独りの戯言


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認識

言葉に対する思い込みというものがある。私は長い間、「認識」という言葉は哲学用語、あるいは学問的にきっちり定義されて、使われるべき種類の言葉だと思っていた。文章言葉だから、前後に内容を示唆する意味があるものと思い込んでいた。政治家は「根幹にかかわる問題だ」とか、難しい言葉を使いすぎる。最近、「こう認識しております」とか「認識しておりません」と簡単に答弁する。気になると調べる。調べてみると、「概念、推理、判断を契機として行われる(ブリタニカ)」とある。同時に知覚や知識も認識の範囲だ。現代では「私はこう思い(感じ)ます」が、「わたしはこう認識しています」と同義になる。変なの。

私としては、この種の言葉を使うときは、「重たい言葉」をいい加減には使わないで欲しいと思う。

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# by zoofox | 2017-06-22 23:10 | Comments(0)

障害を乗り越える

コロッケがTV番組で、「子供のころ中耳炎から真珠腫で右耳が聞こえない」と、さらっと話していた。私も40歳を少し過ぎたころ、右耳の聴神経が途中から血流不足で駄目になり、高音が聞こえなくなった。「耳の脳梗塞」である。おまけにアブラゼミが鳴くような耳鳴りが今もしている。入院したが改善しなかった。結局「突発性難聴」という病名がついた。

聴覚というものは、人間が周囲の「気配」を知る大きなアンテナだ。これが半分ぽきんと折れると影響は大きい。はじめのうちは聞こえなくても聞こえたふりをして相槌を打っていた。これは自分が疲れる。「こっちの耳聞こえないから、こっち側で話してくれ」と、自分の障害をさらけ出してからずっと楽になった。障害の中でも外見でわからない「内部障害」は不当な扱いを受けている。

役所の友人に、「右耳が聞こえなくて、胆嚢がなくて腎臓も一つない、これは立派な障害者じゃないの」と尋ねたことがある。「○○さん、それだけじゃ年金は出ないよ」と軽くあしらわれてしまった。幸いに耳の機能は、右がだめならいつの間にか左が補佐して、何年か後には音楽も聞けるようになった。しかし、今でもコンサートには行けない。地下鉄も辛い。大音量やいろいろな高さの音が入り混じると、駅名が聞こえなくなる。

年をとるのも同じようなものだ。人間の体は少しずつ壊れていく。騙し騙し、気にならないように使うこと、と適当な手入れが必要だ。パラリンピックの選手のように頑張るのも方法、気にしないで知らん顔で手なずけるのも一つの方法だ。どっちみち避けては通れない。
不便さはあるが不快でもない。今のうちだからこんな悠長なことがいえるのかな。


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# by zoofox | 2017-06-22 08:47 | Comments(0)

投了

定年の定年を過ぎてから、囲碁や将棋の番組を見ています。囲碁は今ひとつよく分からないところがある。目を細くして全体を眺めると、石一つが大きな意味を持つ場合もあります。将棋は子供の頃から、親しんできましたが、こればっかりは強い人と対戦して、色々な場数を踏まないと強くなりません。テレビでは強い人同士、弱い人同士の対戦が思わぬ熱を帯びて面白いことがあります。昨日は加藤一二三九段が負けて、引退が決まりました。

囲碁と将棋は終わり方が似ているようで少し違います。囲碁は途中でどうしても挽回できないと悟ったときには石を置きます。「優勢勝ち」というのは素人には分かるようでよく分からない。普通は最後にもう石を打つ場所がなくなって、石を揃えて「目」のある陣地の数え合いをします。解説者もこうなると、「一目勝ちでしょうか、二目かな」と微妙な勝負の着き方に注目します。

将棋は自分の王様の自由度と相手の持ち駒から、(もう、どうしても勝てない。負ける)と判断すると、かなり早い時期で、「私の負けです」と投了します。これがプロやハイアマチュアの勝負らしいところです。勝負が、ある形に入りかけたら、「蟻地獄」のように這い出せない分岐点があります。素人は、(駄目かな)と思っても、必死に王手をかけて勝負を引き延ばします。相手に一手与えたら負ける、この状態を続けるのは綺麗じゃありません。頭に金やお尻に銀を打たれて、「負けました」というのは、遊びの将棋です。

