独りの戯言


by zoofox

プロフィールを見る
画像一覧

カテゴリ

全体
気になること
政治って
車の話
テレビの話
自分のこと
戦争
映画を見て
思い出
子供について
詩文
若い日
カメラ
未分類

以前の記事

2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月

お気に入りブログ

生きる。撮る。

最新のコメント

おはようございます。 ..
by zoofox at 09:35
おはようございます。そう..
by memmon at 06:55
> memmonさん ..
by zoofox at 22:34
こんばんは。 あれ? ..
by memmon at 19:33
> memmonさん ..
by zoofox at 09:35
おはようございます。眠れ..
by memmon at 07:43
> memmonさん ..
by zoofox at 16:14
おはようございます。 ..
by memmon at 09:55
まあ、南も北もマンション..
by zoofox at 15:42
私も同じ考えです。 ..
by memmon at 10:15

メモ帳

最新のトラックバック

venuscozy.com
from venuscozy.com
http://while..
from http://whileli..
http://while..
from http://whileli..
http://www.v..
from http://www.val..

ライフログ

検索

その他のジャンル

ブログパーツ

最新の記事

祈る姿
at 2017-11-21 21:28
バイオリズム
at 2017-11-20 21:21
何時ものこと
at 2017-11-20 10:32
事務能力低下?
at 2017-11-20 00:13
レオン(完全版)
at 2017-11-18 23:07
午後9時のメール
at 2017-11-17 22:02
煙突の煙
at 2017-11-17 10:01
相撲の話
at 2017-11-16 22:34
capable
at 2017-11-16 09:15
私はホルモンが食えない
at 2017-11-15 22:52
ビール瓶事件
at 2017-11-15 09:44
CS307
at 2017-11-14 22:24
体重は減りつつある
at 2017-11-14 08:57
パソコンが壊れる時
at 2017-11-13 22:42
ベンツBクラス
at 2017-11-13 10:30
オリンパスペンEEDその後
at 2017-11-12 22:39
昔も今も
at 2017-11-12 09:28
シボレー・カマロ
at 2017-11-11 19:12
不動産
at 2017-11-11 08:09
迷い道
at 2017-11-10 23:01

外部リンク

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

シニアライフ
カメラ

画像一覧

<   2017年 07月 ( 56 )   > この月の画像一覧

メダルって

ブダペストの世界水泳が終わった。年がら年中どこかで世界大会が行われている。そのたびに、「日本は幾つメダルを取りました」と、金メダルが取れないと、メダルの数が大きなニュースになる。何百何千という競技者の中で、世界大会なら、5位でも10位でも、「世界で5番目、10番目の選手」というもの凄く立派なことを成し遂げたのに、メダルが取れないと負けたような評価だ。

自分たちが努力してきたように、世界中の選手がいろいろな手段で自分を鍛えている。王や長島や清宮君が人を惹き付けるのは、「ここで打ってくれ」という観客の期待に巧みに応えてきたからだ。それでも10打席で3回ヒットが打てれば大打者と呼ばれる。
野球は長丁場だが、オリンピックのような大会競技は一回勝負だ。国内で選抜されて代表選手になるだけでも大変なことだと思う。

「東京オリンピック」という言葉を聞くと、何時も「円谷幸吉選手」を思い出す。メダルを取って貰うのは嬉しいけれど、「メダルを取らないと意味がない」という応援の仕方はしたくないな。

私は「人生競技」でいうと何番目なんだろうな。当然メダルなんて見えない。仮に日本で一億二千万の中で何番目なんだろう。「下流老人」に近づいているから、一億番目ぐらいかな。選手達も、勝負にはこだわって欲しいが、メダルにはこだわって欲しくない。メダルは最後の結果だ。それでもこだわるなら「金メダル」しかないだろう。

[PR]
by zoofox | 2017-07-31 08:16 | Comments(0)

