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メールが書けない

今、「メールが書けない病」に陥っている。人生の途中までは、手紙が大好きで電話で話せばいいことをわざわざ手紙にしていた。手紙の中の自分は実物の自分より善人で素直で、相手を傷つけないように言いたいことが言えた。パソコンを使うようになってからは、用事はEメールで済ますようになった。世の中携帯電話になりスマホになって携帯メールが当たり前になった。LINEというクローズドで使われる”集まり”も盛んだ。私は相変わらずEメールを使う。長い間固定の名前で有料メールを使っていたが、何時からかフリーメールになった。有料メールは特定の時だけ使う。

そのメールが気楽に書けない。毎日ブログは上げているのに、もっと身近なメールが書けない。急に「お元気ですか、私も元気です」とか「ご無沙汰しておりますが、お変わりありませんか」という普通のフレーズを書くのに、何か罪悪感のようなものがある。元気じゃないのにくどくどと理由を書きたくない。

私は匿名の世界でも、実名の世界でも親しい者以外には「嘘」を書かないようにしている。勘違いや不勉強な間違いはあるだろうが、意図的に嘘は書かない。嘘を書くと後が続かなくなる。ブログのコメントにも困る。(これ、心に沁みるな)と感動し(この人はこんな人だったのか)という再発見。「イイネ」だけではなく一言残したいと感じるけれど、一言が残せない。面倒くさいというのとも違う。他人との距離をいつも意識しすぎているのかもしれない。前置きなしにいきなり書いても通じる人にしかメールは出せない。何で普段は図々しいのにそうなるのだろう。一時のスランプならいいのだが。

# by zoofox | 2019-08-18 22:39 | 自分のこと | Comments(0)

砥屋さん

(どうしているのかな)と思う人たちがいる。私の家は道の角の商家だったから、年に一度「研屋さん」と「鋳掛屋さん」が寄り、手水を借り水を借り、板塀に寄りかかって一日仕事をして行った。研屋さんが来ると家中の包丁がピカピカになった。当時はどの家でも日常的に「砥石」で刃物は研いでいたが、専門家も技術は違っていたのだろう、裁ち鋏や包丁はたちまちギラギラとした光沢を放った。子供は座って飽かずに見ていた。そんな子供を追い払う事はなかった。

研屋さんは道端で仕事をしてる姿がCMになり、近所の人たちが寄ってくる。鋳掛屋さんは同じようなものだが、最初に近所を「いかけやー、いかけー」と触れ歩いてから仕事を始めたと思う。「握矢印」の鍋は薄くてすぐ穴が開いた。どの家にも水の漏れる鍋が一つや二つあった。捨てるか水やりにしか使えない鍋が再生するのだから、いい商売だった。そうだ「下駄の歯や鼻緒」の修理をする人もいたな。

子供の目にはみんな「お爺さん」に見えた。小学校高学年になってしばらくぶりに眼にした時に(小さくなったな)と感じた。当時は「道端商売」がまだ幾つもあった。雑貨屋さん、金魚屋さんも大きなリヤカーで街を歩いた。夕方には「玄米パンの焼きたて~~」と叫びながら自転車のおじさんが走っていた。

皆どうしているのだろう。学生服を着た押し売り、鐘を鳴らして一口お経をあげていくお坊さん、尺八の虚無僧さん。一年一度の富山の薬屋さん。獅子舞。まちには色々な人がいて手のかかる色々な商売があった。江戸の町から明治・大正・昭和と息づいてきた庶民の文化のような「道端商売」がすっかりなくなった。墨染の僧衣の一団が菅笠をかぶり団扇太鼓を叩いて速足で歩く姿、もう見られないのだろうな。

ただ懐かしいだけではなく、社会が許容していた「懐」があった。今はない寛容さだな。

追記
子供のころの道端商売をとりとめ無く思い出していたら、今の時代との違いの一つに「まちの音」があったことに気が付く。「ガラガラ」という玄関の引き戸の音、「打ち水の音」、主婦たちの立ち話、物売りの声と音、そして遠くから響いてくる大工さんが釘を打つ音。風の音。何の緊張もなく受け入れていた音。そして「まちの匂い」も同じようなものだった。みんな何処へ行ったのかな。

