のクラブセットを残して全部捨ててしまった。少し柔らか目のカーボンシャフトだけが残っている。

今になると、(ゴルフ行きたいな)と思うことがある。天気のいい日は暑い。冬の風は寒い。動けば暑くなる。気持ちよくプレーできる時期は意外と短い、今がその時期だ。天候との闘いという面は大きい。一緒にゴルフをした先輩後輩がずいぶん減った。仲間内では60歳を超えるとハンデを差し上げていたが、今考えるとそんな心遣いはいらなかったなと思う。

私の人生は「暫定球」のまま過ぎているように思えるな。

# by zoofox | 2019-04-15 10:11 | 考えること | Comments(0)

久しぶりに

オーガスタで「タイガー・ウッズ」が久しぶりに優勝した。この特別なコースで13アンダーというのはやっぱり凄いことなんだろうな。2000年代の後半から10年以上色々なことがあって、(もうゴルフには戻れないんだろうな)と思われている中での復帰は嬉しい。「お前の時代は終わった」と言われてもそれを10数年ぶりに跳ね返す実力は眩しい。でもこの人はまだ若いんだな、デビューが若かったから。

久しぶりにと言えばこの国の首相が福島原発を訪れた。「復興」とか「被災者と寄り添う」と言いながら5年ぶりとのこと。その間に外国には何回行った?何か「手仕舞い」に入っているような気もする。五輪から「復興」の文字が消えて久しいが、大臣の更迭から思い出したように「復興」という言葉が使われる。

若い時から「継続は力なり」とか「不断の努力」という言葉を(面倒くさい言葉だな)と思っていたが、私もそれなりに評価して心に置いていた。コツコツとした努力は”一発芸”より目立たないが、大切なことなんだな。



# by zoofox | 2019-04-15 05:31 | テレビとラジオ | Comments(0)

色々あって

昨年秋からいろいろあって、すっかり「テレビ爺」が板についてしまった。先日は生まれて初めて「24時間心電図」で検査をした。何がどうとはここには書けないが、(そろそろ年貢の納め時かな)と自分では感じるところもあった。旅行や車、ちょっとした写真撮りまで面倒になった。「高齢者の閉じこもり」が話題になっている。よく見たらここで言う「高齢者」とは65歳までだった。それ以上は「閉じこもりも珍しくない」ということかな。

病院で幾つか検査をしてもらったが、結局何も出ない。原因がわからず症状だけがある、というのは精神的によくない。一昨日、携帯電話に友人の名前が出ていた。携帯電話は机の上に置きっぱなしだ。電話をしてみると「お酒を飲みにも来ないから、心配していた」とのこと。まあ、友達とはいいものだな。私の声を聞いてから、「最近友達に亡くなる奴が多くて・・」と言い出した。定例の飲み会では、会社の同期だから、先輩後輩の噂話から始まって、子供・孫自慢、お金の心配、最後は不健康自慢と話題は出尽くしている。私は自分から出す話題は少ないからもっぱら聞き役で、お酒を飲んでいた。「割り勘じゃ合わない」とよく言われた。そんな飲み会をずっと欠席していたから心配してくれた。

「酒飲まなくていいから、食事会にしよう」とも言う。糖分制限で減食・減量している私にはうれしい話ではない。もう多分、気持ちよく酔っぱらうことはないだろう。「お酒か命か」という選択ならやっぱり「命」になるだろうな。

まあ、もう少し暖かくなってから、自分の体にも結論を出そう。

# by zoofox | 2019-04-14 09:45 | 自分のこと | Comments(0)

小さな春

小さな庭には小さな春がある。今日は暖かくなるといいな。
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八重桜が咲いた。
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昨年は「セミが鳴かない」とセミに文句を言っていたが、こんなところでひっそりと大人になったセミがいたらしい。
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お約束の「もみじ」が紅い葉を出した。春本番にはまだ時間があるようだ。



