独りの戯言


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気になるな

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何時もここを通るたびに「おかしいよな」と思っている。私は交差点の反対側で、信号待ちの間にカメラを取り出して写真を撮るのはバイクだと難しい。今日は小さなカメラをスイッチを入れて首にかけていた。上手く撮れたかどうかは分からない。最初は(目の錯覚だろう)と思っていた。ピサの斜塔のように少しずつ傾いている気もする。コンクートの電柱だし、保守点検は行っているだろうし。まさか倒れるのを待っている訳でもあるまい。電線の力で倒れないとは思うけれど、何となく気になる。

# by zoofox | 2019-03-20 15:14 | カメラと写真 | Comments(0)

ラジオの世界

ラジオを買って久しぶりにラジオの世界に戻ってきた。久しぶりなので随分変わっている。まずAM放送の感度が悪くなっている。高い建物が増えたからか、以前は平壌放送、北京放送、極東放送等々、宣伝放送や暗号放送、夜には遠い北海道や九州のラジオが所狭しと電波を出していたのに寂しいものだ。ワイドFMとかで在京のAM放送がFMにも進出している。その代わり沢山あったFMの局が少なくなったような気がする。

見直しているのは放送の内容だ。0時前にきちんとしたニュースがCMなしで一時間も放送されている。アナウンサーや解説者も良質で、テレビのように浮ついた「コメンテーター」や「まちの人の声」はない。じっくりと取材した音源を取り入れての委員会質問のピックアップなど面白い。落語もあるし、端唄・小唄もある。僧侶になった円歌の年寄いじりの落語は、今聞いても面白い。深夜のラジオは聞きすぎると眠れなくなる。私の知っているような「パーソナリティ」が次々にリクエスト曲をかけていく方式はもう流行らないようだ。まあ、ラジオ初心者だが、放送に携わる人が案外まじめに仕事をしている感じがする。

結局、AM放送というのはなくなっていくんだろうな、という印象だ。中波があって短波があってFMが登場したころは、(こんなに聞ける局が増えて嬉しいな)と思っていたが、今は何だか整理されてしまったような感じだ。音楽番組が意外と少ない。結局熱心にラジオを聞く人が少なくなったんだろうな。そういえば「情報の発信源」は随分増えた。何だか久しぶりに「良心的な町の個店」に帰ってきたような気がする。

# by zoofox | 2019-03-20 05:52 | 身の回りのこと | Comments(0)

並列年表

日本史と世界史が比較できる年表を買った。かなり前から買おうと思っていたが、すぐ必要でないものは「はずみ」がないと買わない。自分の記憶がうろ覚えだったり、外国の旅の番組を見ながら(あれっ、この時日本は何をしていたのかな)と思うことは多々あった。上段が日本史下段が世界史、真ん中には資料がある。奇麗で見やすいがちょっと当てが外れた。せめて高校の副教本の年表ぐらいの精度は欲しかった。

エジプトの紀元前の王朝に触れていない。中国の古王朝はパスしている。漢も秦もない。この本は「日本の大和政権」から始まっている。私は大和政権という言葉は初めてだ。大体、大和に「政治」があって、「政権」があったのかな。幕末から明治維新、大正、昭和という近現代史はあまり役に立たない。変に詳しく書いてあるところもある。これは年表ではなく週刊誌のような読みものだった。

まあ、作者が書いていない、発行元を確認しておけばよかったな。一流の印刷会社なのに。やっぱり「本」は本屋さんで買わないと失敗するな。

# by zoofox | 2019-03-19 06:02 | 自分のこと | Comments(0)

特別でない春

玄関に出ると南から太陽がさしている。(ああ、春だな)と思う瞬間だ。これは人様にお見せするほどの写真ではない。私が何時も身近にいる植物にちょっと挨拶する写真だ。このカポック、兄が玄関に置いて行ったものを母が空いているところに地植えした。その先の夏ミカンは数年前に伐った。大きな実が道を通る人の上に落ちそうだった。
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こんな狭い通路にも思い出がある。太陽が葉裏を透かして見せる「影」が私は好きだ。もう少しすると、「カエデ」がまっ赤な葉を出す。花の華やかさに比べて地味な葉っぱたちもそれなりに生きているんだな。