# by zoofox | 2019-08-18 05:52 | 思い出 | Comments(0)

素人

韓国の副首相がウォンの対ドル相場の値上がりについて述べていた。「ウォンのボラティリティーを抑制すべきだ」とか。私は為替や株のことはさっぱり分からない。昔、会社勤めのころ、集められて「円が高くなればわが社はこれだけ損をする」という講義があった。円がドルに対して高くなれば円が強くなるんじゃないの、というのが為替に対する最初の感想だった。ところが円が強くなると輸出を主とする企業としては一円の下降が何億もの減収になる。そんな話だった。「為替」と言うのは交換率のことだから、輸出入を考えると「適当」なところ以外は高くても安くても何かしら支障が出るらしい。

通貨と言うものは色々な要素で乱高下する。その国の国力とか健全性というものだけが指標でもないらしい。円も最近上がり気味だ。韓国では一ドル1200ウォンが最低水準だとか、今はそれを割り込んでいる。私の頭ではウォンがドルに対して弱くなれば輸出のチャンスでいいじゃん、と思うがそうでもないらしい。通貨は買われ売られる。通貨の販売で利ザヤを稼ぐ商売もあるそうな。ウォンがその標的になっているから警戒せよ、と言っているのかアジア経済圏の中の問題なのか良く分からない。自国通貨の対ドル価格が上がれば弱くなり下がれば強くなる、とうのが普通の感覚とは反対だ。まずここで引っかかる。

ボラティリティーと言うのはこの変動の幅の事らしい。高い安いの問題ではなく、変動幅が大きいと「不安定な通貨」というレッテルが貼られるらしい。日本の円も上がり基調だ。対ドルで120円から106円まで”上昇”している。もともとはアメリカと中国の貿易戦争にあるらしい。暫らく低調だった「金相場」が時々話題になる。プラチナの方が金より安いというのも感覚からズレる。昭和50年代にも金の高騰はあった。14金、18金の含有量で商売したのは初めての経験だった。「溶かして売る」などの方法は一般人はできない。それでも飛ぶように売れた。みんなが不安を持っていた時代なんだろうな。

私は文学好きのなまくら技術好きだから、経済のことは良く分からん。経済も決算の事も良く分からないまま、何度も決算をしてきた。未だに長期国債の利益の取り方は判然としない。まあ、お金の事には詳しくなくても何とかなった。車に詳しくなくても運転はできる。政治に詳しくなくても政治家はできる、と同じかな。

# by zoofox | 2019-08-17 08:46 | 気になること | Comments(0)

台風一過

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昨日は午後、もの凄い雨が降った。災害を受けられた地方の雨とは比べ物にならないが不謹慎にも(車を出しておけば奇麗になっただろうな)と思う程だ。道を行く自転車の人がシャツをぴったり肌に吸い付かせて急いでいた。天気予報では「今日明け方には大雨に注意」と言っていたが、そうでもなかった。

玄関わきの「花桃」の実が二つ三つ風に吹かれて転がっている。よく見ると「ダンゴムシ」が二匹朝食にありつこうとしている。(ちゃんと生きていたんだな)と少しホッとする。先日はトカゲだかヤモリだか日陰の中に保護色の姿を見つけた。一応夏は彼らの時間だ。頑張ってくれ。

# by zoofox | 2019-08-16 08:17 | 身の回りのこと | Comments(0)

8月15日に考えた

(オレは迂闊だよな)といつも考える。仕事を離れて考える時間が増え、昔を懐かしむだけではなく、自分に足りなかったことがはっきり見えてくることがある。「敗戦の日」の今日、もう一度前の戦争から考えてみる。

「彼の国問題」が起きてからずっと頭に重しが乗っているような気がする。例の「戦後レジーム」の問題も頭を離れない。ふと気が付いたのは、「もしかしたら、日本には『まともな外交』がなかったのかもしれない」ということだ。北朝鮮がとんでもない国に見えるのは、「外交の達人」だからかな、とも思う。特に政治に関心があった訳でもないが、戦後の日本では時の政府を「とんでもない」と責め、「米軍基地は日本から追い出せ」と言っていれば何となく安心できた。世界の情勢が大きく変わるまでは多分正しかったのだろう。

