独りの戯言


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野村沙知代さんが亡くなった。旦那が82歳、彼女は少し年上。テレビに出る人はきちんと退職したり引退する人は少ない。(この頃姿を見ないな)と思って忘れてしまった頃に訃報が出る。私は普段から「何時死んでもいい」と言っているが、生きている限りそれは本音ではない。先が見えてきて自分の支度ができたら、初めてこの言葉が出るだろう。一生出ないかもしれない。書き言葉と本音は少し違う。

私は他人に対して、「こいつは死んだ方がいい」とか「この野郎殺してやりたい」と思うことは滅多にない。一瞬の感情でそんな風に思うことがあっても、本気で人の死を願ったことはない。本気で愛した人もいないし、本気で憎んだ人もいない。頭が悪いのか、感情のアンテナが感度が悪いのか、(ま、どうでもいいや)と(何とかなる)で何とかなってきた。どう足掻いてもどうにもならないことは沢山ある。

中学一年の時の担任が国語の先生だった。一年生とも対等に話をする若い教師だった。何かの作文で、「私は自分の葬式に花輪が沢山贈られるような人になりたい」と書いたことがある。当時は、葬式の花輪は他人の家の前まで並べても許される、一種のステータスだった。教室での話なのか放課後の話か覚えてはいない。「君なあ・・・、」先生は子供の言葉にも真剣に考えていたようだ。正面から否定はされなかった。いろいろな答えがある筈だから、じっくり考えなさい。という意味のことを伝えた。言われたのか返された作文に書いてあったのか、今でははっきり覚えていない。

今なら先生の困惑がはっきり分かる。「生き方や希望」を考えるための作文に、花輪の数を書かれたのでは指導のしようがない。そうかと言って正面から全否定する問題でもない。私は、はっきり批評しない先生の態度に、(これが正解じゃないんだな)と子供なりに考えた。一から十まで、問題から答えまで教えてしまうのが教育ではない。考えるためのヒントを与えるのが教師の役目だ。生徒は考え方を学べればいい。答えは自分で出す。

野村沙知代さんもいろいろ面白い人生を歩んだんだろうな。最後は最愛の旦那に看取られて。面白いおばちゃんだった。(合掌)

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by zoofox | 2017-12-09 09:06 | Comments(0)