どう考えても逃げ道がなければ潔く、「私が負けました」と頭を下げるから、感想戦が面白い。「投了」の時期を知ること、これが大人の態度だと思うのですが。

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# by zoofox | 2017-06-21 08:01 | Comments(0)

ペンとお出かけ

今日は暖かくて日差しも強い。用事で出かけたときに、ペンEEDを連れて行った。このカメラは因縁ができた。4台手に入れて、ややまともなのはこれだけだ。今回は試写の続きになる。午前中の白髭神社はしんとしていた。下町では自然が少ないので、公共の建物や神社、お寺ぐらいしか安心して撮れる場所がない。お参りして型どおり鳥居から撮らせてもらった。奥に同居している小さな社が二つあった。真新しい舞台の右奥では若い人が、大きな輪を編んでいた。参道に設置して通り抜ける輪(名前は知らない)を、青い竹で編んでいるらしい。

距離が目測というのも案外気を遣う。ハーフは普通版より割高になる。割高で粒子が粗い(私は特に気にならないが)、その上EEDはペンらしくなく大きく重い。でも何故か惹かれるところがある。これがせめてフルサイズの35mmか28mm位だったら、特徴が生かせるのにな、と思う。フィルムカメラなので文章説明で失礼。

帰り際に、保育園の年長さん(らしい)一団が先生に連れられて参道脇の道から入ってきた。きちんと並んでいるところを一枚、だんだん近づいてくるところを一枚。よく「お散歩カメラ」と書く人がいるが、デジカメよりはかなり気を遣う。

何時もいく荒物屋さんで、「砥石」を買った。鉋の刃を研いでまな板をまっすぐにするためだ。大小三枚ほどまな板が削られるのを待っている。

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# by zoofox | 2017-06-20 16:53 | Comments(0)

印象操作

夕食の時間に、彼の人が青いスーツで記者会見をした。記者会見と言うより「演説」だ。(う~ん、いよいよすべてを認めての決意表明ということは・・・)と期待して見ていた。あらためてこんな会見をするのだから「座談」で終わるはずはない。「反省」という言葉もしきりに出てくる。何らかの責任をとるということだろう。テレビ朝日がまずCMに入る。その瞬間を見逃してはいけないと、NHKにした。中継は続く、「印象操作」とか「レッテル貼り」という言葉は、そもそもこの人が始めたのではないのかな。私は辞任会見でないと思った時点でチャンネルを変えた。国会大多数派の親分が、数に頼んで審議も尽くさず法律を決めた「お詫び」も「反省」もなかった。この人になってから、説明責任が果たされたことは一度もない気がする。

公共の電波を、個人や党の印象操作に使ってはいけない。

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# by zoofox | 2017-06-19 20:28 | Comments(0)

早く選挙をしてくれ

内閣の不支持率が44%、支持率の36%を逆転したという新聞社の世論調査結果が出ている。これでもまだ”下駄を履かせた数字”に思える。私のような普通のオジサンの普通の友達の間で、安倍政権を支持する人に出会ったことがない。

前回ブログのHさんは市議会議員をしている。それだけによく勉強はしている。「こんなことになっちゃった原因は何だろうね」と訪ねると、即座に「小選挙区制がいけないんですよね」という言葉が返ってきた。一票でも多ければ「総取り」という方法は簡単に少数意見をつぶす。ボディブローが効き始めるには何十年もかかる。国民の意見が反映されない選挙制度は変えるべきだ。定数の問題など高がしれている。機械的に数字で出せる。

全県一区というのがわかりやすい。参議院も全国区だ。比例代表という変な形は廃止するべきだ。国会議員は国全体のことを考えるのだから、一地域や組織の利益代表ではいけないと思う。「人気投票」で結構、人気者が集めた票が他の人に流れないことが肝要だと思う。何百万票取っても一人、2000票でも一人、そうすればタレントを担ぎ出す必要もなくなる。集計作業が大変かと思うが、今のオンラインに時代に、本腰を入れれば簡単に解決できると思う。
「ふるさと納税」があるのだから、「ふるさと投票」があってもおかしくないと思うんだけどな。