国際連盟を脱退し、日本は止められたはずの太平洋戦争を、米国の挑発に乗って突き進んだ。イラクやイランの置かれた立場を見ていると、まるで同じに見える。北朝鮮はそんな世界を見ながら綱渡りのやり取りをしている。また「外交」と「軍事力」は二つ合わせて「外交力」になるようだ。アメリカの「グローバル・ファイヤーパワー」による世界の軍事力ランキングで日本は、2017年は7位、2018年は8位と非核保有国の中ではトップを占めている。世界中どこから見ても「日本は自衛のための武力しか持たない」と言っても信用はされない。

そんな意味で「外交のための準備」はできているようだ。しかし、国民にはロシアや中国と戦争をするなどという意識は少しもない。だが、周りの国はそうは見ないだろう。この外交力を試さない国がいいのか悪いのか、もちろん試してはいけないのだが、じっくりと考えるべきだ。周囲の国には「日本は絶対に攻めていかないよ」というシグナルを絶えず発信していく義務はあると思う。「専守防衛」という分かりにくい概念を、「永世中立国」のように国の方針としてきちんと掲げる必要がある。「攻めて来たら戦うよ」というシグナルは難しい。そんな国は殆どない。日本の外交の基点はそこにあると思う。安保や核の傘はトランプのような人間が出てくると、解釈が変わってくる。

今までは軍備と安保だけに目が行って、自力の外交を怠ってきた報いと言ったら言い過ぎだろうか。トランプのアメリカ第一主義と韓国の無茶振りは、日本の外交の穴を見せてくれた。「日本の方法」を今後は確立するいい機会だと思う。軍事力ではなく説得と理解と平和貢献を世界に広げて「戦争のない世界」の真ん中に日本が立てれば、私の心配も吹き飛ぶのだが。これはいい子過ぎる意見だろうか。

# by zoofox | 2019-08-15 20:26 | 考えること | Comments(0)

気力の湧かない時

何かここ数か月、自分の死ぬことばかり考えていた。もう20年近く前になる。がんの手術を終えた後は何年も、「再発・転移」に怯えて暮らした。(今度こそCTに影があるかもしれない)、そう考えながらも「自分が死ぬ」とは思わなかった。「死」はあくまで他人事だった。

また書くが、今年「父の年を超えた」という事実が一つの柵を壊したようだ。(もういつでも死ねる)と普通に考えるようになった。一つの転機は先月の「心エコー検査」だ。オンタイムで30分弱、心臓を画像でモニターする。父親は丈夫なようで「心筋梗塞」を持っていた。(きっと俺にもある)、父親より酒を飲み油物を食べてきた。私の方が悪いに決まっている。そう思い込んでいた。結果はOK、以前の主治医が「良かったですね、90才まで大丈夫ですよ」と条件付きだが励まされた。五臓六腑と言うが、今後は一つ一つを時間をかけて潰していくしかない。

(つまんねえ人生だな)、と自分でぼやくより方法がない。こんな凹んでいる時に新聞、テレビの報道は神経に触る。鬼の首でも取ったように、他国の日本に対するヘイトニュースを出し続ける。「そんなニュース見たくも聞きたくもない」そう思う。背景を掘り下げることを放棄して、目の前の現象を面白おかしく解説する。

自分で積極的に面白いものを探さないと自分が潰れる。「気力」とはそんなものだろうな。さて、何を探そうかな。

# by zoofox | 2019-08-15 10:17 | 自分のこと | Comments(0)

冷蔵庫

入院していた時、(戻ったら、冷蔵庫と電子レンジを買い替えよう)と思っていた。私の面倒な調理品を小分け冷凍して、カロリー数、グラム数と塩分、タンパクの量を統一して簡単にしようと思っていた。しかし、良くしたものでひと月も電子秤と格闘すると、一食の大体の目安は掴めるようになった。

氷を上段に入れる冷蔵庫の時は私が氷を買いに行った。「一貫目ください」と同級生の炭屋の店に行った。荒縄で縛って持って帰る。後にリヤカーで配達してくれるようになった。電気冷蔵庫はその後だ。夏の子供は冷蔵庫にへばりついてた。父親もたまにドアを開けて頭を冷やしていた。

酒を飲むようになると一年中氷を作っていた。ここ6、7年カラカラと落ちてくる製氷機は壊れたままだ。別に冷たいものを欲しがる年でもない。野菜室で少し冷えたお茶で十分だ。