# by zoofox | 2019-04-13 10:05 | 身の回りのこと | Comments(0)

アセチレンランプ

私の記憶はみな映像として残っている。この記憶はカーバイトの匂いを伴っていた。昭和30年以前だと思う。多分父親が会社から持ってきたのだろう。庭先で「明るいだろう」とアセチレンランプに火を点けたのを覚えている。物心ついたときには家には電気が引かれ裸電球があった。電気は度々停電したし、ヒューズが焼き切れた。鉛の安全なヒューズがない時は、荷札の細い針金で代用していた。これが原因で火事があったり感電事故があったらしい。ブレーカーが普及するのかなり後になる。アセチレンランプの明るさは電球の明るさの何倍もあった。幼児の時の記憶は夏が多い。真っ暗闇を懐中電灯で照らしながら歩いた。行き先は神社の境内の「縁日」だ。縁日は毎月「5の日」とか「9の日」とか地区で違うが、月に二、三回開かれていた。縁日の屋台はアセチレンランプが焚かれ、カーバイトのケミカル臭が漂っていた。その異空間の明るさが心に残っている。

アセチレンランプの記憶は縁日の記憶につながる。夏の子供は浴衣を着ていた。浴衣と三尺の感触も覚えている。身の回りからすっかりアセチレンランプが消えてから、ずっと大人になった時「亀戸駅前」の縁日の屋台でアセチレンランプを見かけ(懐かしいな)と思った。多分この時はもう働いていて仕事帰りのはずだ。

何時も見ているテレビでアメリカの骨董屋さんの番組がある。ガラクタの中に私の記憶のポータブル型のものとは違う、街燈に使ったという大きなアセチレンランプがあった。何時頃のものかは知らないが、「ガス灯」以外に「アセチレン灯」があったとは知らなかった。言葉に反応して記憶がよみがえる。当時遊んでいた友達や場所の思い出もある。DVDの早送りのように感じる。こんな記憶どこに残っていたのだろう。

# by zoofox | 2019-04-13 05:38 | 子供時代 | Comments(0)

邯鄲の夢

考える時間が沢山出来て、時々(俺の人生は何だったんだろうな)という類のことも考える。別に反省や後悔はない。分岐点の都度、自分で考えて結論を出してきた。それが今に至る。

利益だけが目的のメーカーの仕事をドロップアウトして、「利益」とは関係のない仕事に就いた。自分の仕事人生の四分の三はそちらになる。説明しても世の中の殆どの方々には理解し辛い仕事内容だ。今だったら「NPO」のようなものに分類されるんだろうな。当時は(何とおせっかいな仕事なんだろう)と考えていた。給料は安いし、時間は不規則だし、仕事は自分で作ってプレゼンしてお金を集める必要がある。何もなくてやりがいだけがあった。会社はまだあるのだから詳しいことは書けない。

バブルの頃、自分はバブルとは関係なしにバブルに浮かれる人々を身近で見ていた。一般の庶民まで「高金利」と「右肩上がりの発展」を宗教のように信じ切っていた。頼まれてお手伝いをしたこともある。当時のお金の計算ではかなり無理をしても、収支は成り立ってしまう不思議な時代だった。

あの時代は何だったんだろう、と思うことがある。低(マイナス)金利、すべてが右肩下がりの環境、経済大国だった夢の食いつぶし、国粋主義への傾斜。あの時代はすべて今とは反対だった。別に懐かしんではいない。バブルの渦の真ん中にいる時は(何かおかしいよな)と絶えず思っていた。その後に大きな地震が数回あり、日本は落ち着いた国になった。今は落ち着きすぎて不安がある。滅茶苦茶な「忖度政治」がまかり通り、税金や会社の私物化が問題になる。タンス預金が何十兆円もあり、それを吐き出させるために新札だという説も出てきた。

何か自分はずっと夢の中に生きているような気がするんだ。

# by zoofox | 2019-04-12 09:42 | 考えること | Comments(0)

新札発表

20年ぶりにお札が更新されるというニュースがあった。ずいぶん昔に、聖徳太子が消えてから「なんか日本のお札もおもちゃっぽいな」という印象が続く。だんだん外国のお札っぽくなっていく。ユーロのお札など「ままごとのお金」、や「遊園地の入場券」にも見えなくはない。偽造防止と耐久性を求めるとこんな形になるのだろう。流通してようやく違和感が無くなるころに新しいものになる。大臣は偽造防止を一番の更新理由に挙げている。馴染みのある「横書き漢数字」による表記がとうとう消えた。理由が笑った「外国人が使いやすいように」、この人何を考えているんだろう。「お金」はその国の人が使うものだ。外国人のインバウンドを目的に自国の紙幣デザインを変更する感覚は理解できない。