と言っても、私は自分の脳内意見を押しつけるつもりはない。既存の方法が一番いいのか、もっといい方法があるのか、それを有権者は考え・提案しなければいけないと思う。

野党に対して「対案がない」と言うのが安倍政権の流行語になっているが、「ない方がいい、とんでもない法律」の対案は、「否決すること」以外にあるのかな。反対することも立派な対案だと思うんだけどな。

これだけぼろぼろになっているんだから、国会を延期しないなら衆議院選挙をやって欲しいな。トランプのように前政権の変な法律はまとめて反故にする、そんな政権出てこないかな。

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# by zoofox | 2017-06-19 09:29 | Comments(0)

選挙前

小雨の中、Hさんが見えた。何しろ家中荷物だらけで、玄関先でお話をした。母上が祖母のお弟子さんだったとかで、戦後も親戚同様のつきあいをしていた。三人兄弟の真ん中で私より少し若いはずだ。幼い頃母親を亡くし、父と母が飛んでいったのは記憶している。ともかく懐かしいけれど、辛い日々を過ごしたのだろう。母上は何時も着物を着た綺麗な人だった。当時珍しいキリスト教信者だったと覚えている。その子供が新興宗教に入り、父親を引き取って近郊に暮らしている。今は父上も亡くなり、兄弟も一人きりになってしまった。

とにかく人が良くて、にこにこと柔和で、人間的には私などとてもかなわないと思える。選挙の前になると挨拶にやってくる。とにかく真面目な人だ。折伏しようとか、自分の党のいいところを並べ立てたりはしない。挨拶に来るのだろう。

今日は珍しく都議会の話しに来たのに、国政の話になった。何か口ぶりでは党内でも阿倍政権べったりは危険だ、という意見が出ているらしい。共産党を未だに目の敵にしている。私から見ればどちらも「カルト」の一種だ。「自分たちだけが正しくて、ほかは間違っている」という理論が基にあれば、「IS」とどこが違うだろう。体質や資金調達が似ているから、余計に攻撃するのだろうか。

私、私はどこの党からも「○○さんをお願いします」と言われれば、気持ちよく「はい分かりました」という。誰に投票するかは、個人的な自由だ。家族でも選挙の話はしない。自分で決めて自分で投票する。でも最近外れが多い。投票した人が当選したことがない。

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# by zoofox | 2017-06-18 22:09 | Comments(0)

ブーベの恋人

現実を直視したくない表面的に平坦な生活では、思考はちょっとしたものを見つけて、前に前にと遡る。「現実逃避」とか「後ろ向き」とは少し違う。自分たちの将来に向けての計画や希望とは別の問題だ。これからは、政治批判や体制の変更への考えをストレートに表現できにくくなるかもしれない。意識して「自分で自分を護る」考え方も必要になるかもしれない。杞憂ならいいが。

「クラウディア・カルディナーレ(C.C.)」と「ジョージ・チャキリス」の「ブーベの恋人」を見ていた。確か自分は中学生だった。イタリア映画を最初に見たのは「自転車泥棒」だったと思う。戦後のどさくさはどの国にもあった。イタリアは王国がファシストと手を結び、内戦でもう一度共和制に戻る。日本人の大人は当時、「日独伊」の中で最初に手を上げた卑怯者の国と言っていた。日本よりは外国との関係で複雑な歴史を持っている。日本より世界が見えていたのだろう。

子供の頃には分からなかったが、敗戦と革命の二つの出来事が終息した影響が、台詞の中にも出てくる。パルチザン(イタリア語では何というのか)や秘密警察等という言葉がまだ生きている。石造りの町は爆撃の痕を留めている。そんな時代の物語だったのか。グラビアでは豊満な肉体を持つC.C.が、画面では背伸びした可憐な少女に見える。ソフィア・ローレンだってこの頃は若かったはずだ。