ラジオ

何度も書いているので、またかと思われそうだが、仮住まいがしばらく続いている。母の使っていた部屋なので、TVコンセントもエアコンも一応付いている。この家は鉄骨の中に日本間を作っているので、ちゃんとサッシの内側に障子がある。何となく狭い。その6畳間に、箪笥から段ボールから衣装ケースの山ができており、その間に布団を敷いて寝ている。TVコンセントはあるが箪笥の陰で使えない。デロンギも荷物の下に顔を出している。扇風機を置く場所がない。CATCVにおまけのタブレットがあるから、上手く無線が拾えればTVも見られるふれこみだが、韓国製のタブレットはTVを見せてくれない。

そんな訳でラジオをよく聞いている。鉄骨の家では、風呂用の小型ラジオはなかなか電波を拾わないが、ソニーの通勤用の黒い小さなラジオは、AM、FM、TV音声がイヤフォンをアンテナにしてよく聞こえる。ラジカセはいまいち音が悪い。寝る時にこのラジオを聞きながら寝る。否応なしに1時間で切れるタイマーが付いている。

この電池が何だかすぐ減る気がする。単4を2本入れているのだが、気がつくとピピピと音がしてダウンしてしまう。単4電池は回復が遅いのだろうか。並べてウォークマンを置いているがこちらはUSB充電で、スイッチを切ったつもりでもいつの間にか点いている。音が良いからその気で音楽を聴くと耳を悪くするし、聴きながら寝てしまうと、夜中に五月蠅くて目が覚める。

毎日聴いているが残念なのは、プリセット式でFMの微妙な調節ができないのと、AMがアンテナ形式が違うから弱い。朝起きると必ずどこかに行方不明になっている。ラジオで聴くテレビというのも乙なものですよ。

[PR]
by zoofox | 2017-07-30 23:57 | Comments(0)

黒玉

昨夜は雨の中「隅田川の花火大会」だった。雨で順延、中止というのは、私の記憶では一度しかないが、湿気の多い時期であることは毎年だ。

また昔の話だが、別に昔が恋しい訳ではない。時々後ろを振り返りながら前進しているとお受け取りいただきたい。父が入院している頃、荒川放水路に架かる新四つ木橋の上で車の中からぼーっと見ていた記憶がある。その前は家を建て替える前のことだ、危なっかしい梯子で屋根に上がり、花火を見ていた記憶もある。今は建物の間からかすかに見える程度だが、当時はもっと高く、大きな花火だった気がする。光と音のズレも明快だった。

古い記憶だが、「三寸玉」に規制された、という話を聞いたことがある。玉が大きいと高い大きな花火になるが、花火の燃えかすが周囲の民家にも落ちる。これを「黒玉」と言っていた。長岡では三尺、四尺という大きな花火が有名だが。三寸というと直径約10cmだ。川幅と、びっしり建て込んだ建物を考えると仕方ないかもしれない。

隅田川に面する台東区と墨田区が交互に主催しているはずだ。町会から区役所まで動員され警戒に当たる。小さいと言っても側で見れば迫力はある。大きな玉を一度見ると、腹に響く爆発音と視界に対する角度が全く違う。でも楽しめればいいじゃないか。テレビ東京では毎年中継している。写真を盛んに撮っている時も、全体の進行や競技会や詳しいことは分からない。説明はテレビで、実物は目の前で、というのが一番贅沢だったかな。

年中行事というものは、繰り返すたびにだんだん面白くなくなる。「規制」ではなく新しい「趣向」が必要だろう。各橋に人が鈴なりになっても、まさか橋が落ちる訳ではあるまい。追い立てられて見るのも風情がない。

今朝の新聞にはお約束のように、写真が出ていた。水面と見物の舟がくっきり写って、その上は何発もの花火が重なっている。多重露光と長時間露光の組み合わせだ。これはデジタル画面で作るのか、レンズの下半分の操作で、上側の水面を長時間露光するのか、手作業だったらかなり難しいな。

[PR]
by zoofox | 2017-07-30 08:53 | Comments(0)