あの隷書体(何という書体かな知らない)のような「壱万円(万も萬の方がいいのにな)」の表記がお札らしさを支えていたのに、「10000」ではどこの国のお札か分からなくなる。日本語の漢字は部外者には「一種の暗号」のままでいいと思うのだけれどな。外国人にとって「会話」は何とかなっても、幼いころからの積み重ねの「かな漢字交じり表現」は難しいらしい。必要になれば外国人は勉強する。中国語がいい例だ。ここまで外国におもねる必要はない。些細なお金のこと怒っているのではない。一事が万事、一番大切な「国民の生活」が政治家の頭にないらしいというの気が付くことは悲しいことだ。お札の変更で大きな内需が動くんだろうな。

キャッシュレスの社会はどうなったのかな。

# by zoofox | 2019-04-11 05:42 | 気になること | Comments(0)

フレットのない楽器

朝起きる前に寝床の中でラジオを聞くようになった。私は長年「目が覚める即起きる」という生活だったので、随分久しぶりの習慣が戻ってきた。(時間を無駄にする)という感覚もいいものかも知れない。

時報の後で、機能性食品のCMともつかぬ話になったので、ダイヤルを回すと、「ピアノ」で歌謡曲からクラシックまで”サラサラ”と弾いてくれる番組があった。その後は30分ほど「長唄」が続く。そしてもう一つ音楽の番組だ。NHKは確かに近年おかしくなった。特に国内ニュースは素人の私が聞いていても(これ変だよな)と思うことが随所にある。さすがに昔ながらの音楽番組にはまだ色がついていない。長唄の楽器は「三味線」と「人間の声」だ。この三味線の音の豊かなことにはっとする。勿論、幾種類かの三味線を使っているのだろう。太棹の野太さが消されて繊細な音に聞こえる。数台の合奏だ。(これ、音合わせは大変だろうな)と思う。三味線のお師匠さんのようにバチを咥えて、キュッ、キュッと演奏途中で弦を巻くとは思えない。弦楽器の調音は音叉や笛で行っていたが、毎日楽器をいじっていると弦ごとに絶対音感ができる。一本が決まれば「音の唸り」が教えてくれる。(フレットのない楽器は大変だろうな)と思う。三味線にしろバイオリンにしろ「指の感覚で音を掴むんだろうな」と思う。これは練習が必要なわけだ、と変なところで納得する。

ピアノが自由に弾けたらいいな、と未だに思う。身近にキーボードが置いてあった時代もある。しかし「ピアノ」の音には叶わない。ピアノも鍵盤楽器とはいえ元は弦楽器だ、弦をハンマーで叩く。どの楽器でも「言葉を話すように」、「歌うように」弾きこなせるのが入り口なんだろうな。他人と合わせるのはもっと難しい。いきなり飛躍だが、「人生もフレットのない楽器と似ている」かな。

# by zoofox | 2019-04-10 06:15 | 考えること | Comments(0)

八重桜

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桜が終わるころ玄関前の八重桜が葉を出します。三日ほど前から一つ二つ花が咲きだしました。「開花宣言」はもう少し後かな。伐っても伐っても歩道に伸びていた木が最近は大人しくなりました。桜も年取ったのかな。

# by zoofox | 2019-04-09 07:33 | 身の回りのこと | Comments(0)

花火

布団の中でぐずぐずとしながらラジオを点けた。ダイヤルはFM-TBSに固定して、ぜんまい式のタイマーでオンオフを調整する。(これがやりたかったんだよなー)と自分の隠れていた欲望にやっと気が付いた。ラジオのニュースは丁寧だ。アナウンサーに余計な感情がない。昨夜は10時に目を閉じた。やはり6時間以上は寝たい。

「爆発物を作った高校生が送検された」というニュースがある。何日か前からのニュースで大学生が丁寧に教えていたらしい。ちょっと前まではこうした事件事故のニュースに、(何やってんだ)とか(馬鹿なこと)と即座に答えを出して、自分なりに分類していた。しかし、最近は(これは一体いことなのか悪いことなのか)と自分なりに判断するまで時間がかかる。時間をかけないと情報が限られている場合が多すぎる。