# by zoofox | 2019-03-18 13:18 | 身の回りのこと | Comments(0)

リコール

車のリコール修理が終わって「いつ届けましょうか」とセールスから電話が来た。別に急ぐ話でもないし、ついでに調子の悪いとこを見てくれと頼んだ。ディーラーは水曜日休みだから納車はその先になる。(リコールって会社の利益を直接食うから大変だろうな)と思う。命に係わる問題と社内手続きの不備がある。ディラーに集めて、専用車両で工場に運びエンジンをばらして点検修理する。気の遠くなるような手間がかかる。冗談に「一台30万ぐらいかかるだろうから、新車を安くしたら」と言ったら笑っているだけだった。そう、会社には損害だが販社には関係ない。会社が損するだけでディーラーは手間がかかるだけだ。

去年から今年はいろいろな車のモデルチェンジがあった。私は「カローラ」に期待していた。だが、結果は他社と同じ「肥大化」の傾向にある。普段履きの車が欲しい。車の運転などもうしばらくしていない。仕事を止め、母の病院通いが無くなると私には特に車が必要な理由はない。何とはなしに惰性で持っている。去年はインプレッサ、今年はレボーグが大きく変わるらしい。CSのナショジオ、ディスカバリーチャンネルでは、車に関する番組が多い。新車や庶民が乗れないような車、アメリカン・カスタムカーの番組が多い。中でも古い車を再生して新品同様にして売ったりプレゼントする番組はワクワクするが、(何で日本でできないのか)と苛立つ。日本でもレストア車はあるが、カローラDXの1100ccが300万円も400万円もする。

カスタムカーは私の知っている古い車も出てくる。外側をきれいに再塗装し、エンジンやブレーキ、足回りは今時の装備を凝らす。まあ古い構造では新しい大馬力のエンジンは無理なんだろうな。老舗の「名車再生」は80年代から2000年代の車が主流だ。これに出てくる車は「この値段なら欲しいな」と思う。この番組はあまり馬力を追わない。最初のゴルフGTiは120馬力前後とか(そうかそんなものか)と思う。ミニ・クーパーも低馬力だが乗りやすそうだ。私が若い時「凄い車がある」と思っていたのが、今考えると案外普通の車だったりする。ハコスカGTRもフェアレディもレビン・トレノも初めの頃は大した馬力ではない。今の150馬力、200馬力の車が不思議に見える。「馬力」というのは車の属性のほんの一部分なんだなと思う。「満足感」は比較の感覚だし、もちろん馬力は指標の一つだが、車は「総合力」だ。

テレビに出てくる車は面白いが、アメリカでさえ(どこで乗るんだろうな)と思ってしまう。レストアやカスタムが特別な嗜好ではなくアメリカは気軽に根付いているような気がする。しかし、街の人が乗っているのは圧倒的に「プリウス」が多い。最後は税制や規制の問題なんだろうな。

少し車を大切にして興味をもう一度振り向けよう。もう車を持つ必要性がないのに困ったことだな。

# by zoofox | 2019-03-18 08:46 | 車の話 | Comments(0)

旅の支度

今、旅の支度をし終えた。小さな赤いバック一つで一週間は暮らせる。Tシャツ2枚、パンツ2枚、ロングパンツ2枚、フリースの薄い寝間着上下、ラジオとICウォークマン、電池、携帯の充電器、歯ブラシ、歯磨き、シェーバー、手帳にペン、そしてスリッパ。別にどこへ行くということでもないが、たまに整理してセットする。