住処

本格的な家の取り壊しが始まっている。それに付随して我が家の敷地内に食い込んでいた隣の家との境界線を決める。親同士は何となく話が付いていたのだが、この際はっきりさせてしまいたい。登記簿謄本も公図もいい加減といえばいい加減だ。父は気に病んで敷地内にあった飛び地を登記所で何度も相談した。登記官は「間違い」を認めない。最終的には、書類上の金銭の動かない売買で決着を付けた筈だ。100年前から住んでいても土地は、売買の必要がなければきちんと測量しない。戦災の後、大部周辺から食い込まれている。そんなこんなで心が落ち着かない。

しゃくには障るが、僅か数平米のこと、地震や津波、北朝鮮の原爆ミサイルが落ちてくれば何の価値もない。「面倒くさいから、いっそ売っちゃえば良かったね」と同居人はいう。そんな決心ができれば、今頃は2DKか3DKのマンションにそれぞれ住んでいる。まあ、都会に住む農耕民族の末裔は先祖伝来の土地にしがみつく。日本名を名乗る外国人の人たちは、期を見るとさっさと売り払ってしまう。混乱を乗り越えてきた人は、土地に執着がない。(この違いは何だろう)と考える時がある。

生きている間の泡沫の住処だ。死ぬ時は何も持って行けないのに。しかも私は残す人もいない。そんなことは百も承知だが、腹の立つ時は腹が立つ。なんかこんなことあまり考えたくないな。

[PR]
by zoofox | 2017-07-29 14:08 | Comments(0)

カシミール地方

パキスタンの元首相の独占インタビューがあった。新聞では一面のトップだが、他の新聞もTVにも出てこなかった。本当に「独占」だったのだろう。「02年頃の印パ紛争の時、両国とも原爆を使う用意をしていた」というニュースだ。地下核実験が行われ、ミサイルに搭載できる直前の技術を持っていたらしい。当時ニュースで耳にした記憶はある。北朝鮮が実験を繰り返す最中に聞くと衝撃的なニュースだ。決断の直前で止めたのは、両国の大人の判断があったらしい。利害得失を考えた時に割が合わないということだろう。インドは先制攻撃はしないという方針で、パキスタンにはそれはなかった。パキスタンが先制攻撃をした時の報復攻撃の予想が、原爆使用の抑止力になったと語っている。当時でも原爆を競争で開発しても、「使えない武器」という認識はあった。

「核不拡散条約」が締結され発効したのは、1970年3月5日だ。この条約は変な条約だ。既得権として、英、米、仏、露、中の5カ国は核を保有できるが、拡散してはいけない。一種の不平等条約だ。条約に加盟していない、インド、パキスタン、イスラエル、南スーダンは条約とは別に「公式」な核保有国だ。(外務省HPから)。北朝鮮は加盟し脱退を表明し、最終的には脱退している。筋からいえば「核兵器禁止条約」で、いかなる国の核兵器も開発も中止するのが当然だ。日本は唯一の被爆国として世界に向かって、原爆の禁止を叫ぶべきなのに、禁止には何時も反対か棄権だ。イラクやイランはいつでも核兵器を持てる態勢にある。日本はプルトニウムを山ほど持っていて、いつでも核大国になる(あるいはなっているのか)準備がある。

世界中で日本が核兵器を持っていないと、信じている国はあるのかな。核の平和利用も「兵器」から生まれた副産物だ。これだけは日本が先頭に立って、兵器も平和利用も、両方の危険性について、世界中を説得しなきゃいけないんじゃないのかな。もう「抑止力」など過去の遺物だ。第三次世界大戦が起きて、核兵器や生物兵器が使われれば、本当に人類と地球は全滅するか、なくなってしまうかもしれない。

[PR]
by zoofox | 2017-07-27 23:19 | Comments(0)

