独りの戯言


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2018年 01月 24日 ( 2 )

藤真理子さん

徹子の部屋は丁度昼ごはんの時間になる。同居人は映画を見に行っている。藤真理子さんしばらく見ないと思ったら、お母さんの介護をしていたそうだ。この手の話はよしてくれと言いたくなる。その度に私は自分の経験を思い出す。今日は同居人がいないので遠慮なく泣ける。どの介護者も同じような罪悪感を抱いている。「もう少し優しくできれば」、「私が頑張ればもっと生きられたのに」、誰の話を聞いても同じだ。

唐突にサトウハチローさんを思い出す。この人は自分が爺さんになっても、「お母さん」への思いを大切にしていた。当時私はそんな話を聞くたびに、(しょうがねえマザコンだな、いい年をして)と冷たい目で見ていた。しかし、とんでもない思い違いだった。亡くなった人はそこから何時までも年を取らない。見送った人は、見送った時の心のまま自分の年を重ねていく。子供にとって例え親の年を越えても、「親は親」なのだ。

荷物の間から仏壇を見る。父と祖母と母が、亡くなる前の若い姿でそこにいる。こればっかりは、忘れることができない記憶だ。

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by zoofox | 2018-01-24 13:11 | Comments(0)

尺度とスパンと価値観

気がつくと私はこんな言葉をよく使っている。話をするときはあまり使わない言葉だ。みんなものを「比較」するとき、あるいは比較の基準に関するものだ。今は普通の言葉になっているが、元々は数学用語だったり、建築用語だったり哲学用語だったりする。私は自分の意見に絶対の自信を持っていたことなどない。(これは、私の中の意見なんですよ)という意味が込められている。私は人間が同じものを見て同じ感覚で同じ考えをするとは到底思っていない。何時も自分の視点でしか見えない。

自分の目で見てそれを頭の中で再構成して、自分の意見として発表する人達を「凄いなあ」と思う。私は都会の片隅の小さな家の小さな部屋で、外界に向けて開いた小さな窓から差し込む情報を手がかりにして考えている。背後にあるのは60数年の実体験と記憶だ。人はみんなそこが違うから、それぞれの「視点」や「意見」が生まれてくる。明らかに洗脳(他人の考えに乗っ取られている)されているな、と感じる以外は他人の意見は素直に聞いてみるし、自分の心にも問うてみる。

何でこんな話になったか、ここ数日、訪問者が異様に多い。読まれているのはある古い特定の記事だ。自分でも読み返してみる。そのときはそう感じて書いた。自分の経験に照らし合わせて「間違っていない」と思う。もう一度読んでも変わりはない。
私の観察の目が多くの人と少し違ってるから、他にない意見になる。(その部分が珍しいのかな)と思っている。いずれにしても短期間の話だ、すぐ終わる。慣れていないから大量訪問には戸惑う。

私としては最近この種の曖昧な表現が多い。あまりにストレートな憶測表現に囲まれていると、これも一種の自己防衛なのだろう。オリンピックもシリアの化学兵器使用も、内閣の「約束」に対する態度も、興味あることは沢山あるけど、聖徳太子じゃないからそんなに沢山考えられない。

今日は寒いが、いい太陽が出ている。写真には丁度いいが、花たちはまだ準備中だ。私も”入院”の準備をしよう。

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by zoofox | 2018-01-24 09:21 | Comments(2)