古くなったが製氷機以外は壊れていない。台所の改装に併せて冷蔵庫も買おうという魂胆だ。中の食品の60%は私が管理している。残りは同居人が買って来たり妹が作った物を入れたりしてくれる。狭くて使いやすい台所だ。同居人はどうしても台所とトイレは改修したいらしい。私がほとんど使っているのだから、きれいなセットなど今更いらない。しかし反対する理由もない。

会社から帰ると2Lのペットボトルで、ウーロン茶をごくごく飲んでいたのに、今はぬるいペットボトルや熱いお茶や紅茶の方がいい。そんなもんなのかな。

# by zoofox | 2019-08-15 06:11 | 身の回りのこと | Comments(0)

法律

世の中いつの間にか「ヘイト」の言葉が溢れている。確か(前に法律ができたな)と思った。「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律(H28.6.3)」短縮して「ヘイト解消法」と言ったらしい。調べてみると変な法律だ。大体こんな当たり前のことを、法律で規制しないといけないほど日本は未熟な国だったのだろうか。「人の悪口を言ってはいけない」というのは「他人の物を盗んではいけない」、「他人を傷つけてはいけない」と同じような人間の道徳規範の基礎にあることだ。

問題は法律名の「本邦外出身者」という規定だ。ここに主語を入れて「何人も他人に対する不当な差別的(云々)」とすれば道徳規範としての体裁が整うのにな。まあ、国内法だからヘイトする側を規制する法律だ。当時は日本と国民がこんなにヘイトされることは考えていなかったのだろうな。

「放送法」というのも納得がいかない。電力や水道のようにはっきり供給が目に見えるものなら相手が「事業者」でも代金を払うのが当たり前だ。飛び交う電波の何を見るか聞くかは個人の自由だ。だから受像機を置いただけで税金のように金を取る、というのは誰が考えても無茶な話だ。NHKを特殊な法人にして補助金を入れるより、公務員にして「国営放送」にすれば料金などいらなくなる。色々な冠事業や、CS、データ放送、web配信などの効果の薄い事業は予算の範囲内に縮小すればいい。NHKに迅速で公平な放送以外を何も求めてはいない。

昔の賢人は「悪法も法なり」と言って毒をあおいだ。素晴らしい法律も時々見直さないと「毒」になる。

# by zoofox | 2019-08-13 05:45 | 考えること | Comments(0)

不審メール

ペイパルとメルカリから相次いでメールが来た。どちらも登録していないし利用もしていない。しかし、私の名前の書き方からどこから漏れたか分かった。油断も隙も無いな。嫌な世の中だな。皆様もお気を付けください。
# by zoofox | 2019-08-12 20:08 | 自分のこと | Comments(0)

夢を語るのは悪いことか

私は30代からずっと日本のSFを読み続けてきた。片手に日経新聞、片手にSF文庫本という生活が長かった。無味乾燥な日経新聞は仕事上の必要から、仕事から離れた時に私の空想はSF小説の中をさ迷った。当時のSF小説は荒唐無稽な夢物語だけでもない。作者の夢や着想から生まれたり、それなりの科学的な根拠を持っていたり、現在の「アニメ文化」に似た勢いがあった。実際にアニメの原作に流れるもの、歴史(的)小説に流れるものと色々な可能性が溢れていた。日本の作家は何気ない日常から非日常に流れ込む手法が上手だった。(こんなことあるかもしれないな)と読者に考えさせたら作者の勝ちだ。

だから、人が夢に浮かされたように、自分の理想や推論を熱心に語るのを好ましく見る癖がある。でもそれは一定の限度の中での話だ。仮定と仮定がある程度共有されて初めて夢に花が咲く。「宇宙人は地球に来ている」とか「人間は恒星間旅行を可能にしている」という仮定の基礎があって、SF話はその上に開花する。その仮定に参加できない人は「何だこの物語は」という感想を持つ。

SF小説は(こんなことがあったら面白いな)という遊び心がないと楽しめない。表立って議論できるのは同好の士の間だけだ。土台を別にする人の前でいきなり「時間旅行は・・」と話し出したら頭を疑われる。