電子辞書

カシオの「EXword」という電子辞書を持っている。もう何年も前に買って使わずにおいたものだ。自分の記憶に自信がないから、手元に辞書は何冊か置いていた。仮住まいの生活で辞書を使うこともないだろうと、荷物の底に入れてある。そこで、このタイミングでの登場だ。仕事で文章を書く時、辞書は欠かせない。当時は、「明解国語辞典」と「シャープの白黒の辞書」を使っていたと思う。パソコンの日本語変換は信用できない。Aiといっても、使用頻度の高いものが前に出てくるだけだ。だから打ち間違いが多い。

社内文書や公用文に突然、変なカタカナが混じることがある。私は大嫌いで極力日本を使うが、一応元になった、英語やフランス語の意味も知らなければ安心できない。会議で「えーと、レジメにある通り・・・」と初めて聞いた時、なんだこれはと思った。調べたら「レジュメ」の日本語化だった。政治家も意味を紛らす時によく使う、同じ綴りの「戦後レジュームからの脱却」という言葉もあった。あの人は英語の「resume」という単語の本当の意味を知っていたのだろうか。日本語訳すると意味が通じない。resumeまでは「戦後をすべてひっくり返して、再出発する」という意味が一番近い。「その前の軍国主義に返る」という意味にもなる。問題は『そこから脱却する』というと、その後の政策と全く逆の意味になる。パソコンのレジュームは前からあったけれど・・・。

ただの国語辞典だと思っていたら、まあ沢山機能が入っている。簡単な各国語の会話も音声付きで出てくる。百科事典の機能もある。問題は「検索」だ。何か特別の言葉や漢字を探すには良いが、辞書や辞典の楽しみは、「漫然と読む」ことにもある。それができない。自分の頭の中から引っ張り出した言葉の確認にしか使えない。

祖母も母も、百科事典や世界地図帳を、天眼鏡で拡大して見ているのが好きだった。今の私の年より10歳以上高齢になった頃の話だ。日当たりの良い自分の場所で、時々居眠りしながら私に買ってこさせた、5冊組の百科事典を読んでいる祖母の姿を思い出す。母は傍らに世界地図を広げて、テレビに出てくる地名を確認していた。おまけに私の高校時代の世界史年表も側に置いていた。80歳を幾つも超えて、知らないことを調べようとする意欲はどこから来ていたのだろう。

最近とんと手紙を書かない。書く時もパソコンで書いて印刷してしまう。味気ないものだ。仕事に就いて10年ほどは、得意先に何かにつけてハガキや手紙を書いていた。その後は一気にメールになってしまった。「アナログからデジタルへ」という変化とも違う。だんだん人間の行うことが手軽に簡単になっている。「結果が同じなら良いじゃないか」ご説ご尤もだが、私は「過程」も大切にしたいな。

[PR]
by zoofox | 2017-07-27 09:41 | Comments(0)

今欲しいもの

私は欲張りではない。必要なものが必要な分の半分もあれば満足できる。どっちみち、長生きできるとは思っていない。今一番欲しいのは、固めのベットと毛足の短い絨毯、ソファーと、小さな白木の机と椅子があれば、当面は満足できる。服装は長袖の白い綿シャツと、ジーパンでいい。つい最近まで、大部古びてはいたが、持っていたものばかりだ。書きやすいノートとボールペンもあったらいい。考えることの切り替えが速すぎて、自分でもついて行けない。メモは大切だ。ごろりと横になって、本をゆっくり読みたい。今の仮住まいには、そんな空間はない。

学生の頃から使っていた机もベッドも、みんなゴミになった。ソファーはその10年も前に壊して捨てた。キャメル色の絨毯は考えた末に捨てた。たばこも焦げ後を歯ブラシでこすると、綺麗になった。幾つそんな掃除をしただろう。(こんなものもう買えないな)と思ったが、捨てた(これは失敗したかなと思っている)。

自分のための空間は、ビジネスホテルのシングル程度で十分だ。熱交換式の換気システムは是非欲しかったが、たばこを吸わなくなって高いシステムも必要なくなった。ものが多いだけで、生活自体はシンプルだ。好きな時にごろりとなれるのは、年寄りには必需の空間だ。今の「布団部屋」では、ごろりとなったらそのま寝てしまう。