同じ本を何度も読んだり、同じ映画を何回も見る楽しみは、自分の変化を知ることなのだろう。活字や定着された映画は変わりはしないのだから。

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# by zoofox | 2017-06-18 09:05 | Comments(0)

リコーR1s

仮住まいとして母が入院まで暮らしていた部屋にいる。同居人がかなり整理したと聞いていたが、タンスに挟まれ、手回りの小物はそのままある。母の字で、「ラジヲ、写真機、遠めがね」等と書いてある紙箱を開けてみた。小さなラジオは何台も買った。夜寝るときも、病院でも必需品だった。でも後半はテレビをつけっぱなしで寝ていたから、もっと以前のものなのだろう。

皮のケースに入った小さなカメラがあった。(そういえば、面白いものがあったら撮りなよ)と買ってやったような気がする。27枚撮りが3枚撮られている。薄い小さなオートフォーカスで、本格的な使用もできる。赤いスイッチを入れるとレンズが飛び出した。液晶が所々駄目になっているが、フォーカスとフィルム巻き上げ(巻き下げだったかな)は、十分使用に耐える。私の買い集めているレンジファインダーに比べれば、とんでもなく近代的だ。でも、年寄りには使いにくかっただろうな。

デジタル移行の直前に、懇意なカメラ屋さんから「一台一万円」で買った数台のうちのひとつだろう。何かの記念ごとに友人知人に差し上げていた記憶がある。こんなものを大切にこんな所に仕舞っていたなんて。ググってみると当時としてはかなり高いカメラだったようだ。

まるで拘置所のような空間に押し込まれていると、時間はあるのだがカメラをいじる気力がない。作業場所を作らないといけない。一眼レフは大体素人が手を出せるところは決まっている。レンジファインダーは電池とその腐食に伴う配線交換が関の山だ。絞り羽根をベンジンで洗うなどとんでもない。組み立てられなくなる。

写真を追加します。
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「リコーR1s」です。薄くて軽くて、IXYデジタルに似ています。レンズ周りやボタンなどに品質の高さを感じます。写りは分かりません。
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こちらは「キャノンオートボーイミニ」、リコーR1sの倍ぐらいの厚さがあります。両方とも家の中にあったのですが、私は使った覚えがありません。

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# by zoofox | 2017-06-17 21:08 | Comments(0)

症状と病状

人間は風邪から癌や脳や精神の病気まで、たくさんの病気を患う。

命や将来の行動まで影響する大きな病気も、鼻風邪も最初は単なる熱だったり、頭痛だったり、いつもと違う変調だったりする。本能的に「何か変だな」という兆候を感じることが多い。兆候がもっとはっきりした症状に変わっていく。症状が出たときは実は病気はもう中盤を過ぎている。軽い病気なら治り際だし、重い病気は手遅れに近い。

医者は初期の症状から、いろいろな可能性を考え、検査し、消去法で病名を決め、治療を開始していく。適切な治療が行われれば、治る病気も多い。或いは重い病気を避けることができる。

患者がいくら症状を訴えても、検査技師を含めて病院や医師が意図的に嘘をついたら、患者は簡単に死んでしまう。人の命を預かる医師には大きな倫理性が求められる。

倫理性のひとかけらもなく、「私は嘘は言いません」、「嘘を言ったら医者をやめますよ」と言いながら、誤診を突きつけられても逃げるばかりだ。そのうちうるさい患者は死んでしまう。

そんな医者や病院は、日本にはないよね。


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# by zoofox | 2017-06-17 06:15

ジョーン・バエズ

今この歌手を知っている人は多くはあるまい。小学生か中学生の時、「ハリー・ベラフォンテ」の「ダニーボーイ」を聞いた。日本公演の実況放送だったと思う。「声が楽器足りうる」ことを初めて知った。もちろん歌詞の意味など解りはしない。舟木一夫、西郷輝彦のブームの後には、ギターを持った少年の前には、フォークソングがあった。

