独りの戯言


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残された習慣

父と母と祖母が存命に頃は、我が家は子育ての真っ最中で経済的な余裕もなかった。「お歳暮」は限られた人とだけやりとりしていたように思う。東京にも魚屋とは別に「貝屋さん」という店があって、ハマグリ、あさり、シジミと泥鰌を商っていた。木箱に一つおがくずを詰めてハマグリを、父と一緒に亀戸の駅まで汽車便で出しに行った事を覚えている。母の里には家族中で疎開してお世話になった名残だったのだろう。後は郷里から出てきて近所で開業していた内科医の先生。家の子供は全部世話になったが、金を払っていたのかいなかったのか私は知らない。一年お世話になったお礼だった。

何か戴いてもこちらには名物があるはずもないし、父の田舎は私達の住んでいるところよりも余程都会になった。その前はリヤカーで、山東菜を山のように貰いに行った。母の田舎は米の産地だが、当時は逆鞘の時代で今のように10kg、20kgと送ってはくれず、柿や栗や餅と一緒に餅米を送ってもらい、正月に備えた。今で言う「お歳暮」とは性格が違う。父の里も母の里も我が家の窮状を知っていて、正月用に送ってくれていたのだろう。田舎の方が金持ちだったのだ。

父が亡くなって母は80歳を過ぎた頃から、経済的にも余裕ができ、同じような年寄りになった母の兄弟姉妹の家に、雪深い里では見ることのない、ブドウやミカンを贈るようになった。お返しには「米」が届く。母が亡くなった後もこの習慣を同居人が受け継いでいる。出し人は私だから、「荷物が着いたよ」と電話が来る、そこで近況を話し合う。同居人は太っ腹だから、とんでもないいいものを贈っているらしい。「甘くて美味しいですよ」とお礼を言われても、私はほとんどミカンは食べないし、何を贈ったかも知らない。長野県は果樹王国だが新潟は「柿」までだ。その後は雪に埋もれてしまう。年寄りが噂話をしながらこたつの中で食べてくれればそれでいい。これも普通の「お歳暮」とは性格が違う気がする。

宅急便のルート通りにお礼の電話が入る。私が生まれた三叉路の少し手前の家から、「先週お父さんが亡くなって仏壇に供えた」という電話が、はがきより先に来た。元気のいい爺さんだった(合掌)。年は95歳と聞いた。母の妹分の旦那だからそうなんだなと改めて年を知った。

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by zoofox | 2017-12-09 22:56 | Comments(0)