独りの戯言


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オレばっかり虐めなくてもいいじゃないか

申し訳ありませんが、詳しいことは書きません。来週から来月の中旬まで、また、忙しい日々が続きます。このブログも途切れると思います。思わせぶりなタイトルですが、ご勘弁ください。今の心境です。他人様から見れば良くあることですが、自分にとっては案外きついことです。

非常時に選挙を行おうが、政党助成金が膨らもうが、今は興味がなくなっちゃいました。

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by zoofox | 2017-09-22 23:42 | Comments(0)

個人情報を

書かなくても差し障りがない、個人情報の最たるものの一つの「身体の情報」を、こんなに開けっぴろげに書いても良いのかな、と思う。でも書いちゃったのだから仕方ない。本当に危機感を持っていれば、黙って削除するだろう。「自虐的」とでも言うのか、もっと長い単語だったような気もする。私はある意味「何時死んでもいい」と考えている部分がある。例えば、軽く書いているが、原チャリで国道を車に混じって走るのは、自殺に近いところがある。(痛いだろうな)とは思うが恐いとは思わない。理解されにくいが、そんな気持ちがあるから「いい加減に死にたくない」と思う。特に病気の兆候があれば、直ちにスクランブルがかかる。そんな自分を後押しするために、個人情報を出しているのかもしれない。

二階さんが言うとおり、北朝鮮も獣医学校も公有地の格安払い下げも、私の場合は、血液検査の数字一つで吹っ飛んでしまった。今日から明日にかけて、アラートが鳴り続けている。人間って複雑だし、平気で反対のことをいう。まだ、知らなければいけないことが沢山ある。

この件に関して突然削除したら、ごめんなさい。と先に言っておきます。



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by zoofox | 2017-09-20 22:54 | Comments(0)

病院にて

今日は二た月に一度の通院日だ。半袖では寒い。風よけのジャンパーを羽織る。最近は暑かったり寒かったり、雨が降ると、バイクか車か迷う。車は楽だが駐車料が高い。駐車場が空いていなければ、予約時間に間に合わない。結局バイクが一番都合が良い。首からデジカメを提げて出発した。8時15分、すぐぱらぱらと雨が降ってきた。降ったりやんだり。湯島天神を左折してちょっと左側に止まる。この辺りは会社からふらふらと酔いながら、上野まで歩く途中の道だ。坂の途中の細い道を突っ切っていくと、まだ懐かしい店がある。木造の裏道も小さなビルで埋まっている。ここも横町の多い町だった。通勤する人が多い。

病院には40分過ぎに着いた。受付で予約してある内科と皮膚科の申し込みをする。この病院に通い始めて、30年以上になる。最近経営が変わって昔のおっとりとした雰囲気が薄れつつある。採血の順番が変わっている。二た月に一度だから、こちらは知らない。看護師も採血する人もどんどん変わる。今後も少しずつ年取って、こんな遠くまで通うには限度がある。主治医が定年になったら、近くの病院にしようと考えている。

血圧から糖尿に比重が変わり、今日はクレアチニンの値が高い。(そろそろ片腎が弱ってきたかな)と少し悲しくなる。医師に「この病院は腎臓の先生まだT大からきているの」と聞いてみた。以前は泌尿器外科だったが今度は内科だ。来ているそうだ。受付で予約を入れると、明日か、二ヶ月後という返事だ。やれやれ明日また来なくてはいけない。(長生きできそうもないな)とすこし気落ちする。

スカイツリーの下のラーメン屋で、ラーメン餃子を食べようと思ったが、曲がる道を間違えた。商店街で餃子と丸いボールのようなコロッケと、厚揚げを一枚買って帰る。家では昼食は終わっていた。朝食を抜いているので、気を遣わずに食べた。

腹が空いているので、スズキの販売店には寄れなかった。スバルは水曜日は休みだ。同居人は「ふーん、私の腎臓やっても良いよ」と言うが、移植年齢をとっくに過ぎている。「まあ、人工透析でも随分生きられるからね」。と追い打ちだが、本当のことだから気にもしない。「車買っちゃえば」と珍しいことを言う。でも、人工透析はずっと先の話だと思う。可能性の一つだ。詳しくは診察を受けてから。内科の先生は少し高い数字にあまり心配していなかった。糖尿と血圧は落ち着いている。

