独りの戯言


by zoofox

プロフィールを見る
画像一覧

カテゴリ

全体
気になること
政治
車の話
テレビの話
身の回りのこと
戦争
子供時代
思い出
若い日
カメラと写真
言葉
自分のこと
考えること
ニュース
未分類

以前の記事

2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月

お気に入りブログ

生きる。撮る。

最新のコメント

> hanasdiary..
by zoofox at 10:38
> hanasdiary..
by zoofox at 10:37
鏡を置いたらどうでしょう..
by hanasdiary at 09:05
> memmonさん ..
by zoofox at 14:42
おはようございます。 ..
by memmon at 09:31
> hanasdiary..
by zoofox at 08:28
いつもありがとうございま..
by hanasdiary at 05:01
人生は泡沫の夢だと気が付..
by zoofox at 15:23
かんたんのゆめ、いいです..
by memmon at 09:41
> memmonさん ..
by zoofox at 23:55

メモ帳

最新のトラックバック

venuscozy.com
from venuscozy.com
http://while..
from http://whileli..
http://while..
from http://whileli..
http://www.v..
from http://www.val..

ライフログ

検索

その他のジャンル

ブログパーツ

最新の記事

今日の夕飯
at 2018-07-22 23:14
何気ない写真 2
at 2018-07-22 06:26
末法思想
at 2018-07-21 17:11
何気ない写真
at 2018-07-20 05:45
茹でガエル 2
at 2018-07-19 11:11
深夜の工事
at 2018-07-19 09:03
オリンピック開催できるのかな
at 2018-07-18 17:15
ジムニー
at 2018-07-18 10:43
今年もセミが鳴かない
at 2018-07-17 09:41
ニコマートEL
at 2018-07-16 22:16
踊らされていたのかな
at 2018-07-16 16:35
真夏の工事
at 2018-07-16 10:27
茹で上がった蛙
at 2018-07-16 00:39
若い人からのお誘い
at 2018-07-14 06:40
人一人の命
at 2018-07-13 09:26
まち
at 2018-07-12 21:45
何か世界中がおかしくなった
at 2018-07-12 09:20
下町の夏
at 2018-07-11 20:31
カレイの煮物
at 2018-07-11 06:26
写真中の人
at 2018-07-10 22:11

外部リンク

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

シニアライフ
カメラ

画像一覧

2018年 01月 24日 ( 2 )

藤真理子さん

徹子の部屋は丁度昼ごはんの時間になる。同居人は映画を見に行っている。藤真理子さんしばらく見ないと思ったら、お母さんの介護をしていたそうだ。この手の話はよしてくれと言いたくなる。その度に私は自分の経験を思い出す。今日は同居人がいないので遠慮なく泣ける。どの介護者も同じような罪悪感を抱いている。「もう少し優しくできれば」、「私が頑張ればもっと生きられたのに」、誰の話を聞いても同じだ。

唐突にサトウハチローさんを思い出す。この人は自分が爺さんになっても、「お母さん」への思いを大切にしていた。当時私はそんな話を聞くたびに、(しょうがねえマザコンだな、いい年をして)と冷たい目で見ていた。しかし、とんでもない思い違いだった。亡くなった人はそこから何時までも年を取らない。見送った人は、見送った時の心のまま自分の年を重ねていく。子供にとって例え親の年を越えても、「親は親」なのだ。

荷物の間から仏壇を見る。父と祖母と母が、亡くなる前の若い姿でそこにいる。こればっかりは、忘れることができない記憶だ。

[PR]
by zoofox | 2018-01-24 13:11 | Comments(0)

尺度とスパンと価値観

気がつくと私はこんな言葉をよく使っている。話をするときはあまり使わない言葉だ。みんなものを「比較」するとき、あるいは比較の基準に関するものだ。今は普通の言葉になっているが、元々は数学用語だったり、建築用語だったり哲学用語だったりする。私は自分の意見に絶対の自信を持っていたことなどない。(これは、私の中の意見なんですよ)という意味が込められている。私は人間が同じものを見て同じ感覚で同じ考えをするとは到底思っていない。何時も自分の視点でしか見えない。

自分の目で見てそれを頭の中で再構成して、自分の意見として発表する人達を「凄いなあ」と思う。私は都会の片隅の小さな家の小さな部屋で、外界に向けて開いた小さな窓から差し込む情報を手がかりにして考えている。背後にあるのは60数年の実体験と記憶だ。人はみんなそこが違うから、それぞれの「視点」や「意見」が生まれてくる。明らかに洗脳(他人の考えに乗っ取られている)されているな、と感じる以外は他人の意見は素直に聞いてみるし、自分の心にも問うてみる。

何でこんな話になったか、ここ数日、訪問者が異様に多い。読まれているのはある古い特定の記事だ。自分でも読み返してみる。そのときはそう感じて書いた。自分の経験に照らし合わせて「間違っていない」と思う。もう一度読んでも変わりはない。
私の観察の目が多くの人と少し違ってるから、他にない意見になる。(その部分が珍しいのかな)と思っている。いずれにしても短期間の話だ、すぐ終わる。慣れていないから大量訪問には戸惑う。

私としては最近この種の曖昧な表現が多い。あまりにストレートな憶測表現に囲まれていると、これも一種の自己防衛なのだろう。オリンピックもシリアの化学兵器使用も、内閣の「約束」に対する態度も、興味あることは沢山あるけど、聖徳太子じゃないからそんなに沢山考えられない。

今日は寒いが、いい太陽が出ている。写真には丁度いいが、花たちはまだ準備中だ。私も”入院”の準備をしよう。

[PR]
by zoofox | 2018-01-24 09:21 | Comments(2)