[PR]
by zoofox | 2017-07-27 00:07 | Comments(0)

驟雨

こんな言葉は久しぶりに使った。「車軸を流すような雨」と云う表眼は未だに意味が分からない。(出典は「源平盛衰記」の「車軸を下す」だという=広辞苑)

朝6時前、(何か音がするな)と起き出して玄関を開けた。新聞屋さんを待ついつもの席だ。目の前の道路を雨粒が打っている。ニュースでよく見た豪雨だ。空中に舞い上がった水で周辺が曇って見える。車が通ると帯になった水が勢いよくまき散らされる。道路面にうっすらと水が溜まり始めたと見えたら、雨が一段落する。まあ、水はけの良いこと。大地にしみこんで樹木を育てるはずの天の恵みが、下水に吸い込まれる。

目の前の道路の向こう側半分は、昭和30年頃までは川だった。家の前は四つ辻だったから、川には太鼓橋が架かり、馬車が千葉方面からの荷物を運んでいた。大きな馬が馬糞を落としながら道を歩く風景を覚えている。白目をむいて息を切らせて荷物を運ぶ馬は巨大に見えた。あの頃私は幾つだったのだろう。

昭和30年代の初頭までは、台風が来るとよく水が出た。床下浸水は何回もあった。私の座る場所から左前に見えるマンホールは、ウォーターハンマー現象とでも云うのか、そんなときには蓋が何メートルも吹っ飛んだ。堤防が整備され、家の前の川は車が通れるほどの暗渠になった。そしてその上に道路が広がった。大雨が降っても水が出たことはもうなくなった。

そんなことをぼんやり考えながら、道を見ている。玄関前は大工に頼んで、ポリカーボネートの薄い茶色の出屋根を付けてある。アールが上手く計算してあるのか、大きな雨粒が当たっても五月蠅くない。最近はトタンやナメコ板を使わずに、この手の製品がカタログになっている。結局、短時間で雨はやんだ。「夕立」ならぬ「朝立」だ。埃が洗い流され空気が綺麗になったような気がする。

さあ、今日は何をするかな。BSやCSのTVは時々「タイムマシン」のような気がする。私の頭の中にも小さなタイムマシンがあるようだ。

[PR]
by zoofox | 2017-07-26 09:41 | Comments(0)

正直なところ

暑さが一段落したと思ったら、違うことでストレスが溜まった。
閉会中の「予算委員会の審査」というものが衆議院と参議院で開かれた。5時間ずつの質疑応答だ。昨日の冒頭、安倍総理は「私の説明不足で迷惑をかけた、丁寧な説明をする(意訳)」という、挨拶ともお詫びとも取れる言葉で始まった。(大部心を入れ替えて、辞任声明もあるのかな)と期待していた。

得意の「印象操作」とか「レッテル貼り」という言葉こそ出なかったが、こんな本音を吐露するはずの答弁も、相変わらず書かれた原稿に目を落として読んでいることが多かった。「事前通告がないから答えられない」というのは、細かい数字や出来事ならそう言えるかもしれないが、本来委員会は、ガチンコ勝負の場所である。質問を事前に出して貰ってそれに対する答案を書いて(自分で書く訳ではないだろう)、読む。これなら金のかかる会議を開かなくて、質問状と解答書で済む。官僚がじっくり書いた回答はそれなりにまとまっているだろうから、それを土台に議論すればいい。審査の内容は通常国会でも散々質疑のあった事項で、その説明が足りないから今回審査を開いた。だから、質問通告など必要ない。全部自分の考えで、口頭ですぐ答えられる範囲のことだ。