これも一つの日常です。

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by zoofox | 2017-09-20 16:32 | Comments(0)

自分でイイネを押してみた

人様のブログを見せていただくと、色々な工夫がされていて、写真と文章の配置もまるで雑誌を見るように考えてある。また驚くほど「イイネ」の数が多い。凄いなと素直に思う。
私のブログは面白くない、字ばかりだし、内容も楽しめるようなものではない。一日においでになる人数もほぼ決まっている。「う~ん」と考えて、自分で自分のブログにイイネを押してみた。どうなるかと思っていたら、ちゃんと1と数字が変わる。でも数字をクリックすると誰が押したか書いてある。(そういう仕組みか・・)不覚ながら初めて知った。もう一度押すと取り消しができる。うまくできてるな。

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by zoofox | 2017-09-19 22:31 | Comments(0)

柔らかい心(独り言)

取るに足らないちょっとしたことから連想した言葉だ。抽象的な私の頭の中の思考の反芻だ。例の独り言の部類に入る。「優しさ」とか「他人を思いやる」こと、ともぴたりと一致しない。「心の柔軟さ」と文字で書けば簡単だ。それはどんなことなのか、文章にするのは難しい。ずっと考えている。「思慮」、「分別」にも似ている。ただ感じるのは、(最近、自分の心が硬くなったな)という印象だけだ。そう、「優柔不断」に似ている。優柔不断の反対に位置する感覚だ。心が成長したのか年取ったのか、物事や他人のすることが細かく見える(と思ってしまう)。そうだ、尺度の問題だ。自分の心の尺度に合わないものを、極力排除しようとする。「自分の尺度」とは自分の「経験」に根ざしている。他人と共有することは難しい。

頑固に似ている。今、正しいことが将来も正しいとは言い切れないのに、私は、今「これは不正義だ」と心にインプットすると、検証して変更するのに時間がかかる。(どうでもいいや)の部分が極めて少なくなっている。情報が少なくて古いだけ、結論が早くなる。

ちょっと文字に変えて考えてみれば納得がいく。「優柔不断」は悪ではない。情報の通り道が広くて選択に時間がかかるだけだ。硬い心はその反対だ。弾力性がなくなってきている。「良いものは良い、悪いものは悪い」と一瞬で判断するのは、ある意味危険だ。

深い意味はありません。今日、ある人と話をして少し相手を責めました。(あれで良かったのかな)と自問しています。同居人には、「はっきり言いすぎだよ」とたしなめられました。私は、曖昧な部分を整理したかっただけなのに。別に人間関係を壊すようなことは言っていない、と思っています。

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by zoofox | 2017-09-19 16:35 | Comments(0)

朝の習慣

別に惚けてきたわけでもないだろうが、同じことの近辺のことを何回も書くことがある。ごく近場の引っ越しで、母の部屋に居着いてから3ヶ月になる。夏場の朝は、障子越しの朝日が暑くて明るくて、すぐ階下に降りる。何故か私が朝飯を作る習慣ができた。私が台所に立っている間に、同居人が起きてきて外回りを掃除している。汚い話だが、休日には決まって前の晩にブロックの側にゲロを吐く奴がいる。ゲロを吐くのは酒の飲み方を知らない若者の特権だったが、今はそうでもないらしい。側の居酒屋には若者は行かない。

角地だから面積に比べて周囲が長い。母がずっと朝の掃除をしてきた。その前は父だ。そんな風に習慣は受け継がれていく。面倒になればコンクリで固めてしまえばいいのだが、まだ緑が恋しい。落ち葉の時期はまた大変だ。

食事の後、10分ほど玄関前の椅子に腰掛けて、ぼーっと前の交差点を歩く人を見ている。色々な発見がある。休み明けの今日は、小学生の出足が若干遅い。一年生が、大きなランドセルと荷物を一杯抱えて小走りに歩く姿は、何度見ても飽きない。背の小さな子はフェンスの格子の下から私を見て、不思議そうな顔をして行く。私としては、黄色い小旗の父兄と同様に、事故が起こらないように、起きたらいつでも救助できるように待機しているつもりなのだが。