政治家は実務の人だ。理想は持ってしかるべきだが、道筋のない結論を既定のことのように言葉にされても聞く方は戸惑う。そんな発言をいちいち取り上げて拡散するマスコミがいる。おいしっかり目を開けて仕事をしろよな。

# by zoofox | 2019-08-12 08:28 | 考えること | Comments(0)

乗らないうちに車検

車検の時期だと車屋さんから連絡があった。「車検をするか」、「○○万円で新車と入れ替えるか」の選択を提案してきた。私の今の体調と生活ではロングツアラーの車はもういらない。近所をちょいちょいと乗れる「医者回り車」があればいい。車関係の経費を考えるなら、タクシーを呼んだ方が安上がりになる。

この車は最初の納車時期が悪かった。乗るといつも思い出すことがある。CVTの加速も何時までも慣れない。ドアミラーが見にくい。この二つを除くといい車なのだが、気軽に乗り出す気がしなくなった。車を処分するにも一般人にはどうすればいいか分かりにくい。車屋さんは売るだけで「買取」には消極的だ。かといってWEB広告の会社は横のつながりが強く、出した途端に大騒ぎになると聞く。それも満足のいく金額では売れない仕組みらしい。

不動産の「立ち腐れ」がゆっくりと広がっているが、「動産」の立ち腐れも同じように広がる。いるものはいる、いらないものはいらない、と流通がすっきりすれば、いらなくなったものが生かされる。個人が写真をアップして売り買いするのは大流行りだが、いいことばかりでもないようだ。値段の張るものはある程度専門家が関与すべきだな。商売人が素人のふりをしている場合もある。

よく見ている外国の番組のように、税金やメンテを放棄して「廃車」して、納屋にしまっておく。ということができれば一番いい。ナンバーを外して自分の農場内だけを走る車なんて面白いな。そんなことができる国がある。

私の贔屓の車屋さんは、小型や軽自動車の生産をやめ、MT車の設定も一部を除いてなくなった。破格の下取りで新車を買うか、そこそこの下取りでOEMの軽自動車にするか。それとも値段が付かないのを承知で他社の小型車に手を出すか、ただ車検を通して、欲しがる人に差し上げるか。捨てちまうか、暑い時に面倒くさい考えはあまりしたくない。

# by zoofox | 2019-08-11 08:47 | 身の回りのこと | Comments(0)

子供にはたくさん本を読んでやるべきだ

長い逗留期間を終えて父親と一緒に赤ちゃんが家に帰っていった。このひと月ちょっとの濃い接触の中で、忘れていたことを幾つも思い出したし、久しぶりの男の子と女の子との違いにも驚いた。疑似孫だが親たちが忙しい時には私の所にも来た。一人で座ることもおぼつかなかった、それが今は一人で座り、自分で哺乳瓶を支え、離乳食を催促し、至る所を這い回り、掴まり立ちをして手を添えると数歩歩いた。喃語がいつの間にか言葉に近くなり、上も下も歯が覗いている。歯が痒くて私の腕を噛んではにっと笑う。

食事の合間は何かと働き者の赤ちゃんだが、ひざの中で絵本を読んでいる時はじっと絵を見つめている。指を出して何やら意思表示もする。テレビのアニメには興味がない。(そうだこの娘にもたくさん本を読んでやった)と母親の子供の時を思い出す。共稼ぎの子供は時々実家に預けられた。赤ん坊の相手をしていると親の子供の時と少し重なる。私の車が好きでよく保育園に迎えに行った。両手を挙げて飛んでくる。そんな時代があった。年を取るはずだな。

# by zoofox | 2019-08-10 17:57 | 身の回りのこと | Comments(0)

犯罪が変わってきた

毎日のように「殺人」や「傷害」の事件報道がある。何か「刃物を使った事件」が多い気がする。逮捕される犯人の名前にも注目している。そこまでする必要が感じられないのに刃物を取り出して傷を負わせる。銃は極めて少ないが、ネットに絡む犯罪も多い。ネズミ講式の詐欺は地下にもぐり、電話で騙し系の詐欺が主流だ。しかも外国から電話したりネット接続をする。車で煽るのも犯罪の一角に食い込んできた。