宣言と異なり、真摯な説明と議論が何処にもない、すれ違いと時間稼ぎの回答の重複だけが目立った。不思議な会議だった。まあ、いつもと同じだ。見なければ良かった。麻生さんの態度が邪魔だった。国有地払い下げの時だけ財務大臣として出てくればいいのに、居眠りしてにやにやしている姿が、総理とコンビで映ると、総理の立場が余計軽く感じた。安倍さんの不思議なところは、質疑の中で多少修正したりニュアンスが変わったことが、次の質問者になると反映されない。これは以前から感じていた。回答が先に書かれているから修正のしようがないんだな。

中途半端なアリバイ作りの繰り返しはもう飽きた。今の時代は現物の「金」と「情報」が同等の価値を持つ。贈収賄の中に「情報の贈収」も含めないと、地位利用の証拠能力が弱い。情報提供、機密漏洩、便宜供与などは、出した方と受けた方の話を聞かないと証明は難しいだろうな。やっぱり証人喚問が必要だな。でも「記憶にない」は禁句にしなくちゃ。

[PR]
by zoofox | 2017-07-25 22:43 | Comments(0)

人を殺す

私は暇人だから、最近では、大工がのろのろしているのに腹を立てていない時は、インターネット(スマホは持っていない)に入り浸っているか、写真機を持ってまちをふらふらしているか、新しい料理を研究するか、テレビで将棋かアクション映画を見ている。まだ、荷物で一杯になった家の中を整理する気力は出てこない。長距離ドライブも控えている。

テレビは最大の教育機器だ。今更教育されることもないが、人が人を殺したり殺されるシーンが最近は、イラク戦争以降、実にリアルだ。「人種配分」に考慮していない頃の西部劇だけは、撃ち合いの場面があっても安心してみられる。日本の時代劇と同じで、9割方正義(白人にとっての正義だが)が必ず勝つ。ピースメーカーとウインチェスターの打ち合いも、大体、一発当たれば死んでしまう。肩を撃たれれば、まあ、一週間で現役復帰だ。

最近のアメリカ、イギリス製のアクションは、政治のプロパガンダのように見える。味方の命は自分の命を捨てるほど、一生懸命守るが、敵の命はいとも簡単に取る。喉を切り裂いたり、頭にとどめを刺す。スワットやシールズには殺人に対する「禁忌」がない。まるで機械のようだ。私から見れば、小口径ライフルといえども、フルオートで乱射することなど考えられない(これはベトナム戦争以降「突撃銃」の概念が変わったためだ)。戦争の現場では、いつも残りの弾数を頭に入れて置かないと生死に直結する。

まして、拳銃の連射など考えられない。9mm弾を4セット(銃にもよるが50発から60発)、銃そのものが1Kg以上ある。そんなものを気楽に背中に差し込んだり、ポケットに入れて持ち運んだり乱闘したりできる訳がない(日本人の体格では)。そんな映画を見ながら嘘と現実に近い部分を見ている。サイレンサー(消音器)もお馴染みだが、これは合法ではない。音のしない拳銃は何処でも人を殺せる。

エンターテイメントなんだから、と気を許して見ていると、教育効果で短絡的に人を殺すことの罪悪感が薄れていく。オジサンにしてこれだから、もっと若い魂は染まりやすい。いい道具を持ったら反射的に使いたくなるかもしれない。人を沢山殺した人が誉められるなんてことがあってはいけない。そんなPTSDを主題にした映画もある。

自分の頭にベレッタの銃口を突きつけられたら、どんな気持ちがするだろう。映画の中でもせめて「簡単」に人を殺さないで欲しい。狩りじゃないんだから、とどめを刺はささないで欲しい。面白ければ面白いほど猛毒がある。

昨日、トム・ハンクスの「プライベート・ライアン」を見ていた。改めていい役者がそろっていると思う。もう何回見たか分からない。一人の青年を国に帰すために、何人もの人が死ぬ。人と人の殺し合いは、作られた画面の中だけにして欲しい。普通の人が他人を殺すというのはもの凄く大変なことだ。私は、殺したくも殺されたくもない。

戦争反対。

[PR]
by zoofox | 2017-07-25 09:03 | Comments(0)