天候にも敏感になった。日の光、風、音、季節は少しずつ確かに動いている。一番分かるのは樹木の変化だ。5月の若葉が、しっかりした葉になり、日陰を作り、もうすぐ役目を終えて散っていくのだろう。夾竹桃が盛りを過ぎている。舗道に大きくせり出した枝をそのうち伐らなければなるまい。一仕事だ。チェーンソーを使えばほんの一時の仕事だ。高い脚立を立ててチェーンソーを使っていると、不思議そうに見ていく人が多い。毎年、伐っても伐っても生えてくる生命力の強い木(草)だ。

今日は東の雲が厚い。

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by zoofox | 2017-09-19 08:55 | Comments(0)

雨の中の飲み会

少し時間が経ちましたが、土曜の夜の話です。私は月に一度しか酒を飲まないので、ビールで通しました。中ジョッキで6杯飲んだか7杯飲んだか覚えていません。最近、酒に酔わなくなりました。何時もの店は閑散としています。注文を受けるお姉さんが、「このじいさん達よく飲むな」と思っていたでしょう。一人帰って店を変えました。鹿児島料理の店です。鹿児島は馬の産地ということで、色々な部位の馬の刺身と、麦焼酎(好きな芋焼酎がなかったので)のお湯割りに変えました。みんな美味しかった。

私が、「車検が終わった」と言うと、「車で旅行しようよ」という話になりました。行く先は、北海道と九州の二つに分かれました。何時もは聞き役のIさんが積極的です、「オレが車出すから」と言い出します。みんな仕事で、ビジネスホテルを泊まり歩いた経験があります。宿の予約なしの旅でも気にしません。私は運転ができれば行き先はどこでもいいんです。

仕事人生でも後半は、社内旅行を企画しても参加者がだんだん減って、最後には止めてしまいました。旅行会が食事会になってしまいました。正規職員が契約社員とパート職員にだんだん替わって、参加者が減ったのでしょう。

私は温泉より、高速を走っている方が好きです。大洗からでもいいし、新潟からフェリーでもいい。気心が知れた東名を西に行っても良い。交代の運転手がいるのは心強いことです。長距離運転は「魔の時間」があります。どうしても瞼が重くなって来る時間があります。みんな自分の土地勘があるところに行きたがります。私は2泊ぐらいだったら、紅葉の中央アルプスが良いな。一週間なら、北海道の峠は雪の心配がありますから、九州の海沿いや、四国の海沿いも道が細くて、運転には面白い。結局、Iさんが計画を立てることになりました。でも、次に会うときまで覚えているかな。随分飲んでいたから。

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by zoofox | 2017-09-18 23:36 | Comments(0)

台風一過

昨日は寒かった。今朝は庭も玄関も色々なものが倒れている。隣のマンションのペットボトルを入れる緑色の網が、そっくり庭のフェンスに引っかかっている。やはり居住者は外国人が多いらしい。飲み物の入れ物で分かる。このマンションを建てた関西の会社は、バブル崩壊とともに倒産した。儲けたのは土地を売って出て行った外国人だけだ。

なんて皮肉はいい加減にして、昨夜は「ギアナ高地」の番組を録画しておいた。今朝、カレイの煮付けを作りながら、録画を見ると細かい台風の情報がひっきりなしに出てくる。それも、九州・四国の情報だ。テレビのニュース速報は(ああ、あのときの番組か)と懐かしがる利点はあるが、録画前提だと番組の内容が大いに損なわれてしまう。映画に出てくる速報も同様だ。地デジのニュース番組やバラエティなら気にもしないが、腰を据えて「鑑賞」してもらうのを目的の番組では止めて欲しい。何でも均一、というのはいい発想だとは思えない。

いつの間にか噂がホントに代わる。衆議院が解散総選挙をするという。解散権限者が日本にいない間に着々と準備をしていたらしい。北朝鮮問題、民進党の自然分裂、これはいいチャンスだと思ったに違いない。でも、主権者は何時も馬鹿じゃないと思うが。でもまた「やるやる詐欺」に引っかかるのかな。選挙速報の上と左の帯は、画面を狭めてしまう。各局が横並びでやらなくてもいいだろうに、と何時も思っている。そのためにNHKは高い金を取っているんじゃないの。少しは「返礼」があってもいいんじゃないのかな。まあ、「支局」の多いこと。この人達が若くてもものすごい高給取りだと思うと、腹は立つよね。視聴料が内部留保になっているんだから、補助金はばっさり削らないとね。