日本人には簡単に他人を刺し殺す習慣はないと思いたい。しかし、日本人の気質が変わったのかもしれないし、外国人同士が日本を犯罪の場に選ぶというのも目立つ。(サバイバルナイフを規制しても柳葉包丁があるからな)とため息が出る。刃物は生活に切り離せない。銃砲刀剣類の規制は「日用品」には課せられない。

麻薬犯罪は表に出ないが、芸能人だけが槍玉にあがる。戦後のヒロポンや戦中の「猫の目丸(これは本で読んだだけ)」はきっと覚醒剤だったんだろうな。私が知らないだけの伝統的な犯罪なのか、グローバルが生んだ犯罪なのか俄かには結論が出ない。しかし、私の知る日本が少しずつ壊れていくようで哀しいニュースだ。

# by zoofox | 2019-08-10 09:01 | 気になること | Comments(0)

昔の台風

台風という言葉を聞くたびに思い出す。平屋の古い家と若い父と幼い私だ。兄弟姉妹や母親はこの思い出には出てこない。素人が戦後建てた「家」は、大雨には必ず雨漏りがした。マンガのようだが家中の鍋や釜を並べて漏れ出る水を受けていた。畳の下はすぐ床板で、外すと地面が見えた。台所は黒光りする床板を外すと巨大な物入であり、真ん中には「防空壕」がまだあった。子供の遊び場だが、水がたまると乾くまで大変だった。

あの時期は父親が自営業で私はまだ6才前で、家の中や近所をうろうろしていたのだろう。家の中には長いロープが何時もあった。しかし台風の予想には「縄屋」に新しいロープを買いに行った。台風準備は一つのお祭りだった気がする。雨戸を長い釘で打ち付ける。東側の雨戸の一か所だけが出入り口になる。庭の適当な場所に大きな木の槌で杭を打ち込む、屋根を超えて反対側にも杭を打つ。家が飛ばないようにロープで固定する。当時はみんな床下の開いた家だから、瓦が飛ぶのは日常茶飯事で、風が入り家が飛ぶこともあった。

台風も今の台風とは違い起承転結がはっきりしていたような記憶がある。大体台風は夜来る。家の真ん中に蝋燭の光の中にみんなで集まってラジオを聞いている。家がガタガタと揺れ、時々外を見に行く。雨や風がやんでそよそよと風が吹くときがある、誰かが「台風の目だ」と言う。本当に目だったのか違ったのか。

子供は(台風が来て嫌だな)と思ったことはない。大人はどう思っていたのか知る由もない。

# by zoofox | 2019-08-09 08:08 | 思い出 | Comments(0)

暑いね

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暑い時に「暑いね」と言っても何の足しにもならない。今日は何度「暑いね」と言っただろう。見知らぬ人と会話をするとき、時候の話は拘りなく次に進める。春日通りの帰り道、飛行機雲が二、三本西から東に走る。(あれ、空域はもう解除されたのかな)と不思議に思う。スクランブルでもないらしいし。

# by zoofox | 2019-08-08 20:20 | 身の回りのこと | Comments(0)

浅間山

私にとって、「浅間山」と「八ヶ岳」は思い出深い。東京からL特急で新潟、信州に向かう時に最初に目に映る山だ。浅間山に煙が上がっているかいないかはそのたびに気にしていた。山の間から唯一雪をかぶった白いドームのような山頂が見え始めると。(また、来ちゃったな)と、冷たい崎陽軒のシュウマイを突きながら戦闘モードに入った。

浅間山の噴火はゆっくりと絶え間なく続いている。噴煙は「山が生きている」のを実感させる。自然の生きるスピードは遅いが着実だ。私もこうありたかったな。

# by zoofox | 2019-08-08 07:25 | 思い出 | Comments(0)

夏の日

「何がどうなってもいい」という心の基準がもし持てれば、世の中のあらゆる出来事が容易に理解できる。人はそんな基準を持たないように毎日を一生懸命生きているのに。

子供の私にとって、広島、長崎の日はNHKの中継を見ながら鐘の音に黙祷を捧げる日だった。みんなと一緒に教室にいた記憶もあるが、夏休みの真ん中だ。学校にいるわけがない。「原爆」という言葉は心に沁みついている。「昔、戦争があった」と思うのだが、その昔は僅か10年か15年の範囲だ。大部分の大人にはまだ継続中の出来事だったと思う。原民喜という作家がいた。意味は理解できなかったがこの人の「夏の花」という本は覚えている。