ホテルに泊まる場合は一日おきに部屋で洗濯する。取っ手に靴下を嵌めておけば、朝には乾く。毎日新しい靴下がはける。ジーパンとジャンパーに綿の厚手のスエット。下着は風呂敷で包む。何度やってもこの風呂敷には重宝する。昔からの習慣だ。

何かの時に(あっ、旅の支度しておいたかな)と気にあることがある。そんなことを気にしないようにできる時にやって置く。

# by zoofox | 2019-03-17 20:09 | 身の回りのこと | Comments(0)

なんだお前かメーナード

このセリフが懐かしい。角の丸い白黒テレビを見ているころだと思う。「ビーバーちゃん」か「パパ大好き」だと思うが、兄貴の友達の「メーナード」が何時も窓からこの家を訪問する。その時「なんだお前かメーナード」という決まり文句があった。私は子供だったから、(年上の人に「なんだお前か」とは凄い国だな)と思っていた。普通のサラリーマンで、セダンとワゴンを二台も持っているものさすがと驚いた記憶がある。

先日「アメージング・ジャーニー」(だと思う)という、子供を亡くした父親が鬱々としている時に「神と出会った」という映画を見ていた。この中でテレビを見ているシーンで、一瞬メーナードが窓を乗り越えてきた。(うわ、懐かしいな)とほんの数秒の映像が記憶されている。きちんと記録しておけばいいのだが、そんな類の記憶ではない。別の映画だったのかもしれない。しかし、毎週見ていたメーナードの窓越えのシーンは幼かった私の頭の中に残っていた。

思い出せないこんな記憶が沢山ある。

# by zoofox | 2019-03-16 13:00 | テレビの話 | Comments(0)

しばし、立ち止まり

何かこの一週間、去年以来ずっとつんのめっていた私を、引き止めたものがある。私には(これが一番いい)と思いこむと修正できないところがある。これは一種の病状だった。「ゲーム中毒」や「スマホ中毒」と同じ種類の症状だ。何十年もの蓄積だった「自動車」や「食事」、「写真・カメラ」、「動物」、「SF」などへの興味がなぜ薄れていたか、よく考えればすぐわかる。心の底にあった(最後は田舎に帰ろう)という思いも薄れている。マスコミに踊らされて、(何でこんなものに夢中になったのかな)という虚しさだけが残る。

私たちの安定した生活を切り崩すような政治の動きが元にある。「外国人観光客を喜ぶ」、「移民をこれ以上入れて制度化する」、「国防の問題」、「消費増税」、・・・。私たちの人生の拠り所の梯子が、近づくたびにだんだん外される。こんな思いが無理やり転嫁させられて「目くらまし」に、うまうまと乗っていた。

NZのテロはショックだった。移民政策と自国(この場合は「自国」ではないらしいが)優先主義がない交ぜになった「ヘイト」は怖いな。日本はこんな方向に向かってほしくない、と思ってしまう。

# by zoofox | 2019-03-16 09:14 | 自分のこと | Comments(0)

ラジオを買った

ベットの頭の所には「CD/MD/カセットラジカセ」が置いてある。そのままタンスを見るとタンスの上にはでかいテレビがある。枕元にはリモコンが散乱している。デジタル時計にもラジオは付いている。以前から(昔のポータブルラジオが欲しいな)と思っていた。ラジカセは音はいいのだが、ラジオの選局がサーチしてプリセットする形式で細かい選局ができない。AMにして、FMも聞いてという場合は局を選ぶのにダイレクト感がない。

B5サイズより少し小さく厚みがあり、選局も音量もダイヤル式というラジオを買った。電池もACも使えるモノラルだが感度と音はまあまあだ。タイマーも目覚ましも付いていないから、消し忘れると私が消さない限りしゃべり続けるタイプだ。今までは夜スタンドを消してラジオを聞くときは「通勤ラジオ」をステレオで聞いていた。イヤフォンはそのまま寝ると耳が痛い。電池は単4のリチウムを使っていたが、肝心な時ストンと電源が落ちる。(使えねえなー)と思っていた。物はそれぞれ与えられた役目がある。それを逸脱して自分勝手に使おうとすると不都合が生じる。私が悪かったのだな。