私が中学生の頃にも「ロケット遊び」が流行った。当時はまだ空き地や原っぱが沢山あった。花火もいろいろな種類が安く売られて、夏の夕暮れに道を歩くと、あちらこちらの庭先で、道路で「線香花火」のオレンジや手持ち花火のキラキラが見えた。それだけ夜が暗かったのだろう、花火をほぐして、アルミの長めの鉛筆キャップやボルトにふさがれた細い鉄パイプに詰めて、火を点ける。私は「BB弾(紙巻の音のする花火)」を10本ずつ買ってきて、マッチで擦って投げる遊びが好きだった。

ロケット遊びで爆発して大けがをした子供がいた。それで収まったかというとそうでもない。子供は「知りたい」、「やりたい」という興味と欲望の塊だ。注意喚起が反対に(そう作るのか)という情報提供になる。何人もが怪我をした。

ふと、そんなことを思い出す。(取り締まるだけじゃ難しいな)と感じる。専門の先生が実験をさせて「何が危険で反社会的なのか」を身をもって教えないと、同様の事件は起きるだろうな。興味を持った子供にはある程度の結論を与えてやらないと、子供は次に進めないと思う。

それをどんなシステムで行うかは、難しいことだな。

# by zoofox | 2019-04-09 05:54 | 子供時代 | Comments(0)

大阪都構想

大阪維新の会の人が府知事と市長に入れ替わり当選したらしい。「都構想」が住民投票で否決されて、(また性懲りもなく)と感じる。(なにか英国に似ているな)と感じてしまう。沖縄のような”圧倒的多数”の住民投票でも政府は認めない。今後も「惜しい」という僅差の場合は延々と住民投票をするんだろうか。

私は政党を批判するほど知識はないが、任期を残して辞任して、入れ替わりで立候補、当選というのやり方は(あざといな)と感じる。ドラマの世界ならともかく現実では「Extraordinary」だなと感じる。「とんでもない」や「尋常ではない」だと、非難の意味が強すぎる。そうかといって公費の無駄遣いは「素晴らしい」とも言えない。個人的には「維新」という言葉自体に抵抗があるが、地元の人が押すんだから他から文句は言わない。

大阪を都にして市の今の行政区を4つか5つの特別区にしたいらしい。将来的には「市長職」というのはなくなって「都知事」に集約されるんだろうな。地方の新しい動きというのは方向としては間違っていないと思う。

大阪が「都」になって、京都市から「市」が取れて、東京は「古都」と呼ばれるようになったら本物だな。・・この件に関しては自分の立ち位置が良く分からないのだ。

# by zoofox | 2019-04-08 06:09 | ニュース | Comments(0)

人手は足りないらしい

やっと起きだして腰が痛い昨日、随分前に声をかけていた大工さんが見えた。一昨年から家の改修を行い(何で最近の大工はこんなに段取りが悪いんだ)と散々腹を立てていた。今度の大工さんは私の家の電気製品を全部お願いしている社長の紹介で、それでも半年かかった。途中で、さる大手のエネルギー産業のリフォーム部門に見積もりを頼んだが、これは高すぎた。素人には無理な話だ。

最初に凝りているから、工期や手順の話になった。結局何か所もいじる場合では最初に一通り計画を立てて、見積もり、工期等も決め込んでいけば大きくずれることはないらしい。「何しろ人手が足りなくて・・・」と社長さんは嘆く。「東日本やオリンピックや消費税のため?」と問うと、どうも巷の大工さんではそんな大きなプロジェクトの影響より「力仕事をする人がいないんですよ」と絶対的に人が足りないらしい。(そうか)私は勘違いしていた。大きな稼ぎどころがあるから「建設業」という括りの人々がみんなそちらに回っているのかと思っていたら、高齢化と処遇などで建設業に従事する人自体が減っているようだ。

その割には「壁を安く塗ります」とか「水回りをお任せください」という類のチラシは沢山入る。「やっつけ仕事」には手は出せない。何処かに人が集まっているのではなく、従事者が少なくなったのでは打つ手がない。でも変な世の中だな。大工さんがいなくなるなんて。家などいじらなくても生活はできるんだけれどな。