口角泡を飛ばして戦争や原爆を語る大人は周囲にはいなかった。「二度と間違いは繰り返しません」という言葉は理解できたが、主語が分からなかった。戦後からオリンピックまでの時代、国民に対する「情報統制」はこの国にはなかったような気がする。誰もが知っているのに誰もが話したくない。そんな事柄があった。あの混乱の時代があったから、戦争を見つめ、責任を痛感し、次に向かう原動力とできたのだろうな。

きっと大人たちは「もう戦争はない」という一言が大きな希望だったのだろう。「核兵器は持ちませんよ」と、簡単な一言がなぜ言えないのだろう。不思議な国だ。

# by zoofox | 2019-08-07 09:29 | 考えること | Comments(0)

空騒ぎ

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今朝は何の加減か知らないが、少し前まで使っていた机の上のデスクトップのスイッチを入れた。速度が遅くて最近は使っていなかった。クロームを開くと懐かしいお気に入りが沢山顔を出す。中古のフィルムカメラ屋さんや修理のリンクがある。壁紙の赤ちゃんの顔で何時頃か一目でわかる。

玄関に出る。東の空は薄い雲が陽の光を遮っている。このところ何日か右手の南側から涼しい風が吹く。きっと遠い台風の影響なんだろうな。左手が「北東」に当たる。(ミサイルはこっちから来るんだろうな)とふと考える。

自然や働く人たちは何時ものままだ。テレビとパソコンの向こう側だけが無闇と騒がしい。暇なおじさんはつい踊らされてしまう。大騒ぎが一段落してようやく冷静な人たちから「空騒ぎはいけない」という意見が出始めた。

かの国の大統領は少しおかしい。政治家が口にしないような言葉を平気で口にする。我が国の代表もかの国の大騒ぎを利用して意図する方向に突っ走ろうとしている。この選挙の敗北の解析はする気がないらしい。間に情報を脚色するマスコミがいる。両者とも完全に「ポピュリズム」を扇動し利用しようとしている。

(何だそういうことか)とは分かっているが、感情は「ヘイト」には感情で反応する。・・・今日も暑くなりそうだな。

# by zoofox | 2019-08-06 07:43 | 考えること | Comments(0)

渋野日向子さん

朝、全英女子オープンで渋野さんが優勝したというニュースが入ってきた。テレビ中継の時、私も半分ぐらいは起きていたのだが、あっさり見逃した。

頭を締め付けられるような変なニュースが多い中、私にとっては「快挙」に見える。自然な笑顔がいい。おにぎりやお菓子を食べる姿がアップされる。マナーとしてはどうなのか知らないが、これも魅力になる。スナックについて「英語が分からないから、質問されても答えられなかった」、この答えもいい。インタビューに備えて英語を勉強するより、今はゴルフが先だ。

時には爽やかなニュースも欲しいと思っていた。満足。

# by zoofox | 2019-08-05 07:37 | ニュース | Comments(0)

暑い

何とも暑い。湿度の高い日と少しサラリとした日が交互に来る。老人には寒さより暑さが堪える。クーラーのない時代、父親は「涼しいところ」を探すのが上手かった。子供はそんな父親の周りに集まって、「やっぱり○○さん(父親の名前)のいるところは涼しいね」と言っていた。扇風機が入り、戸を開けて風を通す時代が長かった。家の中で「涼しいところ」と言うのは風の通るところだった。

今に比べると昔の暑さはずっとしのぎ易かったなと感じる。戸を開け放して座敷で昼寝する気持ちのよさはもうどこにもない。何時頃からか窓を開けると熱風が入るようになった。タワーマンションの入居説明に同席した時、(ここは夏になったらどうするのだろう)と他人事ながら心配した。眺望のいい部屋でも窓は開かない。まるで蒸し風呂だな、と感じた。

エアコンを29度から30度にして扇風機を回す。この扇風機の風が馬鹿にならない。人間の身体は「風」を要求しているんだな、と思う。朝風呂に入って汗を扇風機とエアコンで飛ばす。こんな時(幸せだな)とふと感じる。

# by zoofox | 2019-08-04 13:20 | 身の回りのこと | Comments(0)