今背後には先日探し当てた、ジョーン・バエズのCDが流れている。彼女と前後して、「ジュディ・コリンズ」という硬質な声の歌手も好きだった。ジョーン・バエズは黒い長い髪と瞳が印象的で、「ドンナ・ドンナ」という曲一つで有名になった。特徴はいつもギター一本で歌っている。私たちがちょっと練習すれば弾ける程度の伴奏だから余計に歌いたくなる。PPMのマリーやカーペンターズのカレンのような、伸びのある低い声であるが、特徴的に外人には珍しい「縮緬ビブラート」が新鮮だった。CDで連続していろいろな曲を聴くとイメージが変わってくる。このCDにはドナドナは入っていない。宗教ソングのような力強さがある。(聞きたいなあ)と思う瞬間があり、実際に聞くと自分のイメージとは少し違う歌手がいる。

「インナワーゴン ゼアリザカフ ウイズア モンフルアイ・・・」、子供には分かりやすい英語でわかりやすい設定だった。懐かしいが、手元にはない。「七つの水仙」覚えているが原曲は手元にない。この頃はカントリーとフォークが私の中で入り交じっている。聴きたい曲はみんな頭の中にしかない。 

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# by zoofox | 2017-06-16 17:23 | Comments(0)

臨死体験

野際陽子が亡くなった、享年81歳。(合掌)

人が亡くなると生前のお知り合いが、「天国で安らかにお過ごしください」と必ず 言う。へそ曲がりの私は、(ム・・「天国」って何だ)と考えてしまう。天国に行こうが地獄に行こうが、「魂魄この世にとどまりて」、その辺りをうろうろしていようが、本人の自由だと思う。この世が天国だと思っていた人もたくさんあるに違いない。

人間の命ははかない。どんな素晴らしい人も万人に憎まれた悪い奴でも、時期が来れば平等にお迎えが来る。

隠然と未だに権力の端に姿を見せる長老元議員、我が世の春と政治の仕組みを壊しまくる人。それらの人について回る人々、敵対する人。10年経って同じことが行われているとは思えない。

私は53歳の秋から冬にかけて、人生一度きりのピンチを迎えた。10時間を超える手術が終わって、一晩集中治療室にいた。翌日の昼過ぎに兄から腕時計を戻して貰い、それでも意識は切れ切れだ。このとき不思議な体験をしている。人生の中で丸一日が消し飛んでいる。しかも私は克明にそれを見ていた。こんな話誰も信じない。

私は科学的に論理的にものを考える訓練を系統立てて受けてはいない。自分に対する、ほとんどすべての決断は「直感」に頼ってきた。それでもまあ、ここまで生きてこられた。しかし、この一日間はどうしても説明が付かない。誰にも気がつかれず、私は周囲のすべてを見ていた。だからこのことは言わないようにしている。私たちの暮らしている日常空間のすぐ隣に、違うものがあるかもしれない、一時顔を見せるのかもしれない。説明できないことはたくさんある。そんなことに気がついた。

本棚の本を整理したとき、一群の臨死体験関係の本があった。数冊を残して皆処分した。(あれが何だったのか)、結局どこにも答えはなかった。自分で経験すれば分かる。全ての人に平等に与えられている「権利」だ。私が私の経験を披露しても普遍的な事実とは言えない。一房の芳醇な巨峰の味をどんなに説明しても、「味」は伝わらない。その人が自分で経験するしかない。

死んだらどうなるのか、恐れても仕方がない。誰にでも平等にチャンスはやってくる。野際さんは今頃何をしているかな。

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# by zoofox | 2017-06-16 09:17 | Comments(0)

逃げ遅れ

今日も家の中は何だか肌寒い。外はさわやかな日だ。国会議事堂の中の出来事とは別に世の中は平穏そうに動いている。さて私は、溜まったジャンクカメラの分解をする気力もない。日が差してきたから午後から出掛けようかと思ったら、役所から電話が来た。昨日着いた助成金の「決定通知」の住所が間違っていた、その修正の話だ。「取りに行く」と言う前に、「用事の途中だから寄りますよ」と言われてしまった。同居人は荷物を自転車にたくさん積んで、お稽古とお勉強に出かけてしまった。「午後二時半」というのは微妙な時間だ。