# by zoofox | 2019-04-07 14:11 | 身の回りのこと | Comments(0)

SFの系譜

何かを見つけて文句言うにも、「旬の期間」がだんだん短くなっている気がする。韓国の悪口を言うにも、モリカケ問題を頬かむりして知らん顔をしながらすり抜けようとしている人にも、結局中国の古い書籍に縁があった万葉集の漢文由来の元号にも、会社の金は自分の金だと堂々と遣った人にも、(このやろーに文句を言わなくちゃ)と文章を考えている間に当の事件はすっかり下火になっている。下火と言っても最近の特徴は「何も解決していない」ことだ。「旬の期間が短くて何も解決できない」ってこれ一種の私たちの住む社会の限界現象に見える。民間の活動にはこんな動きと正反対にじわじわとした世界的広がりを見せることもある。

世界的な流行には何か元になるものがある。「SF」=サイエンス・フイクションは日本の発明ではないが、日本発でずっと世界に文化的な影響を与えている。アシモフのロボット三原則をありがたがっていた時代が過ぎて、日本での初めは「手塚治虫」だと思う。手塚治虫はSFの作家ではないが、彼の作品の中には今発表される着想の殆どのものがヒントとして組み込まれている。「ロボット」、「クローン」「Ai」、「ドローン戦争」、「男女の性」、「スーパー医学」、「時間移動」、「輪廻転生」まで、あの時期の着想としては群を抜いている。その影響を受けつつ、日本にはたくさんのSF作家が生まれた。「時間」、「超能力」、「薬にる支配」、「新しい世界への憂慮」、「ロボットと人間の関係」等々、昭和40年代までには今のハリウッド映画のプロットはあらかた出尽くしている。欧米の「スペースオペラ」とは一線を画すものだ。

今、「あきら」と「攻殻機動隊」を時々見ている。「マトリックス」が大ヒットした時に、(これ似たようなもの見たことがあるな)と感じたのは攻殻機動隊を見ていたからだろう。「バイオ・ハザード」の女性ヒロイン(ミラ・ジョボビッチ)が活躍する作品も何故か似ている。CG効果が当たり前になって、アニメやマンガでしか描けなかった世界が、映画に出来る。その意味でこのアニメの影響は凄いなと感じる。日本が外国文化に汚染されているように、日本文化もアニメや日本食という形でじわじわと世界に広まっている。結局、文化が違ってもいいものは形を変えて残る。これが本当のグローバルなんだろうな。日本は加工貿易の国とずっと言われてきたが、加工も行き着くとろろまで行くと「創造」に変わる。

手塚治虫は「アニメ作家」と自称していなかったが、膨大なSFマンガをものしている。平井和正の頃からSFとアニメは切り離せなくなった。後のアニメブームとゲームの大発展にも日本がキーになっている。漫画版は知らないが実写版の「進撃の巨人」をみた。「原爆」、「ゲットー」、「警察国家」、「思想統制」私たちの追い込まれている社会を比喩している。

こうなると手塚治虫が「ジャングル大帝」がパクられても「俺のだ」と声高に言わなかった理由も分かる気がする。誰もが知っているならそれでいい。「お金より文化が大切」だったんだろうな。本来日本人は外国人に理解できないおおらしさがあるようだ。せっかくグローバルの手本があるのに、アニメ好きの大臣はあんまり読んでいないんだろうな。

# by zoofox | 2019-04-07 06:15 | 考えること | Comments(0)

熱の間に

まだ、体の芯に熱が残っている気がします。一日半ぶっ倒れていました。この間に結構夢を見ました。毎日寝不足なので、取り返したかと思っていましたがそうでもないみたい。熱に浮かされた夢の話で失礼。覚えている限りでは、50年も前に車にはねられてしまった飼い犬の「トニー」が出てきました。(ああ、いい飼い主じゃなかったな、ごめん)と言いながら遊びました。また、麻雀をしているのですが、(牌の模様は何とかならないかな)と色々な動物を当てはめて牌にしましたが、どうも数が良く分からない。もう一つは(車を買おう)とスバルのBRZを買って乗りました。座席が低くて視界が悪いのですが、(これだよ、これじゃなくちゃ)と一人で悦に入っていました。

何か自分の体が(悲観的なことや楽しくないことを考えちゃだめだよ)と言っているような気がします。同時に「今足りないものはこれだよ」と教えてくれているようなところもありました。これ、潜在意識なのかな。


# by zoofox | 2019-04-06 08:18 | 自分のこと | Comments(0)