やっと希望に合ったラジオに出会った。ダイヤル式は手探りでも操作ができる。母親はテレビも好きだがラジオも好きだった。軽い大きなダイヤル式を買ってやった記憶がある。亡くなってからよく聞く局の所にばんそうこうが細く切って貼ってあった。年取るとだんだん使うものに好みが出てくるんだな。

# by zoofox | 2019-03-16 05:59 | 自分のこと | Comments(0)

近くの病院

ここの所ずっと気になる症状があった。詳しくは書けないが、何ともないと言えば何ともないし、大きな病気の予兆だと言えばそうともとれる。夜中に考え込むと悪い方へ悪い方へと考えは進む。何時もの病院はいかにも遠い。先生も交代することだしそろそろ違う病院にしようかと考えていた。昨今の病院の構成配置は、だんだん役割分担がはっきりしてきた。何でも受け付ける第一選択と手術も行う(医療情報提供書と紹介状がものを言う)第二選択、その先の専門病院とどこの網にかかるかで先行きも変わってくる。

考えた末に、十数年前に腎臓のがんをエコーで発見した内科病院に足を運んだ。予想通り昼近くには患者の数も少なくなっている。今の院長は私を診た院長の息子さんらしい。病歴と検査結果は持って行った。今週、血液検査はしたばかりだ。久しぶりの病院なので既往症の説明からする。院長は熱心にカルテにメモを取る。私の愁訴に院長は脈を診る。予想したように検査を沢山するつもりはないようだ。結果はあっけない。あっけないと思うのは検査慣れしている私が悪いんだな。顔を見て聴診器を当てそれで内科医は診察する、昔のお医者さんはみんなそうだった。パソコンの方を向いて診察はしない。

まだ、いい医者なのかあまりよくないのかは分からない。「家から近い」というのが大きなアドバンテージだな。

# by zoofox | 2019-03-15 13:06 | 自分のこと | Comments(0)

いい加減がいい

現実を責めるか子供時代を懐かしがる、(なんか私にはこの二つしか視点がないな)。気がつくと自分を自分で検証している。私にはこの「立ち止まり」が常に必要だ。暴走すると止めようがない。私には「自分の視点を固定すること」が一番怖く感じる。情報の取材能力がない一般大衆の私としては、思考の元になる情報は必ずどこかから提供されている。この与えられる「情報」が案外信用できない。子供の時代を考えるのは全部自分の心の中の問題だから、情報源としては安心できる。現実を責めるのは結構危ない。「他人の思考でものを見ない」ことを心がけよう。そんな面倒くさい状況を不思議とも思わなかった自分が不思議だ。上手くても下手でも「自分の写真」なら安心してアップできる。自己責任は何か心地よい。

総理大臣が答弁の中で発した「印象操作」という言葉がずっと心の底に溜まっている。考えてみると「与えられる教育」には、陰にこれが隠れている。子供達の教育はどこの国でも為政者の恣意に任せてはいけない。中国や韓国のお得意芸と思っていたら、日本も随分やっているように感じる。このように「情報源を疑う」ことをはっきり言葉にしてくれたのは、皮肉にも総理大臣だ。でも、こんなにCMの溢れている社会で「眉につばを付け続ける」ことは難しい。流されてボーッとしている方が生きやすい。

ずっと「ぶれない考え方」が大切だと思っていたが、それには土台部分の点検が必要だ。今は「ぶれない考え方」は危ないのかもと感じている。脳みそは柔軟な方がいい。「いい加減」とか「優柔不断」という言葉の、社会における立ち位置を見直している。