「助成金」がでるというのは結構な話だが、何にいくら出るのか、手元に資料もない。結局、助成金が出る以上に自主的に耐震補強をするから、終わってみないとプラスかマイナスかよく分からない。木造住宅だから、火が点いてから逃げ出すまでの時間を稼ぐ構造だ。それに、地震で簡単に壊れないように、窓を少なくして、木材を厚く太くして、筋交い止めの金具をたくさん入れ、屋根を軽くする。軸組構造を壁構造で補強するらしい。どうせ私が寝るのだから、少々のことでは起きないだろう。寝ている間に死ぬんだったら、まあ、諦めもつく。

先に設計士は母屋も同時に見たが、真四角な鉄骨増は東日本大震災の揺れにも、”構造的”な被害はなかったようだ(この建物は「新耐震の基準」直前のものだ)。よく見ても壁や、窓の四隅にひびはない。役所の担当者は時間ぴったりにきた。玄関前で世間話をしたが、結構忙しいようだ。それにしてもご丁寧なことだ。設計士に連絡すると、すぐ「評価機関」に提出するという。ここのOKが出ないと、取り壊しにも手がつけられないらしい。評価機関は役所ではないらしい。現場を離れてしばらく経つので、いろいろと手続きが変わっているらしい。

というわけで、「時間のお約束」で出そびれた。

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# by zoofox | 2017-06-15 16:02 | Comments(0)

この国は

今この時間、参議院で委員会審議なしに、”共謀罪”法案が成立しようとしている。安保関連の戦争法案からずっと続いている。提案者が法律の意味するところを説明できない法律とは、歯止めのない猛獣だ。まず逮捕して後からいくらでも理由がつけられる。

情けない。国際的に日本は北朝鮮と同列に、法の支配の及ばない国と考えられつつある。こんな法律をずっと通してきた人々を、私は忘れない。民主主義とは、国民主権とは何か、ある主張に盲従することではけしてない。

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# by zoofox | 2017-06-15 07:38 | Comments(0)

私の時間

今、午前1時を過ぎたところだ。この10数年、私の睡眠時間は大体6時間以内だった。12時過ぎに寝て朝6時頃起きる、そんな生活だった。正確に言えば、酒を飲んでいるときと止めてから少し違うが、基本的にはそんなものだ。

その私が、夕食後8時過ぎには自分の部屋で、FMを聴き、CDとMDを聴き、そのまま寝てしまう習慣に変わってきた。その代わり今の時間に目が覚める。無糖カロリーゼロのサイダーを飲んで、また歯を磨き、一時間ほど起きているとまた朝まで寝てしまう。途中で目が覚めずにそのまま朝5時まで起きないことも多い。

部屋が変わり、タンスの陰のTVアンテナに結線するのが面倒で、テレビなしの生活になると、何かすっきりした。次はラジオが消えるだろう。なんと音楽から離れていた期間が長かったことか。新しい部屋ではチューナーとアンプを新調してレコードを聴こう。LPがたくさんある。別棟の物置の奥にはクラシックのLPが寝ているはずだ、カビが生えていなければいいが。

本はどっさり捨てたが、どっさり残っている。老眼鏡は弱いものから読書用、細かい作業用といくつも揃えてある。「ベンジャミン・バトン」だ。少しずつ時間が遡っていく。「時間が早い、短い」というのは一種の錯覚だな。自分が無駄に時間を過ごしていただけだ。

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# by zoofox | 2017-06-15 01:43 | Comments(0)

脳内生活

こんな小雨の降る寒い日は、何となく自分を振り返りたくなる。世間の人に、「私を見て見て、こんな面白いことがあったよ」と発信するブログではない。自分で自分を点検して、何となく安心する、そんな日だ。

時々、(オレは頭がおかしいのかな)と感じるときがある。あまりに興味の範囲が広くて、それに行動が伴わない。高熱の後の関節の痛みが幾つか残っている。昨日は玄関の前で、二台の自転車をピカピカに磨いて油を差した。左股関節周辺の痛みは、体が温まるまで続く。(自転車で遠出して帰れなくなるかもしれない)と考えてしまう。やってみなければ分からないことは、悪い方向に考えてしまう。