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by zoofox | 2017-09-18 09:01 | Comments(4)

終活

「終活」って何時からあった言葉だろうと思ったら、平成21年に週刊朝日が創り出したそうだ。私は何をしていたか、私にとっても大きな節目の年だ。どちらかといえば、私の終活はこんな言葉が流行るずっと前にあった。毎度出てくるが、私はここで一度人生が、大きな方向に曲がったのだから仕方あるまい。癌の手術の入院準備をしながら、母親にははっきり言えないし、一人で悶々とはしなかったが、一応残したくないものの整理をした。「遺書」も書いた。腎臓の癌も種類と部位で分けられる。その一番なりたくない部位に癌があると診断されて、一月半ほどの間に覚悟は決めた。当時は5年生存率5%と言われていた。これでは呑気な私も考える。あのときの「入院準備」が本当の終活で、その後は単なる身辺整理だ。

それにしても、好きになれない言葉だ。自分が死んだ後は綺麗にしておきたいが、私は自分の人生は自分だけのものでないと知った。「物」については、今回の引っ越しで、半分は済んだ。衣類は着るまでは、タグをつけて袋に入れたままにしておく。もらう方の気持ちも考える。金の仏像も高価な絵画もないから心配はない。土地家屋も法定相続の居住用財産なら評価は低い。墓と仏壇はどうするか、兄弟姉妹がどう考えているかだ。私は田舎の墓に入る。墓参りに行ったら、方丈さんと相談してみよう。

一番大きな迷いは、ブログには書けない。時期が来れば最後は何とかなる。医療制度や年金問題は、私たちの年代が節目を迎える毎に厳しくなる。それさえなければ、私の終活など簡単なものなのだがな。

奥歯にものが挟まっている。ずっと挟まったままなんだろうな。

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by zoofox | 2017-09-17 23:06 | Comments(0)

学級委員

別に自慢ではない。小学校の高学年はずっと学級委員をしていた。毎年なのか、毎学期はじめなのかはっきり記憶していないが、選挙がある。まず、先生が立候補者を募る。ここで手を上げる子供はいない。そこで紙を配って投票となる。前の男女二人の学級委員がとりあえず「選管」ということで、黒板の前で票を読み上げ、もう一人が黒板に書く。正の字を積んでいく。

別に学級委員といっても誇るべき役職ではない。職員室と教室の遣い走りだ。教室内に貼り出すお知らせや、週テストのガリ版切りと印刷。学年の委員会での決定事項の発表、毎週の組の話し合いの議長。自習時間には教壇に立って、何かしらしないといけない。同級生が廊下に出て騒げば私が怒られる。番長とは違うが、腕力があって、特に勉強しなくても良かったから、余裕があると思われたのだろう。家が貧乏なのはみな同じで、きれいな服やカバンを持っているほうが珍しがられた。放送委員もやっていたので、ラジオ体操のレコードや、午後4時に校門を閉める時の音楽と放送もやらされた。私の組では「いじめ」はなかった。私が一番のいじめっ子で、「学級委員」だと人をぶんなぐることもできない。

戦後の混乱期の余韻がまだある時期で、先生たちも何をどうしたらいいか模索している時代だった。私の学校は一種のモデル校で、生徒の自主授業、自主清掃などが盛んに行われた。先生たちはうまく手を抜くことを知っていた。担任の仕事のうち生徒にどこまでやらせられるか、探っていたような気もする。そのほかに「奉仕活動」という授業もあった。

今の教師が「時間がなくて大変だ、過労死だ」というが、教師も生徒も管理がきつくなり、余裕というか、いい加減でいいところを、細かく仕事にしすぎているのかな。子供に対する信頼が薄い気がする。責任を与えれば子供は子供社会でそれなりに規範を作っていく。今よりもっと「人を信用する社会」だったような気がする。PTAはあったが、先生たちは別に気を遣っていなかったように見えた。

当然、私の第一志望は「学校の先生」だった。でも、ならなくてよかった。

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by zoofox | 2017-09-16 08:42 | Comments(0)