# by zoofox | 2019-03-14 06:11 | 自分のこと | Comments(0)

棚上げ

忖度とは反対の意味だろうか「自分のことは棚に上げる」という考え方がある。気を使って、「自分の事が疎かになる」、とは使わない。他人を責めても「自分はどうかと考えないこと」だ。これ、いいことなのか悪いことなのか俄かには判断できない。民主主義とは一つの見方で「忖度主義」だとは言えないだろうか。「少数意見の尊重」とか「平等な関係」は双方でかなり忖度を働かさないと成り立たない。反対に専制主義も家来がみな忖度に縛られないと成立しない。何だ同じじゃないかと考えてしまうが、一番違うのは「自発」と「強制」だろう。国会で使われる「忖度」と民主主義の忖度の違いは、「他人を思いやる気持ち」が芯にあるかないかだろう。他人を思いやる心ではなく、自分を思いやる心(保身)が元にある忖度は、本来の意味ではないかもしれない。

小さな子供が親に対してや長い間に空気のようになった夫婦間では、遠慮なく「自分のことは棚に上げて」主張したり文句を言ったりする。しかし、世間の真ん中ではいつも他人(の気持ち)を気にして生活せざるを得ない。自分の不備は「棚上げ」しながら、他者を責める責め続けるというのは、かなり子供っぽい行為だな。社会に対する「適応障害」の一種かも知れない。う~ん、「忖度」という言葉を悪いことのように責めないで欲しいな。「棚上げ」よりは余程いいと思うのだが。

# by zoofox | 2019-03-13 08:31 | 気になること | Comments(0)

赤バス

朝日が早くなって夕方がだんだん長くなる。春が来る。暗くなってボーッと道を走る車を見ていた。「あ、赤バスだ」、行き先表示が薄赤いバスが通る。

ずっと昔、私は学校も勤め先も「近い」ことを最優先にした。電車かバスで行ける距離、何かあったら歩いても帰れる距離が好きだった。徒歩、自転車、都電、バス、最後が国電(JR)という選択だった。学校と勤務先は同じ地区にあった。当時は時間がある時はバス一本で行ける路線があった。朝はゆっくりバスで帰りは電車でというのが普通の経路だった。

もっと前はどこへ行くにもバスが第一の足だった。田舎から人が来るとき、出かけた家族が帰ってくる時にはバス停で待っていた。今考えると気の長い話だが、私は子供で時間は十分あったらしい。赤バスを実際見たのか話で聞いたのか、子供の時間としてはずいぶん遅く感じた。・・・銭湯の帰りだったのかもしれない。午後8時半か9時ごろが最終バスだったと思う。「青バス」というのもあったな、最終の一つ前をそう言っていたと思う。

会社の帰りにお酒を飲んで、湯島から上野へ歩いて始発の最終バスに乗ると、家から2分のバス停まで送ってくれる。「あっ、最終バスが行っちゃった」という乗り遅れた記憶ばかりだが。

# by zoofox | 2019-03-13 05:58 | 思い出 | Comments(0)

湯島天神

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昨日は風が吹いて大雨があり、午後から快晴だ。病院に行ってきた。半日絶食でげっそりしている。午後遅く湯島天神に回った。1月に見たときは、まだ枝につぼみが付いて梅の木全体がほんのりと色づいていた。今日はもう梅は終わって「残り咲き」程度だった。

庭園の中ほどにも「絵馬の山」が一仕事終えて夕日に当たっている。沢山の「願い」がここに集まっているんだろうな。
ぶらぶらしていると、梅の古木の根元にこんなものがあった。
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左側のこれ、「猿の腰掛」ですよね。こんな所にできるんだ。


# by zoofox | 2019-03-12 06:00 | カメラと写真 | Comments(0)

月曜日の朝

月曜日の朝、新聞に週刊誌の広告が出る。「宗教本」や「健康本」の大ブームの時、本屋さんは「新聞広告で宣伝すること」を覚えた。その後手を変え品を変えて新刊告知で宣伝を続けている。(ま、この方が安いんだろうな)と思ってみている。新聞の最下段は日替わりで幾つかの広告が入り混り、一面大特集は「通販宣伝」が占めるようになった。テレビがすべて「芸能人」で占められるようになって、新聞も中身が薄くなっている。そんな世の中なんだろうな。

今気になるのはここ一年程週刊誌がしつこく記事にしている「相続問題」だ。控除が薄くなったとはいえ、相続税を払うのは一種のステータスだと思える。凝りもせず、「相続税対策」とか「損をしない自宅の売り方」とか、毎週そんな記事が出ている。私は(これは陰謀だよな)と思っている。税金を取る方から「なるべく相続税を記事にするように」と言われているのか、弁護士や税理士、司法書士の団体から「相続税対策を記事にしてくれ」と頼まれているのか、いかにも不自然に思える。

都内で小さな一戸建ての土地と住宅が税の対象になるなら、評価額か税の設定が間違っている。庶民の最低の懐まで手を入れてはいけない。取るべきところをもっと精査して不公平感が無くなれば、納税意識も変わってくる。「うまくやったもん勝ち」が普通だとなかなか理解は得られないんじゃないかな。

# by zoofox | 2019-03-11 08:54 | 考えること | Comments(0)

記録と記憶

地震の時、私は事務所の人たちに「机の下に入るように」と言っていた。自分は大通りに向かって開いた大きな窓から道を通る車を見ていた。ビルの一階の事務所はギシギシと大きく揺れた。(大丈夫だと思うが、もしかしたら駄目かな)と考えていた。私にとっては初めての経験だし、異様な経験だった。コンクリートの電信柱がゆらゆら揺れて、電線が生き物の呼吸のように動いていた。手分けをしてビルの周りを見て回った。壁が剥落してけが人でも出ていたら大変なことになる。

一段落してみんなの安全を確認してから、自分の家を見に行った。明治通りは電線が切れて道路面で火花を散らしていた。車は少なく、ゆっくり走っていた。家に飛び込みタンスに囲まれた母の部屋を見に行った。寝たきりの母には「タンスの下敷き」が一番怖かった。ダンボール箱はあちこちに散らばっていたが、タンスは倒れていなかった。戦争を通り抜けた人は強い「大分揺れたね」と動揺もせずに語っていた。とりあえず火の確認と水の確保をして職場に戻った。

テレビをつけ被害確認と報告、本社の指示はまだなかった。すぐ人員の確認と帰宅できる者と会社に泊まる者を分けた。得意先に電話をして安否の確認、各施設の被害点検、非常用物品の確認など、「確認作業」が続いた。駅前だから電車が止まると乗り換えの人は行き場がなくなる。会社のロビーやトイレを開放した。

電車が止まって帰れない同僚が数人、会社に泊まった。私は10時ごろに自宅に帰った。食事をした記憶はない。飲み物を買ってきた記憶はある。町のスーパー、コンビニで買えるものは買った。

東京でもこんなことをしていた。家に帰るとテレビ報道にくぎ付けになり、親戚や友人たちの安否を確認した。東北には電話は通じない。・・・・もう、8年経つのか。私の家は「少し」壊れた。こうして書きだすと、あの日の自分や周りの人の動きで忘れていたことが思い出される。まだまだ復興の途中だ。復興・復旧していないことが多すぎる。被災者のケアはもちろん、復興の優先順位をもう一度点検する必要はあるだろうな。



# by zoofox | 2019-03-11 06:05 | 考えること | Comments(0)

東京大空襲

太平洋戦争は分からないことが多い。毎年毎年3月10日は昔からの記念日だった。私たち日本人は一晩で「民間人10万人以上」を焼き殺されているのに、アメリカに対して正式に抗議しない。戦争の中の戦闘員なら少し意味は分かる。木と紙の家に住む非戦闘員をナパーム弾で焼き殺す必要があったとは思えない。いくら「無条件降伏」でもこの行為は「無条件」には含まれないだろう、広島、長崎の原爆もそうだ。沖縄戦はもっとひどい。攻める方も無茶苦茶だが守る日本も無茶苦茶だ。無茶苦茶で物狂いにならないと戦争などできないのだろう。巻きこまれた国民が殺され損だ。軍人には手厚い「恩給」があるのに、家や命を失った私たちの親には何もない。命があっただけでもめっけもの、というのだろうか。

空襲を逃げ回った祖母と母から毎年のようにこの日のことは聞いた。私たちがここで黙ると私たちの子供世代、その子供の世代は「この地で戦争があった」ということさえ忘れるてしまうだろう。余りに人生の中で大変な出来事に遭遇して、祖母や母は半ば懐かしそうに話していた。

戦争はしてはいけない。馬鹿を見るのはいつも国民だ。大震災のように、家族・家財を根こそぎ奪われる。北朝鮮と韓国の挑発、中国のちょっかい、そんなものに過敏に反応して「戦争を放棄した日本」が戦争を夢見てはいけない。まさに「ノーベル賞」ものの憲法を持ちながら、真剣に内容を読もうともしない。この国では一片の紙切れで大切な息子や夫を徴兵し、徴用し、軍国教育をした人たちは、「一億総懺悔」で括って、自分たちでは国民に対して責任も取らずに、戦争のあとのけじめもつけていない。外国の言う無茶苦茶な「歴史認識」とは違って、日本人の誰もが知っている歴史を国としても清算していない(清算した結果が「日本国憲法」だというなら納得できるが)。清算はお金の問題ではない。進駐軍から受けた社会の改変でもない。戦後の政治家が「これからは新しいこんな国を作るんだ」と叫んでいた希望があっという間に消えている。挙句の果てにはそんな時代の直前に帰りたいと言う人がいる、日本人の言葉とは思えない。

「日本を攻撃したら七代祟る」というぐらいの気概がないと憲法が笑う。戦力以外に国を守る有効な形はないのだろうか。毎年毎年、この日を契機に考える。若い世代には語れる範囲で伝えている。

そんなことを知っている世代がだんだん消える頃、「戦争」を知らない人がいいように「戦争」を解釈してる。「戦争をせずに国を守る」これを実践している国や「大国に頼らない自衛の国」を、得意の議員視察で視察するべきだな。これは現実的でない、青い考えだと言われるだろうが。

「日本の技術で原爆を持つこと、戦争を行える国になること」。本当にそれでいいのか、それが大人の考えなのか。私たちは「戦争の現実」を生き証人がいるうちに十分聞いておいた方がいい。

# by zoofox | 2019-03-10 06:01 | 考えること | Comments(0)

エドの新しい試み

エド・スタフォードの新しい試み「大脱出!サバイバル・レース」が3月7日から放映されている。第一話は録画してあるのでこれから見よう。ここのところまたディスカバリーチャンネルで、エドの過去作品(無人島生活、秘境生活、遭難サバイバル)を放送していた。何かテレビ好きの私がテレビの番組作りに飽きている時に、この番組を見ると”カツ”を入れてくれる気がする。テレビ番組自体の手作り感に惹かれるのかもしれない。自然とエドの映像としゃべりだけで「エドの世界」に見るものを引き込む。地上波ではグーグル・アースで探した「人里離れた所にある一軒家」を訪問する番組も好きだ。ほんのちょっとどこかが共通している。

これから、第一話を見る。今までは「いきなり現場で起こること」にドキュメントらしく焦点が絞られて、エド自身の背景にはほとんど触れていない。今回は積極的に触れている「海兵隊になれなかった悔しさ」が、元海兵隊員との競争の動機にあるようだ。ジャングルの専門家とサバイバルの専門家の意地を見せて対決するらしい。マングローブの林に苦労しながら、「競争ではなくこの状況を楽しまなくちゃ」と悟っている。これからの番組展開が楽しみだ。今回は「山刀」を持っている。遭難サバイバルは2017年と書いてあったから、案外この番組は新しいのかもしれない。

※第一回目の「ボルネオ編」を見た。「生き延びるだけの挑戦はもう終わりだ。自分の限界を知るための挑戦を行いたい」という開始宣言から始まる。アルド・ケインという元海兵隊出身者とボルネオ島での「競争」が主になる。二人は友人と言うことだ。マングローブの林を抜け密林を走る。(これ、前に見たよな)と思える光景だ。一話45分というのはいかにも短い。それが二人になると、サバイバルのテクニックもジャングルの暮らし方も舌足らずに見える。二人を主人公にしただけでも面白いドキュメンタリー番組が成り立つのに惜しいことだ。私は「冒険家エド」の自然の中での工夫や知識、技術を面白く見ているのに、現実社会の「競争」を持ち込んでも楽しくない。

この人の番組がこれでもう種切れなのか、工夫次第で面白くなるのか何時も心配してみている。最初にテレビで見た「無人島生活」の60日が最高の出来だったと思える。エド自身はいつも真剣に生き残りを考えている。その試行錯誤がいろいろと考えさせてくれる。その部分を端折ってはいけないと思う。

# by zoofox | 2019-03-09 05:38 | テレビの話 | Comments(0)

自分の終わりの時

「公立福生病院」で人工透析をやめる選択肢を選んで、44歳の患者が亡くなったニュースを目にしてから、何か心がざわざわする。病との闘いの前に自分との闘いが厳然としてあり、昨今議論されなくなった「安楽死」の選択も消えていた訳ではないことを知ったからだろう。これはほんの序の口だ。私は時間をかけて自分の問題を考えていく。望遠レンズの圧縮効果のように、随分先にあると思っていたものが、案外近くにあるんだなと気がつく。私の永遠のテーマだ。ここで急いで結論を出すことはしない。でも、何時か考えなければならないんだな。

これを見つめるのに疲れて、政治やとんでもないことをする外国のことに興味を集中してきた。もう一度、自分の道に戻るべきだな。何故生まれたのか、何をするべきか、けして解けない問題だ。正解などないと思う。糖尿病を乗り切ったように、少しでもずり落ちていく自分を引き留めたい。それは何のためか。考えることはまだまだ沢山あるな。

# by zoofox | 2019-03-08 08:32 | 自分のこと | Comments(0)

働き盛りの懐具合

FNNのテレビニュースで、「30~40代の貯蓄ゼロが2割強、半分以下の人が50万円以下」という内容を放送していた。(どんな顔をして高給取りのアナウンサーが伝えるのだろう)と顔を見守っていたが、平静だった。仕事の後どこかによる「フラリーマン」が一月に使う小遣いは一万円ちょっとという項目もあった。「全体傾向としてこの年齢層では貯蓄が減っている」、「働き方改革により時間とお金の使い方が変わってきた」と言いたいらしい。

テレビ局も大したものだ自前でアンケート調査をしたんだと思っていた。今朝、WEBニュースを見ていると、同じニュースがあった。(どこの調査かな)と注意してみると「SMBCコンシューマーフ○○〇」と見える。これ「P」という消費者金融の会社だった。調査のコメントが何かおかしいなとは思った。「フラリーマン」という造語を使いながら、中年貧乏の内容を社会情勢と合わせて分析した形跡がない。「働き方改革」が原因だとも言い切っていない。結果検討のない調査はいかようにも使われる。

私の周りの狭い範囲でも「40歳ぐらいで貯蓄50万円以下」という人はまずいない。なけなしの頭金を払って住宅のローンを返済している人がほとんどだ。ローンはあっても別に貯蓄はしている。・・・まあ一種のフェイクニュースだな。と私は思ってしまう。嫌な性格。

# by zoofox | 2019-03-08 05:20 | ニュース | Comments(0)