何にでも文句はつけられるが、ちょっとのことが嬉しい。ここ数日、小蝿が飛んでいる。荷物の間の空間を器用に飛び回り、退治できない。大震災の後、小さな庭の小さな昆虫類が一斉に姿を消した。ヤブ蚊も石の下のダンゴムシやムカデやヤスデまでいなくなった。私の住んでいる地区は、福島原発の爆発(もう爆発と呼んでいいのだろう)の後、千葉方面、新潟方面に放射能が飛び散った通り道の一つだ。最初の一週間で被爆しているはずだ。植物は強いが小動物はあっという間に姿を消した。毎年出てくるアブラゼミもしばらくいなかった。

ちょっとググれば、今の放射能の分布状態はすぐ出てくる。情報は隠されていない。ただ、細かく説明されていないだけだ。雨の日の外出を避け、なるべく風に当たらない生活を続けてきた。こんな大変な事件を、誰もが封じ込めて知らん顔をしている。それとも気にする方がおかしいのかな。

朝食の後、玄関前の椅子で桜の木の木陰に座って、集団登校の子供達と、黄色い旗を振る父兄をぼーっと見ている。風が心地いい。(こんなこと久しぶりだな)と思っていた。風呂場にハサミムシがいた。セシウム濃度は微妙なところで上下している。虫に耐性が付いたのか、違う理由か、ともかく昔なじみに会えるのは嬉しい。

こんなこと考えて生活している奴は少ないんだろうな。と思ってしまう。PM2.5や黄砂がこんなに飛んできて、「肺癌」が特に増えたという話も聞かない。これは中国の「化学兵器攻撃」とは呼ばないんだろうか。でも、肺気腫や肺炎は増えているように思える。酸素ボンベを持って歩いている人が以前より目に付く。医療が行き渡ってきたのか、病気が増えたのか、知っている人は知っているはずだ。

と、ある日そんなことは心配してもしょうがない、そんな年齢に自分が近づいているのに気がつく。地球温暖化でニューヨークや東京が沈もうとも、氷河期が早めに来ようとも、東海大地震が起きようとも、覚悟はできている。

他人に優しく、嘘はなるべくつかず、淡々と暮らしていくだけだ。

まとまらないけど、私の「脳内」の話だ。

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# by zoofox | 2017-06-14 08:58 | Comments(0)

パンダの子供

パンダの赤ちゃんが生まれました。元気に育ってくれるといいのですが。
名前はあれしかないでしょう。「でんでん」、同名の役者さんもおりますし、やっぱり可哀想かな。希望の持てるいい名前が付くといいな、と思っています。

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# by zoofox | 2017-06-13 08:07 | Comments(0)

沈む日

毎日、当たり前のように出勤していたときには、こんな気分になることはなかった。年のせいだとは思いたくない。やっと、36.4°まで体温が下がり私の平熱に近くなった。朝風呂に入って、風呂の湯が熱くなるのをゆっくり待っていると、いろいろな人のことが思い浮かぶ。ひょろりとしたIさん。いつも強気なSさん、空手の名人のNさん、10年前には一緒に飲んで遊んでいた人が今いないというのは不思議な感覚だ。H君には苦労をかけた。60才前に脳梗塞になった人が二人いる。金を使い込んで会社を辞めた人が何人かいる。亡くなった人はともかく、音信不通の人は何をしているんだろう。(オレも何時死んでもおかしくないんだな)と考えてしまう。しかし、普段は「自分が死ぬ」などとこれっぽっちも考えることはない。

魔が差す、のとは違う。心に隙間ができる。そろそろ虎の子の定期を崩す必要が出てきた。家なんか新しくなくてもいいのだが、どうせ10年も住めない。潤沢にないから気になる。もっと若いときに、パーッと遣っておけば良かったな。限界生活の底が見えてきた。世の中の出来事の中で、金で解決できることなどもともと大したことではない。いざとなれば、お金なんて、何の役にも立たない。まあ、持っていないから言えることかな。

心の隙間など、何をもってしても埋まらない。

金や物が何を与えてくれるかじゃなくて、私が周囲や世の中の人たちに何を残せるかが、心の隙間を埋めるヒントなのかな。

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# by zoofox | 2017-06-12 13:01 | Comments(0)

人の振り見て我が振り直せ

今日は新聞の休刊日だ。新聞関係者も定期的に休みを取ることはいいことだと思う。新聞が休んだら、テレビやラジオは一層頑張ってほしい。東京ローカルで申し訳ないが、豊洲問題は未だに専門家委員会が開かれ、直接同じ高さで傍聴人を入れている。これは議会でも見習うべきだ。いつの間にか都議選挙の前哨戦が始まっている。自民党の都連幹部は、「小池都知事は、身内のイエスマンで周囲を固めようとしている・・・・」と演説する。私は小池さんの乱を求める戦略が好きではないが、自民党の国会議員が、どの面下げて、「イエスマンで固める」と言えるのか。見ていてあまりの認識の甘さに驚いた。他人の不実は見えるが、自分たちのことは見えないと言うことかな。少なくても、他人を攻撃するときは、自分の周りを確かめてからやらなくちゃ説得力がない。

オリンピックに向けて、「メダル、メダル」という言葉がどこからも出てくる。開催国にはメダルが取りやすいような、競技構成もある程度認められる。おかしいよな。軍事力以外は(17年度のアメリカの評価機関の発表では、世界順位で言うとイギリス、フランスに次いで第7位だそうだが)、何でも持っているくせに、観光だ、おもてなしだ、金メダルだと何でこんなに何もかも欲しがるのだろう。まるで「幼児の発想」だ。それでいて国民の満足感は薄い。何時までも、「追いつき追い越せ」の刷り込みはもうやめようよ。ただ、シャープの心臓部や東芝の半導体部門など、守るところは国が支援しなくちゃ。原発は廃炉技術を学ぶいい機会なんだがな。

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# by zoofox | 2017-06-12 08:24 | Comments(0)

あっという間の一週間

先週月曜日の朝、最初はゾクゾクとして、少し動くと歯がカタカタ鳴った。同居人は、ふざけていると思ったという。月、火とヨーグルトやゼリーと、水を飲んで寝ていた。汗が噴き出して、全身の筋肉が痛い。(インフルエンザに似ているけど)とは思っていたが、布団から起き上がるのに大変だった。引っ越しの荷物運びで、左足付け根の筋肉を少しねじった(股関節ではないと思う)、同時に左肩も痛みがある。熱のあるときは食欲も、時間の感覚もなくなり、黙って我慢していたいろいろな筋肉が痛みを主張した。「医者に行きなよ」と言われても、熱だけでは何科か分からない。「救急車呼ぼうか」というのも、熱が高いというだけでは理由にしにくい。持病がいくつもあると最悪を考えてしまう。様子を見ているうちに、だんだん症状は治まってきた。

水曜日からは、平熱プラス一度だ。頭が痛いだけで、咳も痰も風邪の症状はない。木、金とだんだん正常に戻ったが、微熱はある。今、脇の下で体温計の電子音がして、「36.8°」を示している。私としてはまだ高い。なんだか少し「代謝」がよくなったのか、汗がすぐ出る。私としては、(この、保温性のいい部屋に体が慣れていない)のではないかと思う。29°でエアコンを入れるとすぐ涼しくなる。同居人のブリジストンの三輪自転車に今空気を入れてきた。それだけで汗が出る。

庭に出していた粗大ゴミはきれいに持って行って貰った。そうだ、自転車の手入れをするかな。バイクが便利だから、自転車は玄関前で埃をかぶっている。このブリジストンの青い軽快者は、40年ものだ。T字ハンドルが珍しい頃だ。天気はいいし、犬の代わりにカメラが何台も試写を待っている。連れて行くかな。

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# by zoofox | 2017-06-11 10:18